170.プライドと大精霊
ブクマ300人突破、ありがとうございます!!
少しずつですが地道に増やせているこの状況に感謝します。
ゴオッ
赤黒い炎が渦巻きながら俺たちの結界に直撃した。
熱い。そして風圧で吹き飛ばされそうだ。
必死にイリューシャの身体にしがみつく。
チラリと周りを見ると、俺たちの周りの岩が熱で溶け、赤いマグマと化している。
これが俺の身体だったら。
冷や汗が背中を伝った。
イリューシャは必死に結界を保っている。
火龍は笑いながら言った。
「フハハハ、どうした。もう音を上げるか?」
「まさか。ありえないでしょ。」
「ではもう少し強さをあげよう。」
炎の勢いが強くなる。
魔法のせいだろうか、炎の勢いとは別に俺たちにかかる圧力も強くなっている。
フラッ
「サラ!」
サラが突然気を失った。
吹き飛ばされて結界の外にでも出たら一巻の終わりだ。
必死にサラの身体をつかみ引き寄せる。
頼む、イリューシャ。耐えてくれ――!
「クッ、これほどの戦力差があるなんてね……」
エアリス様とは一緒に遊ぶ中で何度も手合わせしてきた。
当然、一度だって勝てたことはない。力の差は圧倒的だった。
僕自身、大精霊であるエアリス様に勝てるだなんて傲慢な考えは最初から持っていなかった。
それでも、大精霊の遊び相手を務められるだけの強さが自分にはあるのだという確信があった。
自分は、特別な龍なんだと。
とんだ思い上がりだ。
成龍の放ったたった一撃を止めるだけで精一杯。
しかも相手は本気ではない。僕で遊んで楽しんでいるんだ。
エアリス様の遊び方とは全く違う。
”遊び相手”なんかじゃなかった。
優しく遊んでもらっていたのは僕の方…………
それでも、風龍の威信にかけて主を守り切って見せる。
それが世話係としての、そして遊び相手としての矜持だ。
「風龍のくせに人間一人守れないようじゃ、エアリス様にどんな嫌味を言われるか、わかったもんじゃないですからね!!!」
ドォン!
金色の結界から放たれる圧力が黒炎を押し返した。
予想だにしなかったイリューシャの結界に、火龍はブレスをやめて距離をとる。
「フハハハハ!面白い、まだそんな力を残していたとは。……よかろう、我も本気で行くぞ。」
態勢を立て直した火龍は再び口を大きく開けた。
今以上のがくるって、ヤバいんじゃないのか?
そして、赤黒い炎が渦巻き
――騒がしいぞ!!!!!!
……え?
突然、洞窟全体に響く大声。
――吾輩の眠りを妨げるとは何事だ!?
地鳴りのような声が響き、マグマの池がボコボコと波打つ。
今にもブレスを吐きそうだった火龍はピタリと動きを止めた。
マグマはどんどん大きく波打ち、そして、ザバァッと噴き出したかと思うと、十メートルはあろうかという大男の上半身が現れた。
筋骨隆々な裸体は溶岩で出来たかのように赤黒く光り、ここからの距離でもかなりの熱を感じる。
「うわお……ホンモノが現れちゃったよ……」
「私もお会いするのは初めてです……」
イリューシャとアヤナミがひきつった顔でつぶやく。
「何なんだ?この大男?」
俺の問いに、シリウスがゆっくりと答えた。
「あの方こそが、全ての火龍の主、炎の大精霊イフリート様ですよ。」
「スヴァローグよ!貴様!ちっぽけな人間一人追い出せないほどに耄碌したのか!」
マグマに浸かった大男、もとい、炎の大精霊イフリートはマグマの唾を飛ばしながら火龍を叱りつける。
あの火龍、スヴァローグって言うのか。
スヴァローグは岸辺に降り立つと、イフリートに向かって深々と頭を下げた。
「お騒がせして申し訳ありません。少々特殊な者たちのようで。」
「む?特殊だと?ひ弱な人間とエルフに、生まれたばかりの子龍ではないか!ふがいないにもほどがある!」
俺たちを一瞥し、説教を続ける。
さっきまでの勢いはどこへやら、スヴァローグは頭を下げたまま大人しくしている。
よくわからんが、仲裁者が現れてくれたのはラッキーだ。
ここはイフリート様に事情を話して地上に帰してもらおう。
「あの、俺たちがうっかりここに迷い込んじゃったんです。すぐに帰るのでどうか――」
「ん?人間か!子龍と一緒とはいえ、こんなところにまでたどり着くとはな!」
「あ、はい。すみません。それで、俺達帰りた――」
「身の程を弁えねばならんぞ!矮小な人間は地上で大人しくしておるべきである!!」
……いまいち話がかみ合ってないような。
「はい。ですのですぐに地上に帰――」
「む?貴様!なぜディミトリオス様の加護を持っている!?」
「は?」
話聞けよ。
それに加護?
加護なんて知らんけど?
イフリートは巨大な顔をグイっと俺の前に近づける。
熱っ。マグマが飛んできそう!
もうちょい離れて――
「貴様のようなただの人間が!なぜ!ディミトリオス様のお力の一端を!借りておるのかと聞いておるのだ!!」
「ちょっ、ちょっと落ち着いてください……!」
ディミトリオス様のお力の一端って、『天啓』のこと?
この人(精霊)、圧がすごい。
熱いし、圧い。
ああもう、炎を出さないで!
「あの!お力の一端とは!『天啓』のことでしょうか!?」
「そうだ!さては貴様!不敬にも神の力を掠め取り……」
「ちがいますって!あのですね――」
俺はこれまでのいきさつを説明した。
ディミトリオス様が転移能力を貸してくれたこと。
『天啓』もディミトリオス様の厚意でつけてくれたこと。
龍たちはびっくりしていたが、まあ、ここまで来て隠していても仕方がないしな。
サラが気を失っていたのが幸いだ。
「むぅ、なるほど。ディミトリオス様のご判断であるか。」
「そうです!断じて神の力を盗んだとかではありません!!」
やっと普通に喋ってくれた。
「そういう訳ならば仕方ない!ただの人間とはいえ、仮にもディミトリオス様の力を借りておる者を消し炭にしてやるわけにはいかぬからな!」
えええええ。消し炭にしようとしてたの!?
仲裁して地上に帰してくれることを期待してたのに。
やめてよ。怖いんですけどこの人(精霊)。
「は、はい。もうここにも来ませんから、お見逃しを――」
「しかぁーーし!!」
食い気味にかき消された。もうなんなの。
「貴様がその力を使って悪さをせぬよう!見張っておく必要がある!!」
「えええ……悪さなんてしませんよ。」
「黙れ!これはディミトリオス様のしもべである吾輩の努め!貴様のこと!しっっっかと見張っておくから肝に銘じておけ!!」
「はぁ……」
「わかったらとっとと帰るのだ!そして金輪際ここへきてはならん!!ここは吾輩の神聖なる寝所だ!心得ておけ!!!」
「はい、わかりました!」
ふう。ようやく帰してくれるっぽい。
ここからは龍の転移能力で地上に出ればよいので簡単だ。
サラは魔力に充てられて気を失っているだけらしい。
良かった。安全な地上に出たらアヤナミが回復させてくれるからな。
「では、お邪魔してすみませんでした。俺たちはこれで失礼しま――」
「そうだ!貴様にこれを付けておこう!」
帰ろうとする俺の言葉を遮り、イフリート様は俺の周りに小さな炎をいくつも出す。
ちょっ、危ない!
「わわわわ!燃やさないでください!」
「違うわ!この者たちは炎の下級精霊サラマンダー!こいつらを貴様のそばに遣わせておく!そして貴様には、特別に!この者たちの助けを借りることを許そう!!!」
人魂のように浮かぶ炎、よく見ると真っ赤に燃える髪の小さな男性がいた。ちょっと顔がトカゲというか、爬虫類っぽい。
どうやらノームやオンディーヌと同じ下級精霊のようだ。
俺の監視役か?
「助けを借りることを許す。」って言ってたし、困ったときは力になってくれるかもしれない。
攻撃的なわけではなさそうだし、連れて帰っても問題ないだろう。
「お邪魔しました。では、さようなら。」
一時は死ぬかと思ったが、ようやく俺たちは『荒野の迷宮』を出たのだった。