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192.大国からの使者

 小国群からの使者を続々と追い返し、一息ついたと思ったのもつかの間。

 目の前にイリューシャが現れこんな報告をしてきた。

 

「ケイ様、南西の上空から何者かが領土に向かって急接近しています。落としますか?」

「とりあえず様子を見に行ってくれ。攻撃を仕掛けてくるようなら落としても構わない。こちらから手出しはするな。」

「わかりました。」


 ビュオッと突風が吹き、イリューシャは龍の姿に変身するとあっという間に空高く飛んでいった。

 上空からの侵入者なんて初めてだ。鳥系の魔物か?さすがに龍はないよな?

 使者が来たり魔物が来たり、忙しいな。




 イリューシャが感知した現場へ向かうと、そこには空飛ぶ美しき白馬ペガサスに引かれた豪奢な馬車があった。

 馬車の中にいるのはどうやら人間のようだ。


「止まれ!これより先は精霊王国エレメンティオである。無断で侵入は許さない。警告を無視するのであればここで落とす。」


 自分と馬車の周りに暴風の壁を作る。竜巻の内部のようなこの場所からはどうあがいても逃げられないだろう。

 すると、ゴオォッという風の音に交じって何やら声がする。

 よく聞くと人間が馬車から顔を出し、風に飛ばされないように必死でしがみつきながら叫んでいた。


「どうかお鎮まりを!我々はトリノ公国の使者です!敵ではありません!!」


 なんだ。敵じゃなかったのか。ちょっとつまらない。

 でも、使者は丁重に扱うようにケイ様から言われている。

 仕方ない。優しく案内してやるか。


「では、僕の後ろについて来い。王都へ案内しよう。」


(ケイ様、侵入者の正体はトリノ公国からの使者を名乗っています。敵対心は感じられないので王都へ連れていきますね。)

(わかった。丁重にな。)

(はーい。)


 思念伝達でケイ様へ報告し、暴風壁を解除する。

 怯えるペガサスの速度に合わせて、イリューシャからすれば非常にゆっくりとしたスピードで使者を王都まで誘導した。







 


「この度は空からの侵入という不躾な訪問をしてしまい申し訳ありませんでした。」

「いえ、こちらこそ初めての事態だったもので、失礼な対応があったら申し訳ありません。」


 やってきたのは大陸の南西部を支配する海洋国家、『三大国』の一角であるトリノ公国の使者だった。

 六十歳くらいに見える老年の男性は明朗で柔和な雰囲気を纏っているが、不思議な迫力がある。威圧的でなくても、こちらも自然と背筋が伸びるようなそんな雰囲気だ。

 カルミネ公爵と名乗るその紳士は質の良いガウンを羽織り、ブラウスから靴までピカピカに磨き上げられている。

 髪型は風でちょっと崩れてはいたが、きっと完璧に整えていたのだろう。

 服の細かな刺繍や意匠を見るだけで相当な技術力を持っている国であることは明白だ。

 彼は現・筆頭公爵の親戚で、『五摂家』の一角であるカルミネ公爵家の当主だという。

 エスメラルダにトリノ公国についての授業を受けたな。

 確か、トリノ公国は『五摂家』と呼ばれる五つの公爵家が交代で王位に就く。

 任期制で一つの家が長く支配権を握ることはできないようになっているとか。

 王位につかなかった残りの四家でサポートと監視を行い、一王家による暴走や圧政を防ぐ目的があるらしい。

 そのためトリノ公国は大陸内でも開けた雰囲気で、造船技術をはじめとする革新的な技術や制度を生み出すことに成功している。

 この世界においてはまさしく先進国だ。


「カルミネ公は前・筆頭公爵、つまりは前王です。」


 レティシアがコソリとささやく。

 まじかよ、めっちゃ偉い人来ちゃった。道理でこの佇まいなわけだ。

 そんな人たちにイリューシャ、へんなことしてないよな??

 お付きの人たちが軒並み怯えた表情で後ろに立っているんですけど?

 ……派遣する人物を間違えただろうか。


 カルミネ公はエレメンティオとトリノ公国の国交の申し入れをしてきた。

 願ってもない。まさか世界に強い影響力を及ぼす大国の一角が向こうから友好を求めてくるなんて。

 しかしなんで全く知らない国にそんな友好的なんだ?

 小国群の使者たちの態度を見てよからぬ目的がないかつい懐疑的な目で見てしまう。

 その理由について、カルミネ公はこう答えた。


「”暗黒の森”を開拓し、国を興す武勇と技術力。魔王を懐柔し、『人魔大戦』の終結へと導くその手腕。そして何より、風神の遣いである風龍に守護されているという事実。実に素晴らしい国です。友誼を結ぶ以外何がありましょう。そして自分で言うのもおこがましいですが、我がトリノ公国は三大国の一角と呼ばれるほど技術力もあり、影響力も持っています。互いの技術を提供し合い、交易を重ねることで相互に発展が望めると思いますよ。何なら開拓資金を援助してもよいですな。」

「確かに、貴国のすばらしい技術については聞いております。その技術を提供していただけるのはこちらとしては有難い話です。ですがこちらはまだまだ発展途上の新興国。貴国に提供できるものがあるかは……」

「ハハハ、誤魔化されませんぞ。確かにこの王都以外は開拓村といった雰囲気ですが、中心都市であるここを見ればわかります。ここにはわが国では、いえこの世界ではありえないほど進んだ技術がちりばめられている。例えば道は石畳ではなく漆喰のようなものを応用した何かのようですし、街の人があらゆるところで水道から水を得ているのを見ました。ではその水道管はどこに?おそらく地下に張り巡らされているのでしょう。できたばかりの新興国とは思えない、大国に匹敵するその技術力。きっと我らの知らない技術が他にもあるのだと存じます。」


 すごい。きっちり見られていた。

 そのうえ、見たことのないはずのコンクリートを推測で言い当てたり、地下にある水道管に気付いたり。

 この人の観察眼と洞察力は本物なんだろう。

 さすがは前王だ。

 そんな人物が政治を担う大国が俺たちの国を買ってくれている。

 技術的にも申し分ないし、提携すればオルテア王国やスラウゼン王国をしのぐほどのメリットを享受できることだろう。

 技術者を何人か派遣してもらってもいいな。こちらからも送って、現地で教え合う。

 交換留学のような形で使節団を派遣してもいいかもしれない。

 大国による侵略や実効支配の心配もなさそうだ。

 この人の言葉に嘘はなさそうだし、どうやらイリューシャが相当ビビらせているみたいだし。

 トリノ公国の軍事力を知らないけど、人間じゃ軍事的に敵わないと悟ってくれたんじゃなかろうか。

 何よりトリノ公国の国教は風神と水神の二柱信仰だ。風龍を見てしまった以上、下手に手出しはできないはず。

 

「本当にいいんですね?」

「勿論です。我が国は貴国に期待しているのですよ。いわばこれは投資。その見返りは十分にあると踏んでおります。」

「わかりました。こちらからも、国交の樹立を申し入れます。」

「決まりですな。大陸の西と東、相互の発展を目指しましょうぞ。」


 それから俺たちはいくつかの条約を締結した。

 相互不可侵に相互技術提供、新興国に対する金銭的な援助、通商条約と関税について。

 意外だったのは軍事同盟を持ち掛けられなかったことだ。

 大国だし、軍事力は十分ということなんだろうか。


「それもありますが、軍事同盟とは本来対等かつ相互に利益のある相手と結ぶものです。我が国と貴国の軍事力の差は明白。こちらに侵入してしまった際の対応で十分わかりました。である以上、そちらに利のない条件を持ち掛けても信用を無くすだけです。相互不可侵条約を取り付けただけで上々ですよ。まあ、もしものことがあった暁には、人道的支援や難民の受け入れをお願いしたいものですが。」


 なるほど、ダメもとでの軍事力増強よりも信用をとったか。

 軍事的に余裕がある大国ゆえの決断だな。そしてその決断は正しいと言える。

 こちらの力をわかったうえで利用しようとはしない。それだけで国としての心証と信用を勝ち得たのだから。


 さらに、相互技術提供の一環として互いに使節団を派遣することになった。

 国から正式に招待され、他国の様子を見て回れるというのは大きい。

 さらに相手は世界随一の先進国だ。いろいろ見て回り、俺たちの国づくりに役立てようじゃないか。

 使節の派遣だから、俺が行けないことがちょっと残念だけどな。

 ついでに、次回も旅程短縮のため空から来たいという。

 確かに、世界地図で見たエレメンティオの場所とトリノ公国の場所はまさしく端と端。陸路で行ったらどれだけ時間がかかるだろう。

 すべてを突っ切って行ける空路に頼りたいのはわかる。

 ちなみにこの世界での領空に関しては実に曖昧なのだという。

 自国内に侵入した飛翔物については撃墜して構わないが、大半は黙認されている。

 理由は簡単。上空を飛翔する敵に対して対抗する手段がほとんどないからだ。

 主な対抗手段として魔法、距離が近ければ弓矢などがあげられるが、大国でもない限り魔導師は少ない。

 そして空を飛べるような移動手段を持つのもほんの一部のみだ。

 グリフォンのような魔族や魔物を使役できれば良いが、当然そんな強力な魔物を使役できる力はない。

 カルミネ公が乗って来たペガサスも非常に希少な種で、トリノ公国にも十数頭しかいない。

 もっぱら王族が見栄を張るべき場面で使われるのだとか。

 というわけで、領空侵犯については暗黙の了解に近い状態なのだ。


 それに比べ、うちは結界も貼ってあるし、侵入者にはきっちり気付く。

 もちろん撃墜も可能だ。

 なので、空路の開放はするができる限り一報入れてほしいとお願いした。

 向こうも撃墜は避けたいのだろう、「必ず連絡を差し上げる」と約束してくれた。

 こっちも空路を使うときは連絡を入れるようにすることで合意。


 「では、こちらの水晶に登録を……」


 この水晶で連絡を取り合うらしい。テレビ電話のように相手の顔も映るんだとか。

 オルテア王国で使われている『転移の水盆』の進化バージョンか。

 相互に連絡を取り合うために二つ必要ということで、俺の分もくれた。

 もちろんタダで。あら太っ腹。


 水晶の礼というわけでもないが、ジーク特製のミスリル鏡をプレゼントしておく。

 そして宴もいつにもまして豪華に。酒も肉も野菜も果物もたんと召し上がれ。

 珍しいフレイムリザードの肉も出した。

 狙い通り、大変満足してカルミネ公は帰っていった。

 強力なスポンサーと取引相手をゲット出来て、俺も大満足である。



 

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