162.『荒野の迷宮』中層②
ブラックケイヴパンサーを倒しながら縄張りを抜け、魔物の気配がないところで野宿をする。
正確に測ったわけではないが、体感的にはかなり進んできたと思う。
それでもまだまだ目的地には遠いらしい。いったいこの迷宮、どんだけ広いんだよ。
次のエリアは広々とした空間だった。
これまでは道が広がったり狭まったり、天井も高くなったり低くなったりと歩きにくいものだったが、この辺りは一様にして天井も高く道幅も広い。荒く作られたトンネルのようだ。
そして進むにつれてその理由が分かった。
三メートルを超す巨人がのっしのっしと闊歩していたからだ。
皺くちゃの顔にメタボ気味な巨体。灰色がかった皮膚はダルンダルンに垂れている――トロールだ。
俺たちに気付いて「ウオオォォオオ!!」と叫びながら迫ってくる。
あの巨体と手に持った棍棒で攻撃されたらひとたまりもないだろう。並の人間ならグチャッとつぶれて即死だな。
が、なにせ動きが遅い。本人的には走っているつもりなのだが、一歩一歩踏みしめるように歩くせいでなかなかこっちにたどり着かない。
その分、一歩踏み出すごとに周りの地面が揺れ、こっちも立っているのがやっとになる。
「的が大きいから楽だねぇ。」
そういってイリューシャが風刃を繰り出した。ブーメランのように動き回る刃はこちらに向かってくるトロールたちを真っ二つにし、ドミノ倒しのようになぎ倒しながら消滅した。
「うえぇ……」
相手は巨人。当然出るものも多い。
あたり一面血の海と化した底をつま先立ちで歩く。なるべく踏まないように。
と、思っていたらバランスを崩して思いっきり踏みしめてしまった。うへぇ。
防水性のブーツとはいえ気分のいいものではない。
はあ、あとで念入りに『洗浄』の魔法をかけておこう。
次はホーンサーペントと呼ばれる、頭に角の生えた蛇のエリアだ。
蛇のくせに群でも作るのか、おびただしい数のホーンサーペントがいる。
頭の角は暗闇でもぼうっと青白く光り、パチパチと電流を放っている。この角による電流攻撃を注意しなければならないとサラは言う。
「数ばっかり多いねぇ。」
「私にお任せを。」
そういい終わると同時に、ビシ、ミシッとどこからともなく音が聞こえた。ほんのわずかだが、地面が揺れているような感覚もある。
その間にもホーンサーペントは群がり、俺たちの方に向かってくる。その距離あと一メートル、というところで、
ビシイィィイ!ガラガラガラッ!
突然シリウスの前の床が抜け、奈落に届く大穴が出現した。当然、その上に折り重なるようにいた大量のホーンサーペントも瓦礫と共に落ちていった。
運よく穴の外にいた生き残りも、この穴を飛び越えて来る術はないのか頭をもたげたまま微動だにしない。
「少々漏れがありましたか。まあ、いいでしょう。」
シリウスが歩みを進めるのに合わせ、奈落へと誘う真っ黒い穴が瞬く間に塞がっていく。数秒もしないうちに元のごつごつとした岩の床に戻った。
……もう、なんでもありだな。
生き残りのホーンサーペントもイリューシャの風魔法で次々と撃破されていく。
サラは、「ホーンサーペントの角は結構用途が多いので持って帰って損はないです!」と、首だけになったホーンサーペントの死体に駆け寄り素早い手つきで角を採集していった。
なんでも薬の材料になったり、魔法を使う媒体になったり、雷魔法が付与された魔道具にもなるらしい。アクセサリーとしても人気があるとかないとか。
ホーンサーペントは倒しても倒しても出てくる。まったく、どれほどの数がいるのやら。
手っ取り早くシリウスの魔法で倒しつつ、残りはイリューシャやアヤナミが狩る。
そんな陣形で一行は進んで行った。
ホーンサーペントの大群を抜けると、また違った蛇に遭遇した。
赤紫色の毒々しい色、体長はゆうに五メートル以上はあるだろう。頭のあたりはコブラのように平たくなっており、毒牙をむき出しにした巨大な蛇、ジャイアントケイヴバイパーだ。
鎌首をもたげ、「シュー」という不穏な音を出しながらこちらを窺っている。
だが、ジャイアントケイヴバイパーが動くよりも早く、イリューシャがいくつもの風刃を放った。文字通り風のごとき速さで飛び出した刃はものの見事にジャイアントケイヴバイパーの躰を切り裂いた。
ドサドサドサッという音とともに、大蛇のぶつ切りが俺たちの目の前に積み上げられた。
「コレ、たしか酒のお供にすると美味しいってエアリス様が言ってたけど、いります?」
「……いや、いらない……かな。」
ニコニコ顔で俺に問いかけるイリューシャ。
確かに蛇肉は鶏肉のようであっさりとしていて美味いし、森にすむ蛇の魔物も村で食べたことがある。
しかし、こんな場所に住む凶悪な毒蛇をわざわざ持って帰って食べようとは思わなかった。
酒のお供って……確かに地球にも「マムシ酒」とかあるし、酒と蛇の相性は悪くはないんだろうけど、これはさすがにねぇ……。
そんなわけでぶつ切りのジャイアントケイヴバイパーは残したまま、先へ進むことにした。
ここら辺に住む他の魔物さんにお譲りしまーす。