172.奮起
「これがフレイムリザードの心核です。」
ヘイディスさんに頼まれていたフレイムリザードの心核を渡す。
これが侯爵の手に渡れば無事一件落着だな。
ヘイディスさんは涙ながらに「ありがとうございます!ありがとうございます!」と何度もお礼を言ってくれた。
「これが、フレイムリザードの心核……なんと美しい深紅の輝きでしょう。これはきっと素晴らしいアクセサリーになります。」
「あ、そういえばフレイムリザードの素材がたくさんあるんですけど、買取ってできますか?」
「たくさん……?」
俺は狩って来た大量のフレイムリザードの素材を出す。
皮、爪、牙、角、心臓……すでに解体済みだからいつでも買い取ってもらって構わない。
まるごと一匹残しておいた奴は、サラが研究用にじっくり解剖するらしいのでこれは除外。
心核もうちの村用に取ったんだけど、まあ数個なら譲ってもいいかな。
あとはホーンサーペントの角に、ブラックケイヴパンサーの毛皮が二つ。
ミスリルゴーレムの外殻と核。
アースドラゴンなどの丸ごと死体はサラの研究用だからこれも除外だ。
「こ、こ、これは……」
「あの希少なフレイムリザードがこんなに……」
「すげぇ……一体いくらするんだ?」
「他にも超希少素材が……てか買い取れるもんなのか?」
「この数のフレイムリザードを相手にしたってことだよな……想像しただけで肝が冷えるぜ。」
「全部BランクやAランクじゃん……やっぱ旦那たちは規格外だわ……」
どうやら思った以上に希少な素材たちらしい。
ヘイディスさんをはじめ、『暁』の皆さんのひきつった顔がなかなか元に戻らない。
「あ、あの~」
「ゴホンッ、失礼しました。……正直に申し上げますと、全て買い取るのはとてもできません。うちの商会が破産覚悟で買えば何とかなるかもしれませんが、予算は他にも回さねばならないので……」
「というか、こんだけの魔物を一気に持ち込んだら国が混乱するだろうな。場合によっては軍を派遣しなきゃならなくなる。」
「こんなのが街に来たらそれこそ大災害につながりかねない。出所やらなんやら吐かされるだろうな。」
「旦那たちも面倒ごとに巻き込まれるかもしれないぜ。」
「ここで消費するなりして、あんまり外には出さない方がお互い平和かもな。」
「出すとしても少しずつ時間をかけて、が得策だろう。」
「あ、そうですよね……」
皆さんの言うことももっともだ。
目先の金を目当てに面倒ごとに巻き込まれたりなんかしたらそれこそ本末転倒。
俺は来世のために平和で住みよい街を作る必要があるんだから。
もったいないけど、魔物は廃棄かな。
ドワーフやエルフが上手いこと使ってくれるといいけど。
そんなことを考えていると、ヘイディスさんは意を決した様子で俺に向き直った。
「いえ!一匹分!一匹分だけ買い取らせてください。」
「いいんですか?」
「私どももこのような希少素材を前に何もせず引き下がるわけにはいきません。もともとフレイムリザード一匹を手に入れるつもりでしたし、買い手はすぐにつくでしょう。」
結局、フレイムリザード一匹分の素材を買い取ってもらうにとどまった。
あとは大量に拾っていたホーンサーペントの角をいくつか。
まああとは村の中で武器なり道具なりに使うとしよう。
余談だが、俺たちが迷宮に潜っている間、ヘイディスさんたちは村に滞在していたわけだが、セシルはヘイディスさんに憧れたらしい。
いろいろなところに旅をしてモノを売り買いするというのが、セシルにはとても響いたようだ。
滞在中はひっきりなしにヘイディスさんの元へ行って話を聞いていたとか。
今も俺たちのやり取りをちらちらと気にしながら周りをうろついている。
「なんかすみません。」
「とんでもない。仕事に興味を持つのは良いことですよ。セシルは頭の回転も速いですから、商人として成功するかもしれませんね。」
「ははは、そういってもらえると本人も喜ぶと思います。」
「我々は明日の朝にでも発つことにします。せっかくの希少素材ですし、何より待ち焦がれたフレイムリザードの心核を早く侯爵にお渡ししないと。」
「そうですか。お気をつけて。」
「この度は本当にありがとうございました。私どもに手伝えることがあれば何なりと申し付けてください。」
翌日の明朝、いつもの薬や作物とフレイムリザードの素材を大事に積み込んで、商隊の面々は村を出発した。
サラは三日三晩、取りつかれたように記録を書き続けていた。
疲労回復水を飲みながらひたすら手を動かし続ける。
一緒に作業をしていたダンタリオンが「かなりの狂気を感じた」というくらいだから相当なものだろう。
そのおかげで『荒野の迷宮』の体験記が完成したらしい。
六百年越しの記録である。人類にとっても非常に重要な本だ。
しかしながらそれを知るものはこの村の中のほんの一部の人間のみだったが。
まあ『荒野の迷宮』はともかく、上層の魔物は森や普通の山の中にもいるらしいので、俺たちの役にも立つだろう。
その後は冷凍保存しておいた魔物の解体・研究に移った。
同じ魔物に出会える可能性は極めて低いため、一つ一つの魔物にじっくりと時間をかけ、外見から臓器、神経の一端にいたるまで丁寧に丁寧に調べつくした。
一人ではさすがに大変だろうということで、同じような魔物や動物系の研究者を新たに二人サラの助手に着け、研究チームにした。
バルタザールは龍鱗の加工を試みたが、硬すぎて無理だった。
ミスリルでもアダマンタイトでもオリハルコンでも傷つけられない、熱にも火にも水にも衝撃にも、何に対してもとてつもない耐久度を誇る、そんな素材だ。ドワーフの鍛冶師と言えど、簡単にどうにかなるものではなかった。
結局、シリウスに頼んでナイフの形に削ってもらった。
これで解体用のナイフは大丈夫だ。アースドラゴンだろうと獄炎狼だろうと楽に解体ができる。
外側の皮さえ切ってしまえばあとは比較的楽だ。
臓器は鍛えようがないし、そんなところを強靭に鍛えるような無駄なことをしている生き物なんていないしね。
納得がいかないのがバルタザールだった。
最高の武器職人を自負する自分が素材の加工に敗れたというのが受け入れがたいらしい。
「ぐぬぬ……今にみておれ……!」と悪役のようなセリフを残し、工房に閉じこもった。
どうやら龍鱗を自在に操れるまであきらめるつもりはないらしい。
サラもそうだけど、あんまり根詰めすぎるなよ。
『荒野の迷宮』攻略の知らせは、こうしてあらゆる場所で人々を奮起させたのだった。