161.『荒野の迷宮』中層①
入り組んだ道を進み、上ったり、下ったり、迷宮の上層を探索すること丸三日、俺たちは、下へと続く長い下り坂へとたどり着いた。
シリウス曰く、この坂を下りた先は『中層』に当たるということだ。
上層に比べて中層は魔物の危険度も一気に増す。心してかからないとな。
中層からはエリアごとに魔物が縄張りを張っているらしく、上層のようなごちゃ混ぜの感じはなかった。
まず最初にかち合ったのはロックリザード。上層のスモールロックリザードの進化形だ。その名の通り背中には尖った岩がびっしりと生え、見るからに硬そうだ。二メートルを超える巨体でボリボリと洞窟の岩を食っていたが、俺たちに気がつくと「グオォ」と威嚇しながら突進してきた。
「相手も見ずに突進とは……やはりこの程度の魔物は知能がないのでしょうね。」
呆れた様子のシリウスが背中の岩ごと粉砕して終了。
その様子を遠くから見ていた他の個体は距離を取りながら威嚇する。
わざわざ薮をつつくつもりは無いので奴らが向かってこない限りはスルーだ。
後ろから追いかけて不意打ちを狙った個体もいたが、例の結界で頭を消し飛ばされてお亡くなりになった。南無。
ロックリザードの縄張りをしばらく進むと、キラリと光る個体が何匹かいることに気がついた。
「サラ、あれもロックリザードか?」
「あれはメタルリザードです。ロックリザードが岩と共に大量の鉱物を食べることで身体が変異した特殊個体です。」
ほー、うちの村にいるシルクスパイダーの変異体みたいなもんか。
鋼鉄の頑丈な皮膚は防具の材料として珍重されるらしいが、今回の目的はメタルリザードでは無いのでスルー。
魔物研究者のサラはちょっとだけ残念そうだった。
が、懐から綺麗な薄い箱のようなものを取り出し、メタルリザードに向けた。
「何してるんだ?」
「ふふふ、これは、いつか魔物の調査に行く時のために発明班に頼んで作ってもらった小型転写機です!これで魔物たちの精細な絵姿を残すことができるんですよ!」
ものすごいドヤ顔で箱を見せつけるサラ。
なんでも学校や屋敷の資料室に設置してある『魔導印刷機』を改造して作られたものらしい。
いわゆる魔法で動くカメラだな。いつの間にそんなものを発明していたんだ。
箱の中には紙がぎっしり詰め込まれており、これで迷宮内部の様子や魔物の姿を記録しまくるつもりらしい。
ロックリザードの縄張りをぬけ、入り組んだ迷宮を歩き続ける。
鍾乳石や石筍が多いこのエリアは歩きにくいことこの上ない。湿度も高いし、不快指数はMAXだ。
「この湿度と歩きにくさは面倒だな。」
「そうですね、アヤナミ殿の魔法で回復しているとはいえ、スピードが落ちるので抜けるのに時間もかかりそうです。」
そうこぼす俺とサラに、「では……」とアヤナミが手をかざす。
「この辺りの水分を取ってしまいましょう。」
そう言うと、周りのジメッとした空気が霧のように白っぽくなり、アヤナミの手に吸い込まれていった。そしていい感じに調節された快適な空気が出来上がった。
「では、私は道を整えましょう。」
シリウスがそう言うと、ゴツゴツした石筍の床がなだらかな岩肌になった。
えええええ、こんなんアリ!?
いや、歩きやすくしてくれるのはありがたいけど……
そういえば鍾乳石とか石筍って何百年もかけて作られる貴重なものなんじゃなかったっけ?
それをあっという間に消し去っちゃったけど……いいのか?
まあ、これから何日もここで過ごす俺達には歩きやすいのに越したことはない。
鍾乳石も誰が管理してるって訳でもないし、大丈夫だろう。
洞窟の中とは思えない、非常に歩きやすくなった道を一行はひたすら進んだ。
外では日が沈む頃だろうか、今日はここまでにする。
ちょうど魔物たちの縄張りの中間で、襲ってくる魔物の影は無い。
割と安全な快適空間で野宿をすることにした。
干し肉とニンジンとタマネギ、ジャガイモでスープを作る。
本来、こういったダンジョンで匂いの強いものを作るのはご法度だ。匂いにつられて魔物が寄って来るからな。
まあ、今回は結界もあるし大丈夫でしょということで、みんなで美味しくスープをいただく。
干し肉の旨みがダシに染み込んでとても美味い。温かいものが食べられるというのもいいな。
『浄化』魔法で体を綺麗にし、みんな揃って就寝。
明日も頑張ろう。
次のエリアはゴーレムたちの住処だった。うちの『魔導人形』とは違い、核と外装で動く知能のない魔物だ。
本体は身体の中心部にある核で、これを壊さない限り何度でも復活して動き続けるんだとか。
岩を外装にしたロックゴーレム、鉄などの鉱物を取り込んだアイアンゴーレム、
非常に硬い鋼鉄の外装を持つ特殊個体のメタルゴーレム。
様々出てきたが、どれもシリウスの敵ではなかった。
土系の魔物にシリウスが遅れをとるなんて万に一つもないからな。
何度でも復活するであろう強固な外装はいとも簡単に剥がされバラバラに、復活する間もなく核を握りつぶされてあえなく瓦礫と化した。
サラは熱心にメモをとっていた。研究者の血が騒ぐのはエルフ特有の抗えない性質らしい。
ゴーレムエリアを抜けしばらく進むと、赤茶色の狼の群れが俺たちの前に立ちはだかった。
「ガルム」という岩山や洞窟に住む凶暴な狼らしい。
一際大きな個体が真ん中に立ち、「ウオオォォーン!」と吠える。
いきなり突っ込んだりはせず連携を取って動くあたり上層の魔物とは違って知能がありそうだ。
しかし、先発隊はシリウスの魔法で作られた岩の杭で敢え無く串刺しになった。地面から生えた大きな杭に貫かれ、宙ぶらりんになったガルムの死体。
それを見て勝てないと戦意喪失したのか、ボスが撤退の合図を出す。
ガルムたちは低くうなりながらも尻尾を丸め、一定の距離をとって通路わきに避けた。
「ていうか、知能があるならシリウスたちに立ち向かわずに退散すればいいのに。」
「迷宮の内部は縄張りもあり、他にいったところで他の魔物と戦闘になりますから。生き残るためには今いる住処を死守するしかないのでしょうね。」
なるほど、一応威嚇を続けているのも住処を死守したいからなのか。
まあ、こっちとしては攻撃してこないなら深追いはしない。
俺たちの目的はあくまでフレイムリザードだ。
低い唸り声に見送られながら俺たちはガルムエリアを後にした。
次に現れたのは、大きなトラサイズの黒豹――ブラックケイヴパンサーだった。
「このブラックケイヴパンサーの毛皮はとにかくしなやかでモフモフで素晴らしいんです!村長!ぜひ一体だけでも持ち帰りましょう!!」
サラの目がらんらんと輝き、俺に詰め寄る。
いつも冷静なサラが珍しいな。そんなに欲しかったのか。
「シリウス、なるべく傷を少なめに倒せるか?」
「お任せください。」
岩の上に登り、大きく跳躍して飛びかかるブラックケイヴパンサー。
二メートル以上の豹が上から飛び込んでくる絵は大迫力だ。
しかし、当のシリウスは落ち着き払った様子で
ドシュッ
お馴染みの岩の杭に心臓を貫かれ、ブラックケイヴパンサーは声一つ上げずに絶命した。
横たわるブラックケイヴパンサーの死体に嬉しそうに駆け寄るサラ。
「見てください、この艶やかな毛並み!ふわふわで柔らかいのにとても丈夫で、普通の鉄のナイフでは刃が通らないくらいなんですよ。」
サラに促され俺も近づいてその毛皮に触れてみる。エルフの光を浴びてツヤッと光沢を放つ毛皮は漆黒の中に斑点があり、触ると意外なほどに柔らかく滑らかだった。吸い付くほどにしっとりとした毛並みはずっと撫でていたくなる。
ブラックケイヴパンサー、凶悪な魔物かと思ったらこんなに触り心地がいい毛皮を持っていたのか。
サラは腰からミスリルのナイフを取り出すと、慣れた手つきで毛皮を剝いでいった。鉄の武器をはじくブラックケイヴパンサーの毛皮も、うちのバルタザール特製のミスリル武器には耐えられなかったようでスッと刃が入る。
「サラも魔物の解体ができたんだな。」
「勿論です。研究のために解体や解剖は必須の技能ですから。」
剥いだ皮を袋に入れ、俺の魔法鞄へ。
すると後ろから「ケイ様ー?」とイリューシャの声がかかる。
振り返ると新たに五体のブラックケイヴパンサーの死体があった。
「ど、どうしたんだ?」
「なんかご入用みたいだったんで、追加で近くにいたの狩ってきました。あ、まだ足りないなら探しに行きますよー」
「いやいやいや、もういいから。十分だよ。」
「どーいたしまして。」
いつの間にこんなに倒してたんだ。別に一体で良いと思ったんだけど。
サラに聞くと、超高額で買い手がつく上に屋敷の敷物や剥製にしても良いとのことなので結局すべてのブラックケイヴパンサーの死体を手早く解体してもらった。
全部とは言わないが、ヘイディスさんに買い取ってもらえばまた大金が手に入るかもな。
金持ちの家にあるあの猛獣丸ごと一頭の敷物。あれをうちにも導入してみようかな。




