188.公共事業
王都とその周辺の国は一気に忙しくなった。
今までの農村から国の中央都市になったということで、区画を整備しなおして都市としての機能をそろえていく。
街全体を網羅するなだらかな石畳と地下に張り巡らされた上下水道。
しかし、タイルを一枚一枚張っていく石畳はどうしたって時間がかかる。
そこでコンクリートを取り入れることにした。
砂と砂利を混ぜて作ったコンクリートを一気に流し込めば作業時間は大幅にカットできる。
しかもただのコンクリートではない、圧倒的な丈夫さで二千年たっても風化しないと有名な「ローマン・コンクリート」だ。
砂と砂利に火山灰と石灰、海水を混ぜて作ることで時間経過とともに強度が増す。
大精霊の加護のおかげで地震や洪水などの災害はないとは思うが、丈夫なつくりにしておいた方が安心だ。
今後たくさんの人が行きかうかもしれないしね。
だが、俺は個人的にタイル張りの意匠も好きだ。何より見栄えが良い。
というわけで、コンクリートスタンプを施すことに。
乾きかけのコンクリートにタイルやレンガを模して掘られたローラーを押し当てていく。
これで見た目は石畳、中身はお手軽コンクリートの道の完成である。
新たな店や建物も次々に着手し始めている。
王都周辺からいろいろな種族がやってきて街づくりの技術を学ぶということで、宿屋を増やす。
人口が増えたので家屋も当然増やす。
他にも食堂や食べ物屋、道具屋なども順番に作っていく。
とりわけレトルト食品工場は対魔族以外にも重要な食料となった。
新たな街を作るために派遣された先で自給自足は難しい時もある。
レトルト食品を定期的に運び込めば食糧問題はかなり改善する。
魔豚以外のレトルトパウチも作られ、連日忙しく稼働している。
建設業と並行して行っているのが、戸籍づくりだ。
どこにどんな種族がどれだけいるか。これを把握することは国づくりにおいて非常に重要となる。
食料生産計画もそうだし、徴税の面でも戸籍があると無いとじゃ大違いだ。
できるだけ大急ぎで、すべての国民の戸籍を作り上げる。
シリウスを筆頭に文字が書ける人材を投入して急ピッチで進めている。
行政全体を司るシリウスは今大忙しだが、どうやっているのか不思議なほどあっちもこっちも軽々とこなしている。
大精霊の世話係、龍族の本領発揮である。
周辺都市への輸送手段として、高速馬車が取り入れられた。
『ディノス』という魔物?魔馬?を用いている。
この馬たちは非常に知能が高く、俺の建国の知らせを受けると自ら配下にと庇護を求めてきた。
理由は冬場の食糧難。配下として働く代わりに食糧の援助をしてほしいとのことだった。
今は夏真っ盛り、まだまだ先の冬場のことを考えて先手を打つなんて、知能が高くなければできることではない。
フランカの通訳のおかげで意思疎通もでき、今は運送業を担ってくれている。
なにがすごいって、このディノスという種族は無茶苦茶タフだ。
何トンあるんだという大荷物を載せた馬車を軽々と引いて走る。スタミナもあるから輸送時間が大幅に短くなった。
そして何より、強い。
そこら辺の魔物なら軽々と蹴り殺す程度には強い。熊や狼も蹴散らす。何なら噛みつく。牙はないが、嚙む力がすごいらしい。
まだまだ開拓されていない森の中において、これほど安全で便利な馬車はないだろう。
知能のある四トントラックが走っているようなもんだからな。
実にありがたい。
そうこうしているうちに夏の収穫期を迎えた。
忙しさも倍増だ。
ロベルトさんを筆頭に、冬場に増産された魔導ゴーレムたちも導入して収穫、計量、加工、保管していく。
同じころ、夏の米も収穫期を迎えたので刈り取って脱穀、保管。
夏の野菜たちは瑞々しくて美味しいが、傷みやすいものも多い。
生のまま保管する量と加工して貯蔵する量を間違えると悲惨なことになる。
そこで活躍するのがレトルトパウチだ。
作物だけでなく、料理として保管ができるというのが強みだな。
そういえばレトルト魔豚ではボツになった缶詰だが、無駄になった訳では無い。
村の中の保存食用として様々な缶詰を考案中だ。
肉や魚のオイル漬けや水煮をはじめ、様々な調理済みの缶詰、野菜や果物の缶詰など、みんなのアイディアを取り入れながらいろいろと試している。
この度新たな缶詰工場も完成し、早速トマト缶やフルーツ缶を作っている。
これで夏の果物が冬でも食べられるな。
砂糖やはちみつ漬けにしても美味しいだろう。
砂糖やはちみつと言えば、夏の日差しの中忙しく働いている国民に新たな甘味を導入するとしよう。
ずばり、チョコレートだ。
え?夏にチョコレートは合わない?まあそう言わずに。
魔族領から輸入したカカオを試しに使ってみようと思う。
チョコレートの作り方は……っと。
うん。『賢者の書』のお菓子の項目にバッチリ載っている。
カカオ豆をローストし、香りを引き出す。
うーん、早速良い香りが漂ってきたぞ。
次に、ローストしたカカオ豆を荒く粉砕して皮などを取り除き、『カカオニブ』と呼ばれる種の胚乳部分だけにする。
そうしたらカカオニブをすりつぶす。油分が出てきてペースト状になってくる。
色と香りは既にチョコレートだな。
味は……うへぇ、にっが!
これは無理だ。甘味どころではない。
激苦コーヒーを飲んでいた魔王たちはこういうのを好むんだろうか。
次、砂糖とミルクを加えて混ぜ合わせる。結構な量の砂糖を使うんだな。
昔のチョコレートが高級品なわけだ。
舌触りを滑らかにするため、限界まですりつぶしていく。
混ぜ混ぜ、ゴリゴリ、混ぜ混ぜ、ゴリゴリ…………。
混ぜ混ぜ、ゴリゴリ、混ぜ混ぜ、ゴリゴリ…………。
ちょっとずつ艶が出てきたかな。
ひたすら無心で混ぜていく。
混ぜ混ぜ、ゴリゴリ、混ぜ混ぜ、ゴリゴリ…………。
混ぜ混ぜ、ゴリゴリ、混ぜ混ぜ、ゴリゴリ…………。
だんだん手が痛くなって来たけど、まだだろうか。
よく見ると小さな粒粒がたくさんある。市販のチョコレートには見かけないものだ。
これはまだすりつぶしが足りないってことだよな。
まだまだ混ぜる。
混ぜ混ぜ、ゴリゴリ、混ぜ混ぜ、ゴリゴリ…………。
げ、限界だ……!
チョコレートの限界というか、己の限界まですりつぶしたぞ……!
ハァハァと息が荒くなる。
チョコづくりってこんなに大変だったのか。気軽に食ってて申し訳ありませんでした。
明〇さん、ロ〇テさん、どうもありがとう……!!
さすがにこれ以上は腕が腱鞘炎になりかねないので次の工程へ。
テンパリングという、温めて冷ますのを何度か繰り返す。
ここら辺からはバレンタインデーのために姉貴がやっているのを見たことがある。
これをすることで艶が出て口どけもよくなるんだとか。
成型して、冷やす。
型なんてものはないので、ステンレスの四角い皿にスプーンでちょっとずつ垂らして何となくコイン型にする。
かなり不格好になったが、まあいいだろう。
冷蔵庫で冷やして固めれば完成だ。
出来上がったチョコレートは深いブラウンと艶やかな輝きを放っていた。
なかなか綺麗に出来たんじゃないだろうか。
割れないようにそっとはがして、いざ実食。
カリッ、もぐもぐ。
………………。
……にっがぁ!!!
まじかよ、結構な量の砂糖入れたのに。
思ったより苦いチョコレートに驚く。
まるで市販で売っている『カカオ〇%』の苦いチョコみたいだ。
おまけにこれは砂糖だろうか、ジャリジャリした食感もある。
口どけ滑らかなチョコレートとは程遠いものができた。
……これは改良の余地ありだな。このままではとてもみんなに出せない。
みんなのための新たな甘味、チョコレートづくり。
俺の公共事業は失敗に終わった。