183.勉強の時間
次々とやってくる使者たちの対応の合間に、この世界の国際情勢について少し勉強しておく。
帰る時、魔王ガルーシュに頼んで世界地図を一枚分けてもらった。
それを見ながらエスメラルダ先生による特別授業を受ける。
シリウス達龍族をはじめ、ダンタリオンやサラなど、俺の周りで政治に関わってくれそうなメンバーも一緒に授業を受ける。
まず、このエルネアには四つの大陸がある。
一番大きな『ウォルード大陸』。俺たちが住んでいる場所だ。
ウォルード大陸の南にあるのが『ルチアーナ大陸』。『ファティマ神聖共和国』という国が大陸全体を支配しているらしい。
そして北にあるのが『カンザス大陸』。雪と氷に覆われた大地で、どこの国の領土でもない。周辺海域にも凶悪な魔物が多く、人間は踏み込めない未知の大陸だ。
最後に俺たちの住むエレメンティオの東側にあるのが『東の大陸』。人が住んでいるらしいが、暗黒の森や不毛の大地、魔族領などに阻まれて人族の国との交易はできていない。未だ調査も進まぬ謎の国があるとか。
簡単に言えば、ウォルード大陸以外の大陸はほぼほぼ未知の領域。人族も魔族も進んで開拓しようとは考えていないらしい。
「海の開拓とかしないのか?船を作れば他の大陸にも行けそうだけど。」
「海には恐ろしい魔物が棲んでおり、あまり遠くへは行けないのです。」
なんでもウォルード大陸とルチアーナ大陸の間にはクラーケンやシーサーペントが、北のカンザス大陸との間にはケートスやカリュブディスが、東の大陸との間にはセイレーンの領域があるらしい。
だからこの世界ではせいぜい沿岸で漁業をする程度で、航海など自殺行為に等しいのだとか。
まあその反面、戦争でも海路からは絶対に攻められることがないという安心感はあるらしいが。
知れば知るほど、恐ろしい世界だな。
話を戻して、次は国家の話だ。
今俺達が住んでいるのは『精霊王国エレメンティオ』。できたばかりの国だ。
ウォルード大陸の東端にあたり、『不毛の大地』と呼ばれる南東の突き出た部分までを含む。
エレメンティオの北~西側にあるギア山脈を隔てて北側にあるのが魔王国、正式名称は『ドゥアト=ヘルヘイム魔王国』だ。
北に大きくせり出した部分すべてが支配地域。
ギア山脈の西側にはお馴染みオルテア王国と小国群が連なる。小国群の中でも一番近くにあるのが『ノーラッド王国』と『コンラッドレ王国』だ。ここもなんだかんだよく聞く名前ではある。
その他の小国群の名前だが、現在は『レストイア王国』『フィアーノ王国』『カロナ王国』『シュタイル王国』『ランゼルト王国』があるのだという。
ただ、群雄割拠のこの時代だ。いずれの国も長くは残らないだろうとのことだった。エスメラルダの出身であるコンラッドレ王国も、あと十年持つかどうかといったところらしい。
次は中規模国について。お馴染みのオルテア王国も中規模国にあたるが、ここら辺から国際的な影響力を持ち始める。
オルテア王国とわずかに隣接しているのが『スラウゼン王国』。中規模国同士オルテア王国と仲が良く、同盟国でもある。
豊富な鉱山資源と武器・防具を誇るオルテア王国と、肥沃な穀倉地帯を生かした豊富な食糧品のスラウゼン王国。両者が手を取り合うことで大国にも張り合う軍事力と豊かさを実現しているのだとか。
いいな。俺もそういう平和なやり取りをしたいものだ。
最後の中規模国家である『メロ共和国』は、なんといっても場所が悪い。国の三方を大国に囲まれており、植民地争いの舞台になっている。現在はヴァメルガ帝国の属国的な扱いで、「共和国」の名のもとに人海戦術で実効支配を強めているんだとか。
そして、この世界を牛耳ると言っても過言ではない「三大国」について。
その中でも最も力を持つのが『ヴァメルガ帝国』だ。
力だけでなく、物資の豊かさも、食糧の豊富さも、軍事力も人口も群を抜いている。まさに大陸に覇を唱えようとする「軍事大国」だ。
『リンメル王国』は、豊かな穀倉地帯と薬草の輸出で周辺国家に影響を強めている。そして何より、世界で唯一シルクの生産に成功した国なんだとか。シルクの輸出で財を成し、貴族たちも豪華絢爛な衣装を身にまとっている「産業大国」だ。
三大国の最後、『トリノ公国』は、豊富な海洋資源、そして世界一の造船技術が自慢の国だ。丈夫で移動の早い船で魔物から逃れ、商業展開の難しい海洋に置いて一大勢力を誇っている。そしてなにより、ルチアーナ大陸との唯一の海路を持つ交通の重要地点でもある。
「このように、中規模国家以上、特に大国になると世界中に影響を及ぼすほどの強大な力を持ちます。おそらくこれからケイ様は様々な国と関わり合いになられるかと存じますが、何よりもこの『三大国』を意識することをお勧めいたします。」
「うーん、確かに、軍事に産業に海洋、無視できない重要なものばかりだな。まあ俺としては下手に関わって戦争とかに巻き込まれるのも嫌なんだけど。」
魔族領とも不可侵の中立を確約したし、他の国ともそうできたら一番いいんだけどなぁ。
あ、そういえばトリノ公国について気になることが一つ。
「トリノ公国はルチアーナ大陸との唯一の海路って言ってたよな。ルチアーナ大陸になんか重要なものがあるのか?」
「ルチアーナ大陸は、『ファティマ神聖共和国』が全域を支配しています。この国は、天使族による国家なのです。」
「天使族!?」
まじか、天使って本当にいたんだ。しかも国を作ってるって?
俺の脳内に白い服をまとった金髪の美しい女性の姿が思い浮かぶ。清らかで可愛らしくて癒し系で……。
やっぱ羽とか生えてんのかなぁ。お近づきになれたりとか……いかんいかん。トリップしている場合じゃない。
「天使族って言うのはどういう種族なんだ?」
「彼らは癒しを司り、不浄を嫌う……高度な治癒魔法で人々を助ける治癒者の集団です。創造神ディミトーを筆頭とする精霊たちを信仰し、その信者のみで国家を形成しています。信者以外のよそ者を嫌いますが、他国のケガ人の治癒を引き受けてくれることもあり、連日ファティマ神聖共和国に行くための船便はほぼ満員です。たまに派遣治癒者として契約し、外国に滞在している者もいますね。」
なるほど、ケガを治してくれる、高度な医療を受けられる場所への船便か。それは儲かりそうだな。
そして天使族。創造神ディミトーってディミトリオス様のこと?この世界にも創造神のことを知る者がいたなんて。
アヤナミのような治癒魔法を使えることもそうだし、特殊な種族みたいだな。
「確か、アクエラ様の直系の者達の一つが天使族という名前だったと記憶しています。治癒の力もそうですが、戦闘面でもかなり強く優秀な者であると……」
アヤナミは知っていたようだ。やっぱりアクエラ様の系譜か。
ということは、彼らを怒らせたら過保護なアクエラ様が乗り込んでくる可能性もあるわけで。
……いつか関わることがあったら仲良くしておこう。
「東の大陸については、詳しいことはわかっていません。もしかしたらケイ様の方が詳しいのではないですか?」
「俺が?全然知らないけど、なんで?」
「昔の文献にあったのです。『漆黒の髪と夜空の眼を持つ人間が東の果てよりやって来た。』と。文献には追い返したということしか書かれていませんでしたが、漆黒の髪と夜空の眼……ケイ様の特徴と一致しますよね?」
全員が俺を見る。
しかし俺は東の果てどころか、世界の果ての果て、地球からやって来た人間だ。
当然東の大陸について知るはずがない。
でも、東の果ての大陸と極東の島国・日本。黒髪黒目の人種。
共通点があるということは、生活や食事にも近しいものがあるのかもしれない。
もしかしたら、もしかしたらだけど、地球の日本人が祖先だった、なんてこともあり得るんじゃないのか。
今までは暗黒の森や魔物の海域に阻まれていたというが、エレメンティオになった今陸地に俺たちを阻むものはいないだろう。
本格的な海の開拓も含めて、東の大陸を目指すのも悪くないな。
「東の大陸か。次はそこに行ってみよ――」
「失礼します。陛下、次のお客様です。」
「……わかった。すぐ行くよ。」
東の大陸の前に、何日にも及ぶ面会ラッシュを乗り切ることをまずは目指そうかな。