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157.ヘイディスさんの困りごと

 徐々に秋の気配を感じだす頃、オルディス商会の商隊がやって来た。

 対人外交担当に就任したレティシアはここぞとばかりに頑張っている。

 客人の出迎えから世間話、買取品のあれこれまでテキパキとこなしてみせた。もちろん気品あふれる笑顔での対応も忘れない。ヘイディスさんもいきなり現れた新しい人間、それも美人に驚いたようだ。


「そうですか。あの時の奴隷の……いや見違えましたね。」

「あの時はみんな不健康まっしぐらで表情も暗かったですからね。今は表情も明るくなり、村の一員としてよく働いてくれています。」

「それは良かった。あの時ケイさんに相談した私の判断は間違っていなかったということですね。」


 ヘイディスさんがお土産に持ってきてくれたお茶を淹れ、一息つく。

 ほんのりと柑橘の香りがするお茶は気分が落ち着いてリラックスできる。

 ちなみに『暁』のみなさんは、コボルトたちの狩りの様子を見て戦闘の勉強をしたいと狩りチームに同行していった。

 今でも十分実力派のはずなのに、勉強熱心だな。いや、だからこそ実力派として商会にも腕前を買われているんだろう。


「どうですか、最近の森の様子は?」

「そうですね。秋になって冬ごもりのために野生の動物や魔物たちの動きが活発になっています。まあこちらとしては狩りで豊作になるので嬉しい限りですけど。ヘイディスさんたちも戻る時にはお気を付けください。」

「そうですか……やはり大人しく戻るしかありませんね。獰猛な魔物など、我々にはとても太刀打ちできませんからね。」


 困ったように頭を振りため息をつくヘイディスさん。いつもと様子が違うような。


「どうかしたんですか?」

「……ケイさんは、我々と初めて会ったときのことを覚えていますか?」

「ああ、オルトロスの群れに襲われたんですよね。」

「はい、デスマウンテンの麓の森でのことでした。あの時は本当に、ケイさんたちが来てくれなければとうの昔に魔物の餌になっていたでしょう。本当にありがとうございました。」

「本当に、間に合ってよかったですよ。それにしてもどうしてあんなところに?」

「実は、深い理由がありまして……」


 深刻そうな顔で話すヘイディスさん。彼の話はこういうことだった。

 オルディス商会は主力は魔道具や雑貨の販売だが、素材の流通なども行っている。

 ある時、オルディス商会と懇意にしている侯爵家から相談があった。

 侯爵家は国境周辺の防衛を担い、有事の際には一番に標的になる。オルテア王国の軍事の重要な部分を司る名誉ある役職だ。

 その侯爵家に、近頃女の子が生まれた。男兄弟が多く生まれる中、ただ一人の女の子である。それはそれはかわいがった。

 だが、かわいい愛娘も戦争になれば当然一番に危険が及ぶ。特に最近ではリンメル王国がキナ臭い動きを見せているとの情報もある。

 ゆえに、侯爵は愛娘に最強の防具を贈りたいと考えた。鋼鉄の剣をも防ぐキメラの皮のマントに、燃え盛る炎から身を守るフレイムリザードの心核のブローチ。

 これがあれば、たとえ戦争が起きようと娘の命は守られるだろう。

 しかし、どちらも希少素材、当然魔物のランクも高くなる。並の冒険者にはまず討伐はできないだろう。だからと言って大規模な討伐隊を組んでしまうと戦争準備かと他国に勘繰られ、余計な緊張を生むかもしれない。

 だからこそ、冒険者にも顔が利き珍しい素材の流通を担っているオルディス商会に、フレイムリザードの心核を手に入れてほしいと泣きついたらしい。

 

「こちらは冒険者ではなく商人ですのでピンポイントの素材入手は難しいとお話はしたものの、キメラとは言わないからフレイムリザードだけでも、と押し切られてしまい……相手が侯爵家ですし、普段から良くしていただいている相手ですので無下にもできません。」

「それは板挟みでお辛いですね。ちなみにフレイムリザードというのはどういった魔物なんですか?」

「フレイムリザードは火山に住む炎の属性を持った竜です。翼はありませんが口から火を吐き、その硬い皮膚は溶岩の中を泳げるほど熱に強く頑丈です。魔物のランクはBランクで、通常なら冒険者を五十人程雇って討伐するようなモンスターです。」

「そんな危険なモンスターを、ヘイディスさんと『暁』の皆さんだけに任せたんですか?」

「いえ、我々はあくまで調査隊で、実際に生息が確認されれば討伐隊が別に組まれるでしょう。ただ、先ほども申しました通り侯爵ほどの方が防具のために討伐隊を組むと、場合によっては戦争準備と捉えられ各国に余計な緊張を招きかねません。できるだけ秘密裏に行われると思います。我々がオルテア王国近辺の火山ではなくこのような人が寄り付かない場所までやって来たのもそれが理由です。」

「なるほど。」

「しかもあの調査ではオルトロスを、さらに次は希少素材であるはずのキメラを手に入れてしまったものですから。当然情報が入るや否や侯爵は高値で毛皮を買い取りましたし、その一件で我々への期待もさらに高まったようで、フレイムリザードも、と催促されているのです。」


 今更突き放すわけにもいかず、かといって我々の実力でデスマウンテンなど攻略できるはずもなく、どうしたものかと頭を押さえるヘイディスさん。

 家同士の付き合いに政治的配慮に、偉い人はいろいろと大変だな。

 ただ、ヘイディスさんたちオルディス商会が突き上げを食らっている原因が俺が流したキメラって言うのが何とも申し訳ない。

 あのタイミングでキメラを買取なんてしなければ、「危険すぎて無理でした」で十分まかり通ったんだろう。

 そう考えると何となく責任を感じてくるな。

 俺にできることがあれば手伝いたい。

 人間の国との交流の窓口となっていつもお世話になっているオルディス商会だ。困ったときはお互い様だろう。

 それに、万が一ヘイディスさんたちだけで調査に行ってケガや最悪の場合死亡なんてされたら、うちの村とオルテア王国とのつながりが途絶えてしまう。


「ヘイディスさん、もしよろしければ、そのフレイムリザードの調査、こちらで引き受けましょうか?」

「本当ですか!?いやしかし、無関係なケイさんたちを危険にさらすわけには……」

「うちは戦力だけは過剰ですからたぶん大丈夫だと思います。」

「確かに、龍族の方が居られるのなら万に一つも危険なことなどないでしょう。しかし、良いのですか?」

「うちのキメラで侯爵に火をつけちゃったみたいなところはありますからねぇ。それに、単なる人助けってわけでもないですよ。ヘイディスさんたちに何かあったら、取引をしてくれる相手がいなくなってうちも困りますから。」

「……そういっていただけると気持ちが楽になります。心苦しいですが、ひとつ、よろしくお願いいたします!」


 ヘイディスさんがガバッと勢いよく頭を下げた。

 

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