17.オンディーヌ
ブクマ、評価ありがとうございます!
ようやく水路が完成した。と言ってもノームたちの仕事はものすごい速さだったと思う。
コンクリート製で、溜池や浄化槽(大きなゴミなどを沈めるくらいの簡単な作りだが)も作り、毎日の水くみが格段に楽になった。
これまで節水に節水を重ねていたが、溜池から大量の水を確保できるので暮らしは随分便利になったと思う。
衛生面でも水というのは必要不可欠だからな。
畑の野菜もこれまで以上にすくすくと育っている。
ただ、新たな問題にも直面した。ずばり、排水(汚水)処理問題である。
現時点では簡易的な浄化槽で濾過をして川に流してはいるが、目に見えるゴミが取れるくらいでおそらくあまり機能していない。
そして浄化槽自体の汚れも問題だ。微生物などもちろんいないので、日に日に汚くなる。
今は作ったばかりなのであまり気にならないが、そのうち悪臭や病気の原因になりかねない。
そうそう、トイレも問題だ。所謂ボットン便所なのだが、臭いが気になる。
汲み取りなんてものはなく深い穴に溜め込む一方なので、いつか限界を迎えそうだ。
そうした問題に大人たちが頭を悩ませ始めたとき、ライアが言った。
「オンディーヌの助けを借りましょう。」
オンディーヌ?
俺の不思議そうな顔を見て察したのか、ライアが説明を続ける。
オンディーヌとはノームたちと同じ下級精霊であり、水を司る。水を操る他に、浄化の能力を持っているらしい。
つまりオンディーヌの浄化能力で今の問題を解決しようというわけだ。
「なるほど。それで、オンディーヌはノームたちみたいに呼べるのか?」
「呼ぶには呼べますが、彼女たちはデリケートな種族です。まず住む場所ですが、きれいな水場にしか生息できません。ここに定住してもらうには、彼女たち専用のきれいな水場を作る必要があります。」
「ならば、溜池の上流にオンディーヌの棲家となる水場を作ろう。そしてわしらの生活用水はその水場より下流で確保するのじゃ。そうすればきれいな水が保たれるはずじゃ。」
「そうね。助けてもらうためにも、気に入ってもらえる環境を作りましょう。」
「あとは彼女たちは環境の急変も嫌いますから、一度オンディーヌの棲家を見たほうが良いと思います。」
「わかった。オンディーヌの棲家を教えてくれ。一度行って話してみるよ。」
「フランカも行ったほうがいいんじゃないか?フランカなら精霊とも話せるだろ?」
「たしかにセシルの言うとおりね。フランカ、頼んだわよ。」
「うん、精霊さんとお友達になりたい!」
「わかりました。オンディーヌは川の向こうのこの辺にいるはずです。」
ライアが地図を指差す。俺たちの手作り地図でだいぶざっくりしているが、綿花の丘の南の方だな。
「ここに小さな滝と泉があります。そこがオンディーヌの棲家です。私は彼女たちに人間がやって来ることを伝えておきますね。」
そうと決まれば、善は急げだ。
ノームたちと協力して、新たな水場を急いで作る。細かい指示はロベルトさんにおまかせした。
俺はフランカと案内役のノームとともにオンディーヌの棲家へと出発した。
川を越えて、まずは綿花の丘を目指す。
フランカもいるからペースはゆっくりだ。フランカは水くみで川まで来たことはあっても、その先は初めてだからワクワクしている。
以前作っておいた丸太の簡易的な橋を渡り、背丈の高い草原を進めば綿花の丘だ。
一時間ほどで綿花の丘にたどり着いた。
フランカの体力も考えてここで少し休憩を取る。フランカは少々汗をにじませていたものの、初めて見る綿花の丘に「わぁーっ!」と興奮して走り回っている。
「おーい、しっかり休めよ。ここからまた歩くぞ。」
「はぁーい。ねえねえ、すごいね、これぜんぶふわふわの草なんでしょ?」
「そうだよ。フランカの服にもなった綿のもとだ。」
「すごいね、またお洋服作れるかな?」
「もう少ししたら、畑の綿花も取れるからな。そしたらたくさん作れるよ。フランカも手伝ってくれるか?」
「うん!フランカもお母さんのお手伝いするの。」
作り手がテレサ一人というのがな。
もちろんマリアさんも裁縫はできるらしいが、糸紡ぎや機織りの速さ、正確さはやっぱり雲泥の差だ。
まあそのへんはコツコツやっていくしかないだろう。
しばらく休憩をとり、再び歩き始める。
ここから先は俺も初めてだから周囲に気を配りながらだ。
草原を暫く歩くと、段々と木々が目立ち始める。足場も草や土の感触からゴツゴツとした岩の感触に変わる。
この辺りは湧き水が多いのか、足元の岩にも苔が目立つ。滑りやすいから注意だ。
時折足を取られながらも進むと、小さな沢が見えてきた。幅は一メートルちょっとしか無いので、俺ならまたいで渡れるくらいだ。
苔むした岩に鬱蒼と茂る木々、小さな沢と、まるで某国民的映画スタジオの作品に出てきそうな雰囲気だ。
沢の上流を目指して更に進む。フランカは慣れない道で少しつらそうだが、「休むか?」と聞くと「平気だよ。」と返ってきた。
セシルもそうだけど、本当に年齢に似合わずたくましい。
フランカの年齢は、日本でいうと小学校二年生くらいだろ?
育った環境がそうさせているのだろうか。
どのくらい歩いただろうか。小さな滝があった。
おそらくこの沢の源流だろう。
ピタ、と先頭を歩いていたノームが足を止める。
ということは、ここがオンディーヌの棲家なのか?
滝の落差は二メートルほどで、静かな音が心地よい。
滝の上は泉になっており、水面は鏡のように静かだ。
水は青く澄んでおり、周辺の木々を映している。『精霊の棲家』と言われて納得できる神秘的な場所だった。
だが、肝心の精霊が見当たらない。
泉を覗き込んでみるが、疲れが滲んだ自分の顔が映るばかりで他の生き物の気配はない。
「あのー、オンディーヌ?ここにいるのか?」
俺は泉に向かって呼びかけてみる。
返事はない。
フランカも俺に倣って泉に向かって呼びかける。
「オンディーヌさん、いないのー?いるなら出てきてー!」
やはり返事はない。
『祝福』持ちのフランカでもダメか。
「きらわれちゃったのかなぁ……」
フランカがしょんぼりと座り込む。
俺はなんて声をかければよいかわからず、とりあえずフランカの隣りに座って泉を眺める。
相変わらず泉に映った目が見つめ返すだけで……って、いや、違う。
見つめ返しているのは俺の目じゃない。
よく目を凝らして見ると、いつの間にか水面に小さな頭がいくつも浮かんでおり、目から上だけを出してこちらを窺っていた。
「フランカ!あれ!あれみてみろよ!」
「なぁに?……あっ!」
フランカも気がついたようで、ぱっと立ち上がる。
「ねえ、オンディーヌさんでしょ?わたしフランカ!ねえ、お願い!一緒に来てほしいの!!」
フランカが力いっぱい呼びかける。俺もそれに続いた。
「オンディーヌ、俺はケイ。ドライアドから聞いているかもしれないが、俺たちを助けてほしいんだ。もちろん棲家も用意するし、安心して暮らせるようにできるだけ要望も聞くよ。頼む、一度だけでも俺たちの村に来て話を聞いてくれないか?」
しばらく目だけを出してこちらを窺っていたオンディーヌたちだが、そのうち一人が泉の中から姿を現した。
ノームより少し大きい、二十~三十センチくらいの身長で細身の女性の姿。
髪は水の流れのような薄い青色で、目の色も青い。
背中にはトビウオのヒレのような羽が生えている。
オンディーヌは水面を軽やかに歩き、フランカの目の前にやってきた。
しばらく見つめ合う。
「えっとね。フランカたち、引っ越したばかりなの。それで色々困ってて……」
困ったようにこちらを見るフランカ。
流石に彼女一人に説明させるのは荷が重いだろう。
「フランカ、オンディーヌはなんて言ってるんだ?」
「えっと、『人間がこんなところまで来るなんて、一体どうしたの?』って。『ドライアド様とはどういう関係なの?』って。」
「オンディーヌ、俺の言葉はわかるか?フランカの代わりに説明したいんだが。」
俺の問いかけにコクリと頷くオンディーヌ。
いつのまにか、他のオンディーヌたちも泉から出てきて後ろに控えている。
言葉は伝わるようなので、俺はフランカの代わりに説明した。
俺たちは新しい集落を作っていること。
ドライアドのライアは俺たちの仲間で、色々助けてくれていること。
ライアやノームたちは俺たちと一緒に生活していること。
今、水の問題で困っていて、ライアがオンディーヌを紹介してくれたこと。
できる限りきれいな棲家を用意するから、一緒に暮らして俺たちを助けてほしいこと。
俺の話が終わるまでオンディーヌは黙って聞いていたが、フランカの方に向き直り、何かを伝えた。
「ちょっとみんなで話し合うから待ってほしいって。」
「ああ、もちろん。ゆっくり話してくれ。」
それを聞くとオンディーヌは後ろの仲間たちのもとへ戻った。戻る前にちらりとノームの方を見る。
ノームは大丈夫、と言うように大きく頷いた。
同じ精霊が俺たちの味方をしてくれているのは心強い。
そして泉の真ん中でオンディーヌたちの会議が始まった。
「フランカ。オンディーヌたち来てくれそうか?」
「うーん、わかんない。やっぱりお家のことが心配みたい……。」
やっぱり問題はそこか。
それに関しては、村のノームたちの腕とオンディーヌたちの気分次第だからな。
しばらくして会議が終わったらしく、最初に出てきたオンディーヌが戻ってきた。
どうやら一度村を見に来てくれるようだ。
やはりライアの紹介ということもあって無下にはできないのだろう。
不安そうに何度も振り返るオンディーヌ。見送る仲間たちも心配そうだ。
「オンディーヌさん大丈夫だよ。みんな優しいし、きっと気にいると思う。怖かったらフランカの後ろに隠れたらいいよ。」
フランカはそう語りかけ、手を差し出した。
オンディーヌは数秒ほど固まっていたが、おずおずと手の上に乗る。
フランカはそのままオンディーヌを肩の上に乗せて歩き出した。
初対面の、それもかなり引っ込み思案に見えるオンディーヌとここまで打ち解けるのは、『祝福』の他にもフランカの元々の性格がそうさせているのだろう。
フランカは帰りの道中、「ここはふわふわの草があるんだよ」とか、「この川でお水を汲むのがフランカのお仕事なの」とか、ずっとオンディーヌに話しかけていた。
オンディーヌは無表情に見えたが、フランカのそばから離れなかった。
評価、ブクマどうぞよろしくおねがいします!