160.『荒野の迷宮』」上層
洞窟を進み、最初に出会った魔物はスライムだった。
魔物と言っても大きさ十センチほどのゼリーのようなわらび餅のような見た目で、こっちに向かってくるでもなく洞窟の岩や壁をのそのそと這っている。
夏に食べたらヒンヤリして美味そうである。魔物だけど。
「襲ってはこないんだな。」
「このサイズのスライムはただ這いまわってそばにあったものを捕食する程度です。小さな虫から動物の排泄物まで何でも食べますので、エルフの里ではトイレなどに数匹放しておりました。ある程度大きくなると動き回って人を襲うこともあるので処分する必要がありますが……」
サラの解説を「ほぉ……」と聞く。まるでうちのオンディーヌたちが作っている”浄水魚”のようだ。そんな便利な使い方もあるんだな。魔物ともある意味共生できるってことか。
のんきに話していると、突然先頭を行くシリウスの上にビシャッっと何かが降ってきた。
五十センチはあろう大型のスライムだ。どうやらシリウスを捕食対象とみなし、襲い掛かったらしい。
シリウスは煩わしそうに避け、そのままグチャッっと踏みつぶした。
おおう、さすが。容赦ない。
「さて、ケイ様、今回の目的は友好ではなく討伐ですので、鬱陶しい雑魚は全て排除でよろしいですね?」
「いいねぇ♪そう来なくちゃ!」
「あ、ああ、やりすぎんなよ。」
「では結界を張らせていただきます。」
「僕のも張っとこー。」
例の恐ろしい結界――触れたものを跡形もなく消し去るアレを張るシリウス。今回は結界魔法の専門家ともいえるイリューシャの結界まで二重に張ってある。
フレイムリザードが逃げてしまわないように、威圧は今回禁止だ。滲み出る魔素も出来るだけ抑え、フレイムリザードが怯えて引っ込まないようにしなければ。
好き好んでこっちに向かってくる好戦的な魔物が多くないことを願おう。
その後も、角を曲がった瞬間に大型の蝙蝠――イビルバットが集団で襲ってきたが見事なまでに消し飛んでいった。
あーあ、言わんこっちゃない。まあ、俺が襲われても嫌だし、相手が悪かったと思ってあきらめてくれ。
先発隊が見事に消されたのを見たイビルバットたちは大慌てで洞窟の奥へと逃げていった。
「あの蝙蝠を追いましょうか。」
「そうだな。でも闇雲に歩きまわっても道に迷いそうだ。」
「御心配には及びません。地龍はこういった地形の把握は得意なのです。とりあえずデスマウンテンの中心部、そして下層に向かって進んで行けばよろしいかと。私がご案内いたします。」
「さっすが!地龍ならその辺お手の物だよねー。案内は任せたよ。」
何とも頼もしいシリウスに案内を任せて一行はひたすら進む。
奥に進むにつれて魔物も狂暴になっていき、一メートルくらいの蛇や大きなサソリの魔物にも遭遇した。
が、こちらを威嚇している間にイリューシャの風刃によって真っ二つにされてしまったが。
「『荒野の迷宮』の探索など、上層部でも決死の覚悟で行かなければならない場所のはずなんですが、魔物たちがこれほどあっけなく散っていくとは……」
サラはシリウスとイリューシャを見て顔を引きつらせている。
ま、普通はそうなるわな。
数時間歩き回り、広く平らな空間に出たので今日はここまで。
洞窟の中では昼も夜もなく時間の感覚がくるって疲労がたまりやすい。なるべく規則正しい生活を心がけたい。
火山内部なので可燃性のガスが出ているかも?と警戒したが、アヤナミ曰くそんなものは出ていないそうなので普通に火を起こして保存食を温める。飲み水はアヤナミ特製疲労回復水だ。これで一日歩き回った疲れも一発で回復する。
俺たちは龍族三人組のおかげでかなり楽に探索できているけど、普通の冒険者じゃ相当大変だろうな。『暁』の皆さんが行きたがらなかったのも正しい判断だと思う。『ゴールド級』だからこそ、自分たちの身の程を知って無茶はしないという判断だったんだろう。
翌日もひたすらシリウスの案内のもと奥へと進み、徐々に下の方に降りていく。
途中、ケイヴバイパーやケイヴラット、スモールロックリザード、カバーンタランチュラといった比較的小型の魔物に遭遇したが、シリウスとイリューシャの二大巨頭の前にはなすすべもなく倒されていった。
……龍って怖い。アヤナミがとても優しい天使に見えてきた。
ちなみにサラ曰く、ケイヴバイパーは強力な毒を持った蛇でその毒は使い方によっては薬にもなるらしい。残念ながら毒どころか死体すら残っていないので薬にすることはできない。
ケイヴラットは大型の野ネズミで可食部が少ないが意外と美味らしい、が、これも尻尾の半分くらいしか残っていない。
スモールロックリザードは背中が岩のように硬いトカゲだ。特に使い道はないので細切れになっても気にしない。
カバーンタランチュラはシルクスパイダーによく似た蜘蛛だが、糸を吐かず自身の身体能力だけで勝負するとか。動きが素早く仕留めるのは大変らしいがうちのイリューシャさんに目をつけられて勝てるはずもなく。
アヤナミもボーっとしているわけではない。凹凸の激しい道のりで疲労がたまる俺たちをこまめに回復してくれている。
それどころか、通常以上の速さで進めるように身体強化なども施してくれている。
攻撃役のシリウスとイリューシャ、回復薬のアヤナミ、魔物に詳しい解説のサラ……あれ、俺もしかして役立たず?
いやいや、俺だって……その、ご飯とか作るの手伝ってるし、食糧とかも全部俺の魔法鞄で……。
言い出しっぺの俺が、まさかの荷物持ちと雑用係に甘んじていることに気付いた。
ううう、めげないからな。