173.クローン豚
※注意
ここから10話ほど、生物のクローンや遺伝子操作、食肉用の畜産などの内容が続きます。グロではありませんが苦手な方は飛ばすなどして自衛をお願いいたします。
俺たちが『荒野の迷宮』を攻略している間に、エルフたちの「クローン研究所」が完成したらしい。
立派な研究所を構え、設備も整ったとか。
様子を見に行って見ると、複雑な実験器具や薬品が並ぶ研究所ができていた。
肝心のクローン培養室は日光による気温の変化を少なくするため地下にあった。
大きなガラスの培養ポットが並び、いかにも怪しい研究をしていますという雰囲気だ。
「これはただのガラスではありません。魔法による『超強化ガラス』なんです。」
なんでもジークに特注したガラスポットに、魔法研究チームが開発した身体強化魔法を応用したものを何重にもかけて作ったとか。中で動物が暴れてもびくともしない作りになっているらしい。
他にも金属部分はミスリルで作られていたり、ボタン一つで地下室を隔離する緊急装置が組み込まれていたりと、SFの世界のようだった。
というか、一体何を想定してそんなつくりにしたんだ。
俺が依頼したのって、確か豚のクローン化だったと思うんだが。
……まあいい。安全に気を付けているというのは良く分かった。
その日の夜、早速地球に転移した。
前回の豚肉は試食会ですっかりなくなってしまった。
今回は、試食会で名前が挙がった『青森県産奥入瀬ハーブポーク』、『中国産金華豚』、『スペイン産イベリコ豚』、『ハンガリー産マンガリッツァ豚』、『沖縄県産アグー豚』の五つを用意する。
これらの肉からクローン技術で同じ成豚を作り出す。
地球の手を借りず村で豚ができることがわかったら、安定供給に向けてのまず一歩となる。
そしてそれが今度は繁殖によって数を増やすことができれば申し分ない。
さらに、前回は選ばなかった豚肉もいくつか選んでみる。
可能性は低いが、もしかしたら魔族が気に入る「人肉に近い豚」があるかもしれないからな。
可能性がゼロでないなら試してみる価値はある。
病室を出る前、姉貴が難しそうな顔をして言った。
「なんていうかさぁ、私もお肉超好きだし食べ物の品種改良とか別に反対してるわけではないけど、あくまで『生きるため』にとどめておきなさいね。一応は命を扱う問題なんだから。」
「……そうだな。うん、考えてみるよ。」
「私だって、魔王たちよりはあんたたちに平和に生きてほしいし、地球でもクローンやら交配種やらあるし……何が悪いんだとか私も明確に言えるわけじゃないけどさ。」
「いや、ありがとう姉貴。ちょっと視野が狭くなっていたかもしれないし、助かったよ。」
「ま、これ以上は突っ込まないでおくわ。じゃあね。」
命を扱う問題、か。
確かに、軽いノリで進めて良い問題じゃないよな。
人間の命、魔族の命、豚の命……種族は違えど命は命だ。
でも、それらすべてを選ぶことができないのだとしたら、俺は迷いなく人間を最優先に考えるだろう。実際に今人間を生かすために動いているように。
罪だというなら、俺はその罪を背負う覚悟でやる。
……本当に?背負う覚悟?そんな覚悟が俺にできるのか?
たかだか半年間背負えばいいだけの覚悟だから?
そうだよ。俺がたった半年間の間罪を背負えば人間は救われるんだ。こんなお手軽な話……。
消灯の時間まで同じ問答が頭の中をぐるぐるとめぐっていたが、結局答えは出なかった。
でも、ここで計画を変えるわけにはいかない。でも、意識があることとないことでは違うと思う。
姉貴に言われたことを頭から追い出さない様にしておこう。
俺はエルネアへと旅立った。
翌日、アンブローズに地球から持って来た肉を手渡す。
「よし、じゃあこの五つを頼む。」
「わかりました。我らクローン研究チームの威信にかけて、絶対に成功して見せます!!」
「ああ、頼む。」
研究チームリーダーのアンブローズが力強く言い切った。
これに俺たち人間と魔族の未来がかかっているんだから、なんとか上手くいってほしい。
地球から持って来た新たな豚はどれも失敗だった。
ダンタリオンとベリアルを呼んで試食をしてみたが、結果は振るわず。
味も香りも中途半端で、それなら前回の豚の方が良いという結果になった。
外国産がだめなら国産で、豚がだめなら猪で、といろいろ試したが、二人をうんと言わせることはできなかった。
そして秋も深まり、二回目の大収穫期を迎え、クリやナツメ、クルミなど、森の恵みも最盛期を迎えた。
村では毎日のようにあっちにこっちに収穫作業が忙しい。
ただ収穫して終わりではない。冬に向けて加工できる物は加工し、果実や麦は酒として仕込み、日持ちする作物は木箱や袋に詰めて食糧庫へ。
海産物や狩りで獲った獲物なども保存食としてどんどん加工していく。
米の収穫も迎えた。一年に三回、春夏秋ととれる米も今年はこれがラストだ。
世界樹のおかげで今回も大変豊作である。
ディミトリオス様、どうもありがとうございます。
脱穀し、袋に詰め、数量を計算しながら食糧庫へ。
これらすべての食料の収穫状況をもとに、ティアたちが食糧消費計画を作ってくれる。
人数がグッと増えてから初めての冬になる。余裕をもって備えておきたい。
大忙しの大収穫期が落ち着いたころ、クローン研究班から呼び出しがあった。
「村長!ついにやりました!」
「どうです?この見事な体躯の豚!」
「フルポーションを用いたのが良かったのでしょう。思ったよりも速いスピードで成長しました。」
アンブローズに連れられて研究所の地下に入る。
そこには丸々とした見事な豚たちがガラスポットに入っていた。
黒い豚にピンク色の豚、まだら模様、中には羊のようなくりくりの毛に覆われた豚もいる。
持って来たブランド豚の本体の姿を見ていなかったが、こんなにも多種多様なんだな。
「これ、成豚か?こんなひと月ちょっとでできるもんなのか?」
「試行錯誤しながらでしたので、実際にはひと月もかかっていません。培養液に世界樹の樹液で作ったフルポーションをほんの少し加えたんです。そしたら御覧のように!」
「中の豚の健康状態も良好です。やや運動不足気味ですが、目立った不調はありません。」
フルポーション。欠損部位すら瞬く間に再生する、伝説級の代物。
原料には世界樹の樹液が使われる。この村だからこそ手に入る薬だ。
そうか、その効果も相まって、肉片からこんなにも早く豚丸ごとができたんだな。
「これって、量産はどうなんだ?」
「量産となると、あまり効率的とは言えません。相当な魔力と少なくともエルフ五人が従事していないと何か起きた時に対処できませんし、少量とはいえフルポーションを使用してますから。相当な高級品ですよ。」
「ちなみに今回の五頭分のクローンでフルポーション二瓶を消費しました。豚自体を増やすなら、普通に繁殖させた方がお手軽かと。」
さすがにそんなポンポンとクローンは生み出せないか。
それでもいい。肉片からクローンが生み出せることが分かったんだから。
あとはつがい分の何頭かだけ生み出し、その後は牧場を作って繁殖させよう。
さて、問題はこの豚たちの味だ。
もととなる肉片の肉質や香りをしっかりと受け継いでくれているんだろうか。
「せっかくだけど、この豚たちはすぐにでも解体したい。ポットから取り出してもらうことはできるか?」
「は、はい。」
「眠らせますか?それとも殺しますか?」
「かわいそうだけど殺してくれ。味を確かめなければならないんだ。」
「わかりました……」
俺は非情に見えるだろうか。
たぶん見えると思う。エルフたちの少し残念そうな顔を見ればわかるし、自分でもそう思う。
でも、俺たちが食べられないためには何かを食べていかなければならない。
かわいそうだが、そのために生み出した豚だ。
こいつらを犠牲にして、俺達人間が助かろうという計画なのだから。
やっていることは魔族のそれと変わらないな。
精一杯感謝して、なるべく無駄にせずに食べ切ろう。
ヴァレリー伯爵が懸念していた血液についても、うまくクローン化がすすめられた。
むしろこっちの方がずっと順調だ。
培養ポットに濃縮した血液成分を培養し、それを人間の血液と同じ濃度の食塩水で希釈する。
見た目も成分も人間の血液と何ら変わらない人口血液ができた。
ちなみに血液は俺とテレサ、レティシアの三人が提供した。魔力が強すぎる俺の血液も、希釈して培養することで魔力が抜けてくるらしい。若い男と女性、好みの味を選んでもらおうというわけだ。
あとはヴァレリー伯爵に試飲してもらってから、細かな調整をしていこう。
豚は無事に解体された。
今は各品種、各部位ごとに屋敷の冷凍庫に保存されている。
とりあえず、前回の試食部位を少しずつ焼いて食べてみた。
審査員の一人であるダンタリオンも同席している。
「……前回と同じ豚のように思います。どれも良い味です。」
「うん、劣化や品質の変化などはないようだな。」
「ただ、前回も申しました通り、このままでは魔族を納得させることが難しいかと……」
「ああ、それぞれの豚が何らかに特化しているものの、それらすべてを併せ持つのは無理だって話だろ?」
「はい。全部を混ぜた混合肉もいまいちでしたし……」
「それについては、俺に考えがある。」
「考え?」
「ああ、それは――」
俺はこの一か月間考えた、ある策について話した。