167.ベヒモス
「グルルオオォォオオッ」
奥からやって来たのは、大型トラックかよと思うほどバカでかく、バッキバキの筋肉質な躰、鋭く長い三本の角、首から背中に生えた棘、そして両手両足に鋭すぎる爪をもった得体のしれない化け物だった。
「な、なんだこれ……」
「私も見たことがありません……」
「これは『ベヒモス』っていう魔物ですよー。どうやらさっきの焼肉の匂いにつられてやって来たみたいだね。」
お腹減ってるんじゃない?と、のんきなイリューシャ。
どう見てもそんなことを言っている場合ではないだろ。
ベヒモス。ゲームや漫画ではお馴染みの超強力なモンスターだ。
まさかこの世界に実在していたとは。
噂に違わずの凶悪な顔つき。こんなのと対峙して戦おうなんて気になる人間が果たしているのか?
普通に考えたら逃げるの一択だろう。
しかし、シリウスは違ったようだ。
「グルルルルルル」
「呼ばれてもいない晩餐に乗り込んでくるとは、躾のなっていない魔物ですね。」
体制を低くし、威嚇するベヒモスに対しても余裕のあきれ顔。
イリューシャは強敵をシリウスに取られて面白くなさそうだが、俺の護衛ポジションにちゃんとついてくれている。
「さっさと片づけてよね!」
「勿論です。」
その言葉と同時にベヒモスが飛び出した。
ザシュッ、ガシュッ
ベヒモスの目の前に次々と青白銀に光る太い杭が生えてくる。
シリウスの生成するミスリルの杭だ。
ベヒモスは素早く躱して突進するが、足をついた場所からことごとく杭が生え、行く手を阻む。
「グルォッ」
ベヒモスは少し痛そうだが、よく見ると削れているのは薄皮一枚。大したダメージにはなっていない。
おいおい、ミスリルで攻撃してんのに薄皮一枚なのかよ。
どんだけ頑丈な皮膚してんだ。
しかし、シリウスは慌てた様子もない。
「おや、なかなか丈夫な体をお持ちのようで。ではこうしましょう。」
妖しく微笑むと、薄っすらと光る無数の何かを宙に舞わせた。
なんだ?あれ。
ザシュザシュザシュザシュッ
「グギャオォォオオウゥウ!!」
一斉に放たれた「何か」は次々にベヒモスの躰をえぐる。
ミスリルでも傷つけることが難しいのに……
あれはいったいなんだ?
「イリューシャ、あの飛んでいるのは何だ?」
「ああ、あれは『龍鱗』ですよ。いうなれば僕らの躰のウロコ。ミスリルなんて目じゃないくらい丈夫にできてますから効果は抜群って感じですねー。」
「龍鱗……」
「まあ、何もないところから龍鱗を無数に生成できるなんて、”構築”を司る地龍じゃなきゃできないことですけどね。」
さっすが~とシリウスに拍手を送る。
まじか、龍の鱗ってそんなに丈夫なんだ。
「伝説でしか聞いたことがありませんが、龍鱗は素材としては最強の強度を誇り、物理耐性、魔法耐性がとんでもないと聞きます。ミスリルは勿論、物理特化のアダマンタイトや金属最強の耐性オリハルコンをはるかに上回るほどだとか……」
サラもベヒモス戦から目を離さずに付け加えてくれる。
そうこうしているうちに無数の龍鱗はベヒモスの首元を集中的に狙うようになり、大量の血を吹き出しながらベヒモスがのたうち回っている。もはや反撃どころではなさそうだ。
「ギャオオオォォォ」
一際大きく吠え、ベヒモスはゆっくりと倒れ、マグマの中に沈んでいった。
決着がついた。といっても、一方的過ぎる戦いではあったが。
このデカくて凶暴なベヒモスを相手に、シリウスは一歩も動いていない。
やばいな。この男。
龍族という圧倒的な存在を改めて身にしみて感じる俺だった。
「絵姿は撮れましたが、ベヒモスの死体を持ち帰れなかったのは残念です……」
サラがしょんぼりという。
ベヒモスはマグマの大河に沈み、もうどこにあるのかすらわからない。引き上げるのは無理そうだ。
あきらめるほかない。
また次がある……とは言いにくいな。おそらく次はない。というか、あってほしくない。
とにかく、どんまい。
命が助かっただけで儲けものとしようじゃないか。
しかし、サラは結構強かだった。
地面に落ちているシリウスが放った龍鱗を拾い上げ、「これ、いただいても構いませんか?」とシリウスに尋ねた。
希少な素材を手にしてとても嬉しそうだ。
「龍鱗って、武器とかにもできるのか?」
「勿論です!加工が非常に困難ですが、バルタザールさんに頼めば何とかしてくれるはずです!武器だけじゃなく解体用のナイフにしても良いと思いますよ。帰ってから魔法袋の中の大量の魔物を解体しますから、龍鱗のナイフがあれば作業が相当楽になると思います。」
「なるほど、じゃあシリウス、これもらうけどいいよな?」
「勿論でございます。私のすべては主のために。必要ならいくらでも生み出しましょう。」
「あはは、ありがと。とりあえずここにいっぱいあるからこれ以上はいいや。」
そうして俺たちは地面に落ちた百枚以上の龍鱗を拾い集めた。
光を帯びて透き通るような不思議な色合いの龍鱗は、薄くて軽いのに驚くほど丈夫だった。
この龍鱗のナイフや剣だったら、いくら振り回しても疲れることはないだろう。
帰ったら早速バルタザールに相談してみよう。
ベヒモスの死体は手に入らなかったが、世界最強の素材が手に入ったのでめでたしめでたしだ。