178.トライ&エラー
そして、秋も終わりに近づくころ、クローンによる魔豚が六頭誕生した。
マンガリッツァ豚がベースになっているらしく、羊のようなふわふわの毛で覆われている。
皮膚が黒いのは黒豚の遺伝子だろうか。
とにかく、俺が地球で良く知っている豚とは違う豚にちょっとだけ驚いた。
しかしながらどれも丸々と太った大人の豚だ。
肉体の再生をベースにしているため、出荷されたときの大人の豚の状態でクローンができるんだとか。
魔豚は雄が一頭に雌が五頭。一頭分は缶詰用に解体し、残りは牧場で飼育し繁殖させる。
ここから何頭増やせるだろう。
というか、何頭増やしていけばいいんだろう。
闇雲に増やしすぎてもエサ代や世話の手間を増やすだけだし、少なすぎて魔族たちに十分行き渡らないと困る。
ええと、ダンタリオンに聞いたところ、魔族領で食べられている人間の数は年間およそ200人。
多くはオルテア王国やノーラッド王国など魔族領に近い国の農村や、森や山にやってきた冒険者などを攫って食うらしい。
小国群の戦争の混乱に乗じて攫ってくることもあるんだとか。
ぶるり。なんとも恐ろしい話だ。
人間の体重が平均50キロくらいだとして、200人分は10000キロ。
骨などを除いた所謂”可食部”は40%位と仮定しよう。その場合4000キロだな。
痩せた農民とかだともっと少ないかも。
魔豚の体重は120キロくらい。豚の可食部(肉)は全体の約43%程度らしいので、豚一頭からとれる肉の量は51.6キロ。
つまり単純計算で年間に魔豚を78頭分出荷できれば魔族たちを満足させられるってことか。
うーん、先は長いぞ。
とにかく今は一刻も早く繁殖に成功させて数を増やしていかないとな。
解体した一頭を数日熟成し、調理する。
今回はステーキと煮豚だ。
ヴォルフラムの作ったアルミ缶を浄化魔法で殺菌し、調理した豚肉を入れ防腐魔法をかけて密封。
今回はヴォルフラムの手作業だが、ゆくゆくは機械化したい。
これで缶詰は完成だ。一週間ほど時間をおいて試食をしてみる。
「この銀色の筒に煮豚が?」
「とても食べ物には思えませんね。」
「もう少し食欲をそそるようなデザインはないかしら?」
「それで村長、どのようにして開けるのですか?」
「えっと、この部分を缶切りで……あ。」
缶切りのことをすっかり忘れていた。
やばい、それも依頼して作らないと。
とりあえず今回はナイフで代用だ。
「ここをこうやって、ちょっとずつ穴をあけるように……」
「おおお!今少し中が見えましたよ!」
「開いたワン!」
「これを皿に移して……」
「ほう。腐っている様子はないな。まあ儂が作ったんじゃから当然じゃが。」
「美味しそうだニャ~」
皿に移された煮豚はトロッと柔らかくて美味しそうな照りを放っている。
常温で一週間程放置したものだけど……腐ってないよな。
くんくん。特に危ない臭いはしない。
「じゃ、じゃあ食べてみるぞ?」
パクリ。
口の中でホロリと解ける魔豚の肉。
タレと共に口いっぱいに広がる脂のジューシーな甘み。
噛むごとに解ける繊細な赤身の繊維。
「美味い!!」
ワァッと歓声が起こった。
普通に美味しい。変な味も臭いもしないし、冷めてはいるが十分美味しい。
加熱しなおして食べるとなおさら良いかもな。
他のみんなも試食してみる。
「美味しいです!こんなに美味しいお肉があったんですね!」
「冷めてしまっているのが残念だけど、これはこれでいけるわね。」
「これはどのくらい保存できるのでしょうか?いつでもこれが食べられるのであれば、冒険者や旅人にも良いかもしれませんね。」
「最初は美味しそうには見えなかったけど、中からこんなに食欲をそそる料理が出てくるのは驚きニャ。」
試食会が終わった後、全員で意見を出し合う。
まず料理。これはとても好評だった。他の料理でも試して良いんじゃないかという意見が多数。
保存性についても問題なさそうだ。念のためシリウスに缶の内部を見てもらったが、害になる細菌や腐敗などは一切見られなかった。
そして見た目。これは改良の意見が出た。
「無機質な銀色の筒じゃあどうしても食欲をそそられないと思うわ。」
「何が入っているかわかりにくいのも少々問題ですね。同じ形状の缶に入れてしまうと、どの缶が何の料理なのかわからなくなります。」
「缶に料理名を書いておけばいいんじゃないかニャ?」
「絵を描くというのはどうですか?魔族の方の識字率が良くわからないので絵の方がわかりやすいかと。」
「美味しそうな絵をかいて、食べたいと思わせるワン!」
「確かに、絵をかいて何が入っているか知らせるって言うのは良い案だな。他に何かあるか?」
「開けるのが難しそうですね。」
「そうじゃな。力いっぱい密閉した分、開けるのにも相応の力がいる。」
「女性でもナイフで開けられるものかしら?」
「ああ、それに関しては『缶切り』っていう缶を開ける専用の道具を作ろうと思ってる。ナイフとは比べ物にならないくらい開けやすいはずだよ。」
「なら安心ですね。」
「ケイ様、一つよろしいでしょうか?」
手を挙げたのはダンタリオンだった。
「ナイフにしろ、缶切りにしろ、道具を使うというのはいささか不安があります。フェンリル族やグリフォン族などは手が細かい作業をするのには向いておりません。道具を使わずに手軽に開けられるものが好ましいのではないかと存じます。」
確かに。そもそも缶詰を作るきっかけだって、ヴィトが種族的に料理に向いていないと言った発言からだった。
当然、缶切りを握ってちまちまと穴をあけて……なんて作業も苦手だろう。
地球ではプルタブ式の缶詰もあるが、今のここの技術で作れそうにない。
まあ、フェンリルなら爪で簡単に切り裂いてしまえる気もするが。
とにかく、あまりにも人間ベースで考えすぎたな。
「そうか……じゃあ、この缶詰は一旦考え直す必要があるな。」
「新しい保存食の方法を考え直すということですか?」
「ああ、あくまでこれは魔族を満足させるためのものだから。どの種族も等しく簡単に美味しく食べられなきゃ意味がない。……場合によっては今まで準備してもらったものが全部白紙になるかもしれないけど、大丈夫か?」
「残念だけど、仕方がありませんね。」
「魔族が満足できないと、人肉食が止まらないって言うのならね。」
「でもここまで来たワン。あとちょっとみんなで考えたら良いアイディアが浮かびそうだワン。」
「ワタシ達は村の中でもより獣に近いニャ。役に立てることがあるかもニャ。」
缶詰プロジェクトはここでいったん打ち止め、道具や複雑な工程を踏まずに開けられる缶詰替わりを考案しなければ。
現時点で一番知識を持っているのは俺だ。地球にはどんなものがあったっけ?
……あ、あれがあるじゃん。
普段あまり食べないからすっかり忘れていた。
「みんな、『パウチ』っていう形があるんだけど、それはどうかな?」
「『パウチ』?それはどういうものですか?」
「缶じゃなくて袋状にして密閉するんだ。端っこにちょっと切り込みを入れて、開ける時は切込みから袋を破るんだ。」
俺は目の前の紙を折り、パウチに見立てて端から破って見せた。
「なるほど、それなら道具はいりませんね。」
「力もそれほど必要なさそうね。」
「片足で押さえて口で引っ張れば獣人でも獣でも行けそうだワン。」
「そうですね。フェンリルやグリフォンたちはその『パウチ』という形が良いと思います。」
「よし、じゃあ早速作ってみよう。材料は――」
缶詰は思わぬところで躓いてしまったが、こういうのはトライ&エラーの連続だ。
次の方針が見えたし、順調順調。
俺たちの戦いはこれからだ。