191.ぞくぞくとやってくる
使者を寄こしてくる国は、オルテア王国とスラウゼン王国だけではなかった。
両国の使者が帰るのとすれちがう形で、また別の国の使者がやって来た。
やってきたのはノーラッド王国の使者。ロベルトさんやテレサ達の故郷だな。
モデスト侯爵と名乗る男は屋敷や俺を遠慮なく値踏みするようにじろじろ見る。
なんか威圧的で偉そうなおっさんだな。
俺たちのことを根掘り葉掘り聞いては、「ふむ。」と考えるようなしぐさを置いて一呼吸。
大学受験の面接かよ。
そして鬼人族や龍族の話になると、とたんに食いついてきた。
更に俺達が人族の敵ではないとわかると、しきりに軍事同盟についてプッシュしだした。
はっきり言って、俺たちを盾に戦争で優位に立とうと言う狙いが丸見えである。ってか、仮にも使者ならもうちょっとオブラートに包めよ。
利用する気満々の態度を取られたらいくら平和主義の俺でもあまり良い気はしないんだけど。
「ですからうちはどこかの国につくようなことは……」
「軍事同盟は了承しかねますが、技術提供などの他の条約を結んではいかがでしょう?武器の質や農場の生産性が上がれば自ずと国力も上がってくるものと存じます。」
レティシアが助け舟を出す。
そうだよな。いきなり軍事同盟組んで戦争に参加しろ、ではなく、技術提供とか交易とかを通じて発展していく方法はいくらでもある。
しかし、使者のおっさんが驚いたのは別のことだった。
「この国は、女が政治に口を出すのですか?」
「はい?ええ、口を出すというか、対人外交のトップは彼女ですよ。」
「はっ、ご冗談を!女などに何ができるのです?せいぜい茶でも入れて媚を売ることくらいでしょう。まあでもさすがはエレメンティオ。見目の良い者を選んでいるようだ。」
は?何言ってんだこのおっさん。
女が媚びを売る存在?
この国の女性陣の活躍を知らないのか。
時には国王である俺ですら頭が上がらないんだぞ。悲しいことに。
大人しく茶を入れるしおらしい女性なんかこの国にいるわけないだろ。
……あ、悪口では無いです。断じて。
レティシアはあっけに取られていたが、すぐに笑顔を取り繕った。
「驚かせてしまったようですが、国王陛下より対人族の外交の任を仕っております。改めてお見知り置きを。」
「黙れ、女は大人しく後ろに立っておれ!それとも尻が重くて上がらんか?」
ドレス越しにレティシアの尻を思いっきり掴む。
レティシアは顔を真っ赤にしていたが、俺の体面を守ってか何も言わずに耐えた。
……限界だな。コイツはもういい。
「……なるほど。つまり貴殿は俺の内政に不満があり、俺の部下に手を上げると、そういうことだな?」
真正面からモデスト侯爵を睨みつける。
身体の中の魔力を奴の方へ滲ませるように出す。
最近シリウスから習った『威圧』だ。
練習して間も無いためシリウスのように相手を倒すことは出来ないが、プレッシャーを与えることはできる。
さすがのモデスト侯爵も俺が怒ったことに気が付いたのだろう。明らかに焦った様子で目を泳がせている。
「あの、いや、まあ……」
「レティシア、紙とペンを。」
レティシアから紙とペンを受け取り、サラサラと一筆したためる。
そしてそれをモデスト侯爵に突きつけた。
「これを国王へ渡すように。残念だが我が国は貴殿らノーラッド王国と友誼を結ぶつもりは無い。理由はその書状に書いてある。」
「なっ!若造のくせに……」
「敵対しないだけありがたいと思って貰いたい。ただし『今は』だ。これ以上我が国を侮辱し我が国の利益を損ねようと動くのであれば、その時は敵国として再び会うことになる。分かったらさっさとお帰り願おう。」
シリウスがパチンと指を鳴らす。
するとモデスト侯爵の姿は消えた。どうやら馬車ごと街の外へ送り出したらしい。
「レティシア、大丈夫か?」
「平気です。女が政治に関わる以上、いずれこういう目に遭うことはわかっておりました。」
「止められなくてごめん。それに、よく耐えてくれた。今日はもう休んでいいから。」
「何を言うのです。これくらいどうということはありませんわ。やることは山積みなのですから。」
「でも……」
「わたくしを大人しく気弱な女だとお思いですか?奴隷として生き、娼婦になる覚悟をしたこともあります。この程度で心が折れるほど弱くはありません。」
「……そっか、頼もしいよ。ありがとな。」
「ではまた後ほど。」
優雅に一礼して、レティシアは去っていった。
強いな。流石の気高さである。
さっきも言ったが、この国には男性に守られるだけの大人しい女性などいないのだ。
というか、開拓村でそんな姫プレイが許されるなど土台無理な話だ。
強くたくましく、開拓者スピリットの国である。
ノーラッド王国が今後どう動くかは知らない。
何も無いならそれで良し、敵国として攻めてくるなら徹底的に潰す。
ロベルトさんやテレサの祖国でもあるが、俺は彼らの祖国よりも彼ら自身のことが大事だ。
国民の安全と生活を脅かすものは全力で排除する。
建国式で俺を見上げる数百人の顔を見て、俺はそう決めたんだ。
いい顔ばかりもしていられない。強気に出るところはしっかりと強気に出る。
今回は良い教訓になったな。
次にやって来たのはコンラッドレ王国だ。
だが、名乗ったのはエルヴェ伯爵という男。爵位は伯爵な上に、護衛の男たちもどう見ても私兵だ。
国同士の取り決めを行うにはいささか小者すぎやしないだろうか。
「レティシア、彼のことを知っているか?」
「いいえ……単なる地方領主ではないかと。」
コンラッドレ王国貴族出身のレティシアが知らないというのだから、やはり大した役職じゃなさそうだ。
それもそのはず、彼は国王の命を受けてやって来たのではなかった。
内戦の混乱に乗じて革命を起こそうと目論む新興貴族だった。
話を聞くに、俺たちの国を認めるから後ろ盾となってコンラッドレ王国の王位奪還を手伝ってほしいということだ。
ついでに革命が成功した暁には第一友好国としてそれなりの扱いはすると。
なんか偉そうだし、戦争に加わるつもりは毛頭ないからパス。
極めつけはエルフやドワーフたち亜人に対する態度。
ちょっと頭のいい家畜程度にしか思っていない。
そんな相手とは到底仲良くできそうにないのでさっさとお帰り願う。
人族至上主義が横行しているとはいえ、ここまであからさまなもんなんだな。
オルテア王国やスラウゼン王国が自由国家で良かった。
次はレストイア王国からの使者だ。
確かここも戦争をしていて難民があふれているんだよな。
使者が申し出てきたのは国交の樹立と、労働力の提供、そして指導者の派遣だった。
「こちらの街にたどり着くまでに拝見しましたが、国を興したばかりで地方領地の管理がなかなか大変なご様子。うちは労働力が余っている状態ですから、そちらに派遣して街づくりに役立てましょう。さらに、徴税官や地方領主など指導的立場の者も派遣できます。その者たちに何年か任せていただければこの国の人材育成につながりますし、悪い話ではないと思うのですがいかがでしょう?」
何ともありがたい申し出だ。でも、ちょっと気になる。
労働力の派遣。要は戦争で国民を養っていけないから口減らし先へということだろう。
それは別にいい、口減らしだろうが何だろうが労働力として使っていいなら使っておくだけだ。
レストイア王国にとっても口減らし先が見つかるうえ、うちの技術を学べるのであれば相互に十分利があると言える。
ただ、その上に指導的立場を派遣?それって言うなれば実効支配だろ?
エレメンティオの土地を好き勝手開拓して、地方領主として政治にも根を張る。
何年か、なんて言ったが既成事実さえ作ってしまえば居座るのは簡単だし、内部から手を引いて侵略なんてこともありうる。
もしくは税金の横流しか。
労働者もレストイア王国出身となればこれほどやりやすいことはないだろう。
だめだな。
却下。
交易の方も実効支配を目論むような国と取引したくないので丁重にお断りしてお帰り頂く。
ただし、難民の受け入れについては検討するとだけ伝えておいた。
マンパワーは必要だからな。
まったく。
小国群は群雄割拠の熾烈な時代とはいえ、どの国も自分のことしか考えちゃいない。
自国最優先はわかるが、一方的過ぎてもダメだろ。
まあ馬鹿げた軍事力と魔王の後ろ盾のおかげでどの国も侵略してこないだけマシか。
あー、しんど。