179.最終決戦?
パウチタイプの保存食が完成した。
銀色のアルミ製の袋にサラの持っていた小型転写機で撮った写真を貼り付ける。
見た目は完全に地球のレトルト食品だ。
袋作りはヴォルフラムがやってくれたが、作り方は至って単純だ。
アルミを薄く伸ばし、一定の大きさにカット。
同じものを二枚重ねて端を熱で溶かしてくっつける。
これなら機械化も行けそうだな。
今回は魔族領に届けに行って、直接感想を聞く予定だ。
このレトルト豚に納得してもらえれば本格的な生産が開始となる。
なんだか緊張するな。
会社のプレゼンとか取引先へのあれこれってこんな感じなのだろうか。
でも大丈夫。
村の知恵と技術を凝縮したものなんだから、きっと上手くいくはずだ。
秘密兵器も用意してある。
「じゃ、行ってくるよ。」
「行ってらっしゃいませ。」
「行ってらっしゃーい。」
アヤナミとイリューシャに見送られ、俺、ダンタリオン、サラ、シリウスの四人で魔王城へ。
今回は手軽に転移の魔法で城の前まで移動する。
魔王たちも試食会の時は村の近くまでこうやって来てたっぽいしな。
ベリアルに案内され、部屋に通される。
魔王たちは既に席に座っていた。
メンバーは魔王、ヴァレリー伯爵、グリークス、ヴィトの四人。
今回ベリアルは試食には回らないらしい。
「来たか。遠いところからご苦労だった。」
「いつも来てもらってばかりも悪いからな。」
「それで、できたのか?」
「ああ、まずはこれを見てほしい。」
俺が鞄からパウチタイプのレトルト豚を取り出すと、一斉に怪訝な顔をする一同。
写真がついているとはいえ、どう見ても肉には見えないし仕方がないよな。
説明を求む。魔王の顔がそう物語っている。
「これは新種の保存食で、中に調理された肉が入っているんだ。そのまま食べても良いけど、加熱しなおしても美味しい。」
『加熱』の魔法で温めたものをみんなの前にそれぞれ用意する。
「ここの切れ込みから袋を破って、中身を皿に取り出せば完成だ。どうぞ、試してみて。」
俺のレクチャーを見ながら、同じように切れ込みから袋を破る。
魔王とヴァレリー伯爵は難なく破り、皿に移し替える。
グリークスとヴィトも前足と口を使って開けることに成功。
以前動画で飼い犬がポテチの袋を開けるのを見たことがあるし、少し知恵のあるものなら難なくできるだろう。
ちなみに今回持って来たのは煮豚とポークチャップだ。
温かく調理された煮豚に「おおっ!」と歓声が上がる。
「どうぞ、ご賞味ください。」
シリウスに促され全員で一口。
「これは美味い!なんと柔らかく甘い肉だ!」
「まるでとろけるような繊細な舌触りですな。」
「この茶色いソースも甘辛くて肉によく合う。」
「出来立てのように温かいし、遠方から運んできたとは思えぬな。」
反応は上々。
ちゃんと柔らかいし、温かいし、味もしっかりしみ込んでいる。
腐ったり劣化したりした様子もないし、これは成功と言えるだろう。
ポークチャップの方も食べてみる。
「この赤いソースが実に良いな!食欲をそそる香りと味だ。」
「肉自体の味も実に良い。柔らかく上質な肉だ。」
「これは人間の肉をただ焼いて食うよりもよほど美味いな。」
「ええ、ですがどちらを導入すべきでしょう?正直私にはどちらかを選ぶことなどできません。」
「ああ、それなら心配しないで。両方、というか、他にもいろんな料理として出すつもりだから。」
「なんと!ではこの二種類以外にも人間の肉の料理が食えるというのか?」
「人間じゃなく魔豚だけどね。いろんな料理として食べられた方がそっちもいいだろ?」
「なんと有難いことだ。そしてそれを実現させる手腕も見事なものだ。」
肉の味とこれからも様々な料理が食べられることに感動している一同。
これは完全勝利だな。
……あと、もう一つ用意したものがあるんだけど、必要なくなったか?
レトルト魔豚の味に納得がいかなかった時の最終兵器。
せっかくだからこの場で出しちゃおう。
「あ、せっかくだからもう一つ試してほしいのがあるんだけど。」
「なんと!!!」
「これは!!!」
「信じられん……!」
「こ、こんな肉がこの世に存在したとは……!!!」
俺が出したのは、ずばり地球の和牛だ。
この世界の牛は主に乳牛。食べられている牛肉も乳牛用のものだ。
当然乳臭いし、地球のものほどおいしくない。
味も人間の肉には遠いということで代替肉としては候補から外れていたが、せっかく食肉用の畜産が始まったんだから地球の美味しい牛を村でも育てようと思いついたのだ。
オルトロスやフレイムリザードなどの魔物の肉は、どういうわけか鶏肉っぽい味が多かったしね。
ついでに対魔族用の肉としても通用したらいいな、なんて思ってたんだが、これは思った以上に威力が大きいみたいだ。
ちなみに用意したのは四種類。
選んだのは、定番の『神戸牛』、”赤身に入り込んだとろけるサシが絶品!”らしい。
他には”霜降りの甘みと風味が抜群な江戸時代から続く名牛”『近江牛』、
”和牛界の王!舌にとろけるお肉の旨みがたまらない”『松阪牛』、
”とろけるような霜降り肉の上質な味わいが特徴!厳しい自然環境が育てた味”『米沢牛』の四種だ。
他にも色々あったが、とりあえず「柔らかさ・霜降り」のキーワードで俺でも聞いたことのある有名所を選んでみた。
大勢に愛され名の知れた和牛なら間違いはないだろう。
覚悟はしていたが、かなりの出費額になった。こっちの宝石の小さめなのを買取りに出して用意した予算が半分ほど吹っ飛んだぜ。
「この中に気に入った肉があったら少量でよかったら出荷しようかと思うんだけど。」
「それは真か!?是非頼む!こんな肉は今まで食べたことがない!!」
目を血走らせ、真剣に吟味する四人。
あーでもないこーでもないと真剣に議論を交わし合う。
……なんか、うちの屋敷で魔豚の肉質を吟味していた時より真剣じゃないか?
俺個人としては『松阪牛』が好きなんだけど、どうなることやら。さすがに村でブランド牛二種って言うのは贅沢すぎかな。
相当な時間議論した挙句、四人が出した答えは『松阪牛』だった。
おお、俺と好みが合うな。
じゃあ、村でも松阪牛の繁殖と肥育を頑張ってみるか。
人工血液の方も、ヴァレリー伯爵に太鼓判をもらった。
地球のネットで「血の味がする」といううわさもあるフルーツ、ザクロのエキスを混ぜたのが良かったらしく、フルーティーで甘酸っぱい感じが素晴らしいとのことだった。
これはワインと同じく瓶詰にして魔族領に回すことで合意した。
「じゃあ、魔豚は今の感じで生産体制を整えるよ。和牛は今から育て始めるから時間がかかるかな。生まれるのも一頭ずつだし、相当な高級品になると覚悟しておいてほしい。」
「無論だ。そちらが生産体制を整え、最初の出荷の日に魔族領として人肉食撤廃の宣言を行おう。こちらも準備を進めておく。」
「ああ、じゃ、また連絡するよ。」
「……ケイよ、感謝する。人間であるそなたがこんなにも真剣に我らとの共存の道を探るとは、正直期待していなかった。そなたの存在は我の人間に対する考え方そのものを覆したのだ。」
ガルーシュが真剣な目で俺の顔をじっと見る。
なんか、改まって言われると照れくさいな。
「ま、まだ喜ぶのは早いよ。これから安定的に生産できるようにしなきゃいけないんだし。こっちも手探りだから課題が山積みなんだ。」
「ふっ……そうだな。この続きは人肉撤廃宣言のその日にするとしよう。道中、気を付けて帰るのだぞ。」
「ああ、じゃあ、また。」
俺たちは『転移』で魔王城を後にした。