174.試食会と人間の逆襲
「――と、いうものだ。」
「なるほど……確かにそれなら可能性はあります。」
「ただ、実際にどうやるのかは全くわからないから完全な手探りだ。」
「こればっかりは、食べて確認していくしかありませんね。」
「ああ、人手もいる。だからまた魔王に手紙を出して魔族の応援を呼んでくれ。」
俺が考えたのは、サラマンダーを使う方法だった。
炎の上位精霊イフリート様の系譜は、”炎”と”変質”の力を司る。
”変質”とは、すでにあるものを変えることだ。火龍であるスヴァローグはこの”変質”の力を使って腐蝕や石化などの攻撃を行っていた。
だったら、高評価だった五種類の肉の特徴を一つの肉として統合できるのではないだろうか。
もしくは、一つの肉の香りや味、脂の具合などを任意の状態に変化させてしまえるのだったら。
五種類の肉の良さが一堂に会した「オールスター夢の共演豚」が完成するのではないかと考えたのだ。
ただ、具体的にどうやるかがわからない。
サラマンダーに頼んで、どういう感じに変質させるかを説明して、うまくいったかどうかは食べて確かめる。
まさにトライ&エラーだな。
早速サラマンダーと、通訳としてライアにも来てもらわないと。フランカは学校で勉強中、大人の事情に付き合わせるわけにはいかない。
サラマンダーたちは食堂や屋敷の厨房、鍛冶場の炉の中など、火が灯っている場所にいる。
一応彼らの家として、神殿前の広場に常に火をともす台?オブジェ?みたいなのを作っている。
イメージはオリンピックの聖火台だろうか。
なかなかかっこいいデザインができたと思う。
とりあえずうちの厨房にいるサラマンダーに協力を仰ごう。実験もこの厨房で行うからな。
「サラマンダー、この五種類の肉を全部一つの肉に変えられるか?」
ライアが通訳してサラマンダーに伝える。
サラマンダーは興味津々で豚肉の切れ端を見ていたが、両手をかざし、ボワッと青い炎を出した。
ちょっ!焼肉にするなよ!?
あわててのぞき込むと、そこには霜降りの綺麗なサシの入った豚肉が一つあった。
おお!これだ。
こんな簡単にいくとは。
さっそく食べてみる。
魔王への手紙を書き終えたダンタリオンも一緒に食べる。
「うっ……」
「これは……」
肉が硬い。脂っこい感じが口の中に残る。肉の旨味なんてものはなく、ただの「脂身」だった。
良かったのは見た目だけか。
「伝え方が悪かったのかな……」
それから言葉を変えたりジェスチャーを交えたり、あらゆる方法でやってみた。
だんだんとサラマンダーも俺のやらんとすることを理解し始めたらしく、美味しい肉ができ始めた。
あとは細かなパラメーター調整ってところだな。
ここからは魔族の皆さんに協力していただく。
翌々日に魔王たちが来た。
メンバーは魔王にベリアル、ヴァレリー伯爵、グリークス、そしてフェンリルに人狼、ナーガだ。
ナーガというのは上半身が人間で下半身が蛇の『ラミア族』の進化版らしい。妖艶な女性だった。
名前はラージャというらしい。魔王国で財務を担当しているとのことだった。
フェンリルと人狼は魔王軍の各軍団長、グリークスの同僚だ。名前はそれぞれヴィトとルガルーだ。
うん、いかにも肉を好みそうなメンツだな。良いチョイスをしている。
魔王が来るまでに数十種類の肉ができあがった。存分に食していただこう。
「これは香りと食感が良いな。」
「こっちは後味が物足りませぬな。」
「脂の感じが全然違う……」
「人肉の代用にしては歯ごたえがなさすぎますわ。」
「この滑らかさと上品な脂!ああ、でも旨味が弱い。」
「これは旨味は良いですが脂がしつこすぎますね。」
「この肉、全体的なバランスは良いのに香りが残念です……」
「おお!この濃厚な旨味はいけるぞ!ああ、でも後にひく感じがちとしつこいな。」
魔族ゲスト七名プラスダンタリオンにはせっせと食べて採点してもらう。
採点表も作った。魔族が特に重視する「香り」「肉質」「脂」「赤身の旨味」「後味」「全体のバランス」の項目で良いと思った項目に丸を付けてもらう。すべてに丸が付く肉ができればよいが、果たしてどこまで近づけるだろうか。
また、評価の良かった豚肉同士も掛け合わせていく。これで徐々に完璧な「オールスター夢の共演豚」に近づけるはずだ。
――一日目。
「ささ、どんどん食べてください。」
「うむ。完璧でないとはいえ、美味い肉が食えるのは良いな。」
――三日目。
「さぁ、次が出来ましたよ!」
「よし、徐々に近づいている気がするぞ。」
――七日目。
「お待たせしました。どうぞ召し上がれ。」
「……若干味が違うとはいえそろそろ飽きてきたな。」
「皆さんのためでもあるんですから。」
「む。そうだな。ここで妥協するわけにはいかん。」
――十日目。
「…………無理だ……」
「そう言わずに。美味しい代替肉が食べられなくてもいいんですか?」
「もうこれで良いような……」
「ここであきらめたら二度と人肉を超える美味しい肉が食べられませんよ!」
「ぐぬぬ。上位魔族の我らがまさかの肉漬け拷問とは……」
――十三日目。
「頼む……家に帰してくれ……」
「消化する間もなく一日中豚肉を食い続けて……もう限界だ。」
「何を言っているんですか。ハイ口開けて。」
「そなた本当に人間か?悪魔の生き残りかなんかでは……?」
「残念ながら俺はただのか弱い人間ですよ。他の皆さんもほら、食べないと。」
「……魔王様、助けてください……!」
「我にも無理だ……」
――十五日目。
「…………」
「寝たふりなんて許しませんよ。さあ次の肉です!」
「……水を……」
「水で流し込んだらじっくり味わえなくなるでしょ。」
「頼む、少しで良い、休憩を……」
「もう腸から喉まで全部に豚肉が詰まってる気がする……」
「これが人間の逆襲か……」
「はぁ、わかりましたよ。ちょっと休んでください。」
魔王たちたっての希望で数時間ほど食休めの時間をとることにした。
まったく、誰のためだと思ってんだか。