19.引っ越し
翌朝、昼食を済ませた俺とフランカは早速出発だ。
昨日はかなり歩かせたのでフランカの体調は気になったが、元気いっぱいのようだ。
まずは綿花の丘まで歩く。
もう何度も通っているので、俺にはすっかり慣れた道だ。
そのうち街道みたいに整備もしていきたいが、それはおいおいとして。
フランカは二回目だな。
フランカにとっても見覚えのある道になったことで、昨日よりも速いペースでたどり着いた。
ここで少し休憩を取る。
鞄に残っていた飴玉をやると、「やったぁ!ありがとう!!」と大はしゃぎだ。
糖分でエネルギーを回復し、いざ出発。
昨日と同じく、二時間程で泉にたどり着いた。
俺たちの気配を感じていたのか、すでにオンディーヌたちは泉の上に立っている。
「あっ!オンディーヌさーん!」
オンディーヌの姿を見つけ、フランカがブンブンと手をふる。
おそらく昨日一緒に来てくれたオンディーヌが、微笑み返してくれた。
「それで、早速なんだけど……」
もちろん聞きたいのは移住の返事、そして水霊花を譲ってもらえるかについてだ。
昨日話し合ってくれた結果、七人のオンディーヌが来てくれることになった。
ただ、まだ迷っているのもいるらしく、場合によっては追加で受け入れてほしいとのことだ。
もちろんそれはOKだ。人数が増えるのはありがたいし、みんなが来たくなるように頑張るよ。
そう伝えると、にっこり笑ってくれた。
水霊花については、一人一本、合計七本が移植されることになった。
泉を覗き込むと、白やピンクの蓮によく似た花が揺らめいていた。これが水霊花らしい。
蓮との違いは、水中に花を咲かせているってことか。
もともとそれぞれのベッドとして使われていたらしい。
デリケートな種族って言っていたし、枕が変わると眠れないタイプなのだろうか。
ただ、まだ肝心の水場ができていない。なので本格的な引っ越しは水場ができてからになる。
それまではちょっと遠いが通ってもらおう。
自分たちの住まいの進捗状況も確認したいだろうしな。
帰りに、新居の周りに植えてほしいと花の種を貰った。
何の種かはわからないが、世界樹がある限り普通に育つだろう。
帰ったら早速植えてみよう。
引っ越しを希望したオンディーヌたちが一度自分の目で村を見たいと言うので、帰りは七人のオンディーヌと一緒だ。
最初は遠巻きについてきていたが、段々と慣れてきたのか、最後の川を渡る時には精霊の力で水を避けてくれた。
丸太橋は迂回した川幅の狭いところにかけていたので、迂回せずに渡れるのはありがたい。
それにしても川の水をせき止めるなんて、治水や水回りの仕事を手伝ってもらったら大活躍なんじゃないのか?
オンディーヌの働きに期待が高まった。
昼過ぎに村に到着。早速みんなに報告だ。
七人が来てくれることを話すと、みんな大歓迎してくれた。
早速貰った種を植えに水場へ。
昨日よりもだいぶ工事は進んでいた。川砂や石なんかも置かれていて、立派なビオトープのようだ。
明日には水を引き込めるらしい。
水を引き込み、中の濁りなんかが落ち着いて、植物が無事に根付けば完成だ。
水場の周りに種を蒔く。
テレサとマリアが森で見つけた花も植えた。
四日後、水も澄み渡り、植物もしっかり根を張っている。
オンディーヌたちは自分たちのベッドでもある水霊花を大事に抱えやってきた。
茎や葉、根まで入れると結構でかい。
身長と不釣り合いな大きさの荷物を抱え、大丈夫なのかと思ったが、よろめくこともなく空を飛んで到着した。
ノームたちといい、意外と力持ちだ。
それとも魔法か何かで重さを軽くしているのだろうか。
よくわからないが、すんなり運び込めたので一安心。
オンディーヌたちがベッドを設置し、水場の点検をして、不足がなければ引っ越し完了だ。
水場周りの草花はライアの力ですでに花が咲いている。
スイセンやヒヤシンス、名前はわからないけどたくさんの花々が色とりどりに咲き、まさに妖精の棲まう泉といった感じだ。
テレサとマリアも水場の出来に喜んでいる。苦労して探して植えてくれたもんな。
無事に引っ越しも完了した。
今日はオンディーヌたちの歓迎会。久しぶりの宴だ。
肉や魚、野菜を焼いたり煮たり、テレサとマリアが腕をふるってくれた。
美味しいんだが、やはり調味料がほしい。
特に砂糖と塩。
あるにはあるが、どのくらい持つかわからないためごく少量しか使っていない。
地球から追加で持ってくることも考えたが、何でもかんでも簡単に手に入ると自力での開拓が進まないしな。
俺が死んだ後も手に入れられるようにしとかないと。
まあ、せっかくの歓迎会なので素材の味をしっかりと楽しむことにした。
オンディーヌもライアと同じく、きれいな水、そして精霊花の魔力があれば生きていけるらしい。
とはいえ、食べられないわけではない。
せっかくなのでと色んなものを試していた。
果物系が気に入ったようだ。これから食事の時には用意するようにしよう。
オンディーヌたちにはこれから畑周りを中心に手伝ってもらうことになった。
主に水やりの作業だ。
当初の目的は浄化槽やトイレをきれいにしてもらうことだったのだが、オンディーヌの魔力を具現化した「浄水魚」というのを作り出し、それが代わりに働くことになったからだ。
「浄水魚」は見た目は白い大きめのメダカで、汚れた水の中で泳がせることで汚れや菌を食べ、浄化してくれるという優れものだ。
浄化槽や溜池、トイレに数匹ずつ泳がせることにした。これで排水問題は解決だ。
更に、彼女たちが来たことで、念願の水洗トイレが導入された。
水の魔力を込めた魔石をスイッチとしてセットし、用を足したあとはそれを押す。
魔石は対になっており、スイッチ側の魔石を押すと便器に設置した魔石が反応し、水が流れるのだ。
この村のトイレの発展は目覚ましい。
ほんの数週間前までただの穴に用を足していたことを考えると嘘のような快適さだ。
多分、この時代で水洗トイレなんて、それこそ王宮くらいにしか無いんじゃないか?
水の精霊はもともと魔力が豊富らしい。
ノームほど数が多くなく、力も強くはないが、その豊富な魔力で川や海を守ってきたのだとか。
彼女たちの作り出す水は様々な効果があり、成長を促進させたり、疲労を回復したり、美肌効果なんてのもある。
もちろん大精霊であるライアほどの目覚ましい効果はないものの、十分にありがたいものだ。オンディーヌが水やりを担当してくれたおかげで、野菜の育ちが良い。
もともと世界樹の加護で成長が促進されているので普通と比べありえない速さになっていると思う。
そろそろ亜麻がいい頃合いなので、それを収穫して麻の服を作ろう。
これから本格的な夏に入る。麻性の涼しい服はとてもありがたい。
問題は、人間のマンパワーが圧倒的に不足していることだ。
オンディーヌたちがやってきて一週間、ついに風呂ができた。
もう一度言おう。ついに、風呂が、完成したのだ!!!
風呂こそ日本人の心!NO BATH, NO LIFE!!
しかもただの風呂ではない。温泉だ!(正確に言うと少し違うのだが。)
きっかけはふとした思いつきだった。
オンディーヌの疲労回復効果の水、これは上手くすれば温泉みたいになるんじゃないか?
思いつきでやってみたら大成功、木で作った浴槽にオンディーヌの魔法水を沸かしていれる。
目隠しの壁を作れば疲労回復効果のあるお風呂の完成だ。
じんわりと暖かく、全身の筋肉がほぐれる感じがする。
風呂から上がると身体が軽くなった感じがした。うん、これはいいな。
ただ、風呂用の湯を沸かす方が重労働なため、風呂は週に1回の楽しみになった。
当然男湯女湯で分けられる余裕もないためそこは順番だ。
それでもみんな風呂を楽しみに毎日頑張っている。
やっぱりモチベーションがあるというのはいいものだ。
ロベルトさんなんかは特に気に入り、風呂に入っている間歌声が聞こえる。
お世辞にも上手とはいえない緊張感のない歌声に、順番待ちのセシルとフランカなんかは盛大に吹き出していた。
ただ、汚れた身体で風呂に入るとどうしても湯船が濁る。
シャワーなどが充実していない以上これはしょうがないことなのだが、あとから入る人のためにも、風呂の中にも浄化メダカを入れることにした。
普段は溜池に放流し、風呂のときだけ移し替える。
いつもは白いメダカなのだが、温度に反応したのか朱色に近いオレンジに。
最初は茹だってしまったのかと慌ててすくいあげたのだが、元気に湯船の中を泳いでいる。
さらにお風呂メダカたち、体の垢もつんつんとつまんでくる。まるでドクターフィッシュ風呂だな。
最初はみんな慣れなくてびっくりしていたが、徐々に好まれるようになった。
ただ脇腹をつつかれるとくすぐったいのでそこは手で払う。
メダカたちも学習したのか、足や手のみつつくようになった。