163.『荒野の迷宮』中層③
あれからいくつかのジャイアントケイヴバイパーを倒し、上に下に、右に左にと迷宮をひたすら進んだ。
シリウスによると、あと一日程で下層に到達するという。
「下層の魔物はもう少し手応えがあるといいねぇ。」
「下層に入れば溶岩道に直結することになります。環境的にも注意しなければなりません。」
「でもまずはこの中層をしっかり攻略しないと。」
「アヤナミの言う通りだな。まだ中層は終わっていない。油断は出来ないな。」
「奥に進むにつれて、魔物も着実に強くなってますしね。」
俺たちがそんなことを話しながら進み、大きな段差をよじ登ると、だだっ広い空間に出た。
どうやらこの当たりも昔はマグマ溜まりだったらしい。
その広い空間にひょっこり現れたのは三頭の魔物だった。
その姿にびっくり、なんと恐竜の姿をしていた。
二足歩行の前屈みの姿勢にイグアナのような顔、口を開けると鋭い牙がびっしりと並び、目は俺たちを睨みつけている。
昔見た『ジュラシックランド』という映画のヴェロキラプトルにそっくりだ。違うことといえば、頭と背中に硬い装甲を持っているということと、映画のヴェロキラプトルよりもずっと凶暴そうというところか。
俺も男の子、幼少期には恐竜の強くてかっこいい姿に憧れたし、恐竜博物館にも連れて行って貰ったことがある。一度でいいから本物を見たいと思ったものだ。
ただ、今じゃない。まさかこんな形で対峙するとは思わなかったし、思いたくもなかった。
「あれはアーマーサウルスです。あの装甲は鋼鉄よりも硬く、あらゆる武器を跳ね返します。もちろん装甲の無い部分も硬くて武器も魔法も通りにくいです。」
ガキンッ、ガキンッ、ガキンッ
シリウスが岩の杭を何本も放つがアーマーサウルスの皮膚を貫くことは出来なかった。
『石礫』ならぬ『鋼鉄弾』を撃つも跳ね返されてしまう。
「ふむ。硬いというのは本当のようですね。では……」
「あ、いいこと思いついた。こうすればいいんじゃない?」
イリューシャが前に出る。
一瞬、イリューシャの目が光ったように思えた。すると三体のアーマーサウルスは、今の今まで睨みつけていた俺達には目もくれず、なんと互いに食い合いを始めた。
「……え?……は?」
何が起こっているのかわからない。
ただアーマーサウルスたちは強靭な顎で互いの首や身体に噛み付く。シリウスの『鋼鉄弾』をも弾き返した皮膚も、アーマーサウルス本人の顎には勝てないらしい。浅くだが確実に傷がついている。
傷がついたところには攻撃が通りやすくなり、三体はさらに引っ掻き、噛み付き、なぎ倒し、互いに殺し合う。そして数分の後、三体のアーマーサウルスは動かなくなった。
「……何事?」
「『精神支配』で互いを敵と錯覚させたんですよ。そっちの方が早いと思って。」
イリューシャさんや……
なんつーえぐいことを……そんな爽やかな笑顔で……
その後進んでいくとさらに五体のアーマーサウルスと遭遇した。
イリューシャが何かしたのだろう。アーマーサウルスたちは俺達には目もくれず洞窟の奥へと引き返していった。
後を追うように進むと、「グギャァアア!」「ガオゥオァアア!!」と断末魔の叫びが聞こえた。それも一体や二体では無い。
奥へと進んだ先にある広々とした部屋には、五十体は超えるであろうアーマーサウルスの死体が横たわっていた。
全員もれなく傷だらけ、互いに殺し合ったせいだろう。
え、えぐい……。
心の中で手を合わせながら死体の山と化した部屋を通り抜けた。
「次がこの中層の最奥、ボスがいますよ。」
シリウスの言葉に緊張が走る。
いよいよ中層ボス戦か。果たしてどんな魔物が現れるのだろう。
中層の最奥、先ほどの空間よりさらに広いその部屋に一行は足を踏み入れた。
中央に鎮座する小さな山――いや、よく見ると山じゃない。
体長十メートルはあろうかという魔物は俺たちに気が付くとゆらりと体を起こした。
恐竜図鑑で見たトリケラトプスのような骨格。背中にはびっしりと岩のような棘が生え、角も牙も鈍く光っている。
「ア、アースドラゴン……。」
「ドラゴン?」
サラの呟きに反応する。
なんでも、大地系の魔物の中でもトップクラスに頑丈でやっかいな魔物らしい。
俺たちを見て敵と認識したのか、餌と認識したのか、とにかく戦闘態勢に入っている。
え、トリケラトプスって草食の恐竜じゃなかったっけ?
なんでこんな臨戦態勢入ってんの?
なんでそんなに牙が鋭いの?
「でも、ドラゴンってことは龍だろ?シリウスの仲間とかじゃないのか?」
「お言葉ですがケイ様、ドラゴンと龍種は全くの別物でございます。」
シリウスが「心外だ」という顔で訂正してくる。
そしてアースドラゴンに向き直った。
「さて、ここは私がやりましょう。地龍である私との格の違いをお見せしなければ。このような魔物と一緒などという誤解があってはいけません。」
シリウスが怪しげに微笑む。目が、目が笑ってないぞシリウス。
何か俺は触れてはいけないところに触れたらしい。
シリウスが両手を広げる。すると空中からキラリと光る無数の破片が出現した。
”構築”の力を使ったミスリル生成だ。
宙に浮かぶ無数のミスリル片は、シリウスの優雅な指の動きに合わせて一斉にアースドラゴンに向けて放たれた。
ズガガガガガガッ
相手に動く隙も与えず、まるで散弾のように降り注ぐミスリル片にアースドラゴンはなすすべもない。
しかも普通の散弾ではなく、この世界でもトップクラスに硬い鉱物であるミスリルの散弾だ。
最強クラスとも言われたその強靭な皮膚も、瞬く間に傷がつき肉をえぐられていく。
一方的な蹂躙が続き、ものの一分ほどで決着はついた。
ぼろぼろになった巨体がズシィーンっと大きな音を立てて崩れ落ちた。
シリウスはにっこりと微笑み、俺に向き直る。
「終わりました。私がこのような魔物などと違い、ケイ様のお役に立てる存在であること、わかっていただけましたでしょうか?」
「あ、ああ。すごかったよ。なんか、ごめんな。」
「謝る必要などございませんよ。さあ、この先にある大穴を下れば下層に到達します。参りましょう。」
どことなく満足気なシリウスの背中を見ながら俺は肝に命じた。
ドラゴンと龍は別物、魔物と神の使いを一緒くたにしてはいけないのだ、と。