176.問題はなかなか解決しない
「さぁ、次の肉ですよ。」
「ああ……」
休憩も終わり、次の肉を持ってくる。
魔王たちは生気のない顔をしていたが、食休みをとったのが良かったのだろう。文句を言ったり抵抗したりはしなかった。
「味も香りも良い……しかし、何かが足りない気がする。」
「脂の濃厚さじゃないですか?」
「噛んだ時の脂のあふれ出る感じが足りぬな。」
「これじゃせいぜい歳のいった農民の男だ。」
「最上級の若い女の肉の味が良いのですが……」
「俺は子どものさっぱりと柔らかい肉がいいなぁ。」
何やら恐ろしげな会話が聞こえるがそこはスルーする。
口々に意見を言い、採点表に丸を付ける一同。
彼らが気に入った肉同士を掛け合わせることで、「人間の味」には近づいている。
今はその質をあげようと奮闘中だ。
彼ら曰く、人間と一概に言っても痩せた農民の男と裕福な家の若い女や子どもの肉では天と地ほどの差があるらしい。
まあこの辺は地球にも100グラム98円の安い豚肉から100グラム1000円以上する高級肉まで様々あるからよくわかる。
どうせ人間の代替とするなら美味い肉をと言い出した結果、なかなか納得のいくものができず自分たちで自分たちを追いつめているのが今の状況である。
「では次はこちらの肉です。」
休む間もなく次の肉が運ばれてくる。
もはや抵抗する気力もない魔王たちが半分死んだ目で肉を一口。
「こ、これは!」
目をかっぴらいて叫ぶ魔族の皆さん。
ど、どうした!?ついにキレたか!?
「「「「「「「「うまぁーーーーい!!!」」」」」」」」
「へ?」
「なんという香りの良さ。鼻に抜けた瞬間から全く違う!!」
「このしっとり吸い付くような柔らかい肉質、それでいて適度な歯ごたえも楽しめます!!」
「噛んだ瞬間に広がるじゅわっとした甘い脂……とろけるような舌触り……」
「濃厚な脂、それでいて後味はさっぱりと、これならいくらでも食べられるぞ!!」
「脂だけじゃありません!赤身の部分の旨味の強さ、肉本来の味がギュッと凝縮されています!」
「赤身と脂身のバランスが絶妙ですわね。ずっと味わっていたくなるような完璧な調和を生み出していますわ。」
「この肉は今までのどの肉よりも良い。今までの肉の良さがここに集結しておる。」
「これが食べられるなら、人肉をやめても良いと思えるんじゃないか。」
お?なんかすごい高評価だぞ。
ついに、ついに魔族を唸らせる究極の豚肉が完成したのか?
「えっと、どうでしょうか皆さん。人肉の代替肉として受け入れられますかね?」
「これは人間の若い女の肉と比べても遜色ない。実に美味い肉だと思う。」
「ああ、それもとびきり裕福な貴族の女だな。」
「人肉でもこれが手に入ったら結構な高値で取引されるでしょうね。」
「もしこれが安定的に手に入るのなら、わざわざ人間を攫って食う必要はなくなるな。」
「じゃあ……」
「少しよろしいか?人間の領主殿。」
そう切り出したのはフェンリルのヴィトだ。何やら厳しい顔をしている。
「どうしました?ヴィト殿。」
「今食べた肉……焼いたものではなく生肉で一度確認したい。」
「え、良いですけど……ステーキは嫌いでした?」
今まで散々食べてきてるけど、まさかの生肉派だったのか?
相手はフェンリルだし納得っちゃ納得だけど……。
ヴィトはふっと笑って言った。
「気を悪くしないでくれ。ステーキは実に美味かった。だが、見ての通り我らはフェンリル。料理をするにはいささか不便な手足をしておる。我くらいになれば使用人に作らせれば済むのだが、一族の中にはそういうわけにもいかぬものが多いのでな。特別な調理をせずとも人肉に匹敵する美味さが得られるのか試したいのだ。」
「確かに、魔族の中には料理に適さない種族の者もいる。ここにいるフェンリル族やグリフォン族のようにな。それに、この村の料理はどれも食べたことがないほど美味い料理が揃っているが、我ら魔族領ではそうはいかん。調理法自体が発展していないからな。基本的にはスパイスで味をつけたものを焼くか煮るだけだ。」
「火加減も適当ですしね。体が強いので腹痛を起こすこともありませんし。」
「なるほど。じゃあ魔族領でアヤナミのステーキを再現できるかって言うと……」
「城でもない限り無理だろうな。」
「そうか……」
ここにきて問題が発生。この場ではアヤナミ特製の完璧なミディアムレアのステーキで評価していたものの、実際に魔族領で口にするときはそうはいかないとな。
とりあえず生肉の状態でひと口分ずつ出してみる。
結果はやはりというか、恐れていた通りだった。
「うむ。肉として美味いのは美味いが、先ほどのような感動はないな。」
「これはこれで美味い肉だ。しかし、さっきと比べると香りや旨味が全然違う。」
「これでは、あえて人肉をやめて豚肉を選ぶメリットがやや薄れてしまいますわね。」
「噛むほどに溢れ出る脂のあの甘み……生肉では難しいものだな。」
「何とか先ほどのような完璧な料理の状態で食えるようにならないものか……」
ただの生肉ではやはりさっきのような美味さは出ない。
魔族領は料理が発展していない……か。
この村を作ってすぐの頃も、マリアさんの料理は今一つ味気のない物だった。
マリアさんの腕が悪いのではなく、調理方法があまりに少なすぎたためだ。
今は地球のレシピや調理方法などを取り入れ、村全体の料理のレベルは格段に良くなっている。
魔族にも調理方法を教えるか?
いや駄目だな。数人の料理人ならまだしも、魔族領のすべての家庭に今のうちレベルの料理を叩き込むには時間がかかりすぎる。
作りに行って……は論外だな。どこにそんな人手があるんだよ。
だったらうちの村で作って……そうだ!!!
「うちの村で調理したものを魔族領に届けるのはどうかな?」
「なに?」
「調理に不安があって肉の良さを引き出せないというなら、俺たちが調理するよ。勿論ステーキだけじゃなくていろんな料理として。それをそのまま食べれば魔族領だろうと料理が苦手だろうと関係ないんじゃないか?」
俺の提案に魔王は訝しむ。
「しかし、数は人間より少ないとはいえ、我が魔族領にもかなりの民が居るぞ。そなたの領民とは比べ物にならん程の数がな。それらすべての調理を一手に引き受けるというのか?それに、輸送の問題もある。ここから魔族領に行くのに一番早い空路でも二日、陸路では何週間とかかるだろう。それだけの時間、出来立てのうまさが保たれるものか?」
「それについても考えがある。確実にうまくいく保証は今はできないけれど、試すだけの価値はあると思う。」
「……そうか。ならば話は決まった。その調理済み肉の味をもって、人肉食の取りやめについて最終判断を下そう。」
魔王の言葉に他の皆も異論はないようだ。
第二回試食会はこれにてお開き。次がおそらく最後の試食会となるだろう。
これで人族と魔族の運命が決まる。
是非とも計画を成功させて、お互いが憎しみ合わずに安全に暮らせる世界を取り戻したいものだ。
「よしっ。」
俺は気合を入れなおした。