182.どうやら気楽ではいられないらしい
魔族との交易品だが、エレメンティオからは穀物や野菜と言った作物、酒、魔豚、和牛を輸出する。
そして魔王国からはコーヒー、カカオ、スパイス類を輸入する。
コーヒーがあることは以前から知っていたが、カカオが取れるのは驚きだ。
なんでもこの魔王国領内は地形が複雑な上古代の魔法の影響もあり、一つの国に様々な気候が点在しているらしい。
カカオは年中高温多湿な森の中で採れるのだとか。
魔族たちは薬やコーヒーのような飲み物として使用しているらしい。
カカオって言ったら、やっぱり思い浮かぶのはチョコレートだよな。
ということで、早速カカオを輸入してチョコレートを生産することに決めた。
美味いチョコレートができたら魔王国やオルテア王国に輸出するのも良いかもしれない。
そしてスパイス。魔王国はスパイス大国だった。
輸出できるものとして紹介されたその麻袋の山を見て驚愕する。
カレーっぽいスパイスもあれば、中華料理に使われていそうな香りのするスパイスなど、様々な種類があった。
どれも香りが鮮烈で品質もよさそうだ。
魔王国では調理の味付けはこの多種多様なスパイスらしい。他にも薬として使われる。
なんだ。料理が発展していないとか言うけど、味の多様さについては人間の国より進んでいそうじゃないか。
エレメンティオの食事をさらに豊かにするためにも、スパイスは欠かせない。
これも即決で輸入決定だ。
するべき話し合いがすべて終了したのは、翌日の夕方になってからだった。
レトルト魔豚の料金もしっかりいただいた。
これまで人肉が取引されていた金額よりも、少しだけ上乗せされている。調理済みであることと、保存がきくなどのメリットが付加価値を付けたらしい。
感覚的には地球で言う和牛に近いかな。ちょっと贅沢したい日のお肉。それが魔豚だ。
逆にうちで育てている和牛は一生に一度は食べて損はない高級和牛。誰にでも手が出せるものではないが、品質と味は折り紙付きだ。
これも生産拡大を目指して頑張ろう。
エレメンティオに戻ると、すぐに客の取り次ぎがあった。
どうやら『世界の声』によるエレメンティオ建国宣言を聞いて、森に棲んでいた種族が挨拶に来たらしい。
やって来たのはケットシーが数人。どうやらうちで受け入れたミケたちの部族とはまた違う部族のようだ。
「国王陛下、この度は誠におめでとうございますニャ。我が部族からの献上品をどうぞお受け取り下さいニャ。」
そういって、艶やかな漆器を大量に贈られた。
「ああ、ありがとう。悪いが、お返しと呼べるものを用意してなくて……。」
「とんでもございませんニャ。本日はご挨拶に伺っただけですニャ。我々は川を下った辺りに集落を作っておりますので、お見知りおきくだされば幸いですニャ。」
そういってぺこりとお辞儀をし、ケットシー達は帰っていった。
さすがに手ぶらで帰すのも、と思い、スイカとメロンをいくつか渡しておいた。
地球でも贈答用果物として定番だし、こっちでは珍しいだろうし、お返しとしても大丈夫だよな。
やって来たのはケットシーだけではない。
ウサギの耳をはやした人間がやって来た。
羊の丘の周辺に住む「兎人族」という種族で、内容は同じく俺への挨拶。
……みんな寄ってたかってどうした?
というか、この森って魔物以外に他の種族とかたくさんいたんだな。
今まで全くご近所付き合いをしてこなかった俺は軽いパニック状態である。
「みんないきなりどうしたんだ?」
「当然ですわ。ケイ様はここら一帯の王となられたのですから。領内に住む臣民が一度も挨拶をしないのは非常識です。」
「え、そうなの?」
「厳しい領主や王の元では、反逆者として攻め滅ぼされる可能性があります。まあそこまでなくとも、領地を治めることができるのは多少なりとも実力者である証、いの一番に挨拶に駆け付け、心証を良くし、覚えをめでたくしておけば何かあったときに助けてくれるかもしれませんから。」
レティシアとダンタリオンが代わる代わる説明してくれる。
おかげでいきなり訪問者が押し寄せる理由が分かった。
「ああ、なるほど、つまり『私達ここに住んでるから助けてね。』ってことだったのか。」
「その通りです。特にケイ様は魔王に認められた存在。その力は計り知れません。弱小種族はできる限り早く駆け付けて庇護を乞うのが種族として正しい判断です。」
「人間の他の国でも、力を持つものに友好を示し助力を願うのは基本中の基本ですから、そのうち人間の国の使者がやってくるかもしれませんわね。」
ふーん、気楽に「王になる」とは言ったけど、今まで把握していなかった種族たちの主になることでもあったんだな。
当然、彼らの生活をよりよくするために尽力しなければならないだろう。
地球程ではないにしろ、社会保障が全くない国なんて反乱の一途だからな。
「挨拶に来た者も来なかった者も、俺はどうすればいいんだ?」
「挨拶に来た部族はできるだけ覚えておいてください。できれば来るのが早かった順、献上品が豪華だった順に。そして優先的に生活を整えてやったり、庇護をしてやるのが良いと思います。」
「来なかった部族は?」
「ケイ様の思うようにすればよいともいますが……反逆者として処罰しますか?」
「まさか、俺に関わりたくないのならそれで構わないよ。無理やり従わせることはない。」
「では文字通り放置でよろしいかと。特に処罰も与えない代わりに、この村で行われていた農地改革や新たな作物、道具や技術、街道などの公共物を与える必要もありません。これまで通り、自力で暮らしてもらうのです。」
「ここの発展具合を見れば気が変わる者たちも多いでしょうが、最初から恭順を示した者たちとの差ははっきりとつけなければなりませんわ。民の忠誠に関わりますから。」
「そうなのか?なんか差をつけるってかわいそうな気もするけど。」
「ケイ様、いえ、陛下。陛下が先ほど一番に駆け付けたケットシー族だったとしましょう。彼らは基本的に狩猟民族ですから、冬場は常に食べ物に困るはずです。ですがこの国の王が、一番に駆け付け忠誠を示した陛下達よりも、ぎりぎりまで顔色を窺ってすり寄って来たどこぞの部族を優遇した。陛下はどう思われますか?」
「少なくとも良い気はしないな。なるほど、わかったよ。」
「お判りいただけて何よりですわ。民の忠誠にはそれ相応の対価を支払わなければなりません。もちろん、私達のように奴隷から解放していただけた恩義や、長い間ともに汗水流して開拓してきた絆から生まれる無償の忠誠心もあります。ですがそればかりではないのが実情です。」
みんな平等がいいって思っていたが、平等主義の優しいだけの王様もダメってことだな。
なかなか難しい。
正直政治についてはからっきしの素人だ。これからもレティシアやダンタリオンの力を借りることになるだろう。
その後も毎日のように森や山に住む様々な種族(中にはアラクネのように知恵のある魔物も)が挨拶にやって来た。
……これ、全部覚えるの無理じゃね?
「ご安心を、挨拶に来た順番、部族と代表者の名前、献上品の有無とその品目、陛下に対する態度まですべてこのシリウスが記憶しております。」
「私も記録して保管しております!」
シリウス……サラ……!
今日ほど君たちが頼もしく思えた日はないよ……!