155.試食会
その夜、俺は地球に転移した。
ハイオークは美味かったが、人間の肉には及ばないという。
そしてこの世界に似たような味の肉は存在しない。
ならば、俺の元居た世界、地球に頼るのが一番だと思う。
まずは姉貴に応援要請。
毎度毎度アゴで使ってしまって悪いが、俺は病室からめったに出られないので甘えるしかない。
明後日の昼過ぎに来てくれるらしい。メールを確認して、俺は一旦寝る。
翌翌日昼過ぎ姉貴はやって来た。
「世の中に見舞い品は多くあれど、大量の生肉持って来たのは私くらいじゃない?」
笑いながら得意げに言う姉貴。確かに、ってかその前に家庭菜園道具やら小型の漁網やら、もっとおかしなモン散々持ってきてんだ。今更生肉くらいどうってことない。
看護師さんにばれなければ、ね。
姉貴には豚肉を数種類持ってきてもらった。ただの豚肉じゃなく、俗にいう『ブランド豚』だ。
”美しい艶の淡いピンクの肉色、歯切れがよく、弾力のある引き締まった肉。口の中でまろやかに溶け、さっぱりとほのかな甘みの脂を楽しめる”『鹿児島県産黒豚』
”やわらかな口当たりと臭みのないすっきりとした味わい。濃厚な甘みの脂肪がクセになる”『沖縄県産アグー豚』
”和牛のような霜降り肉!上質な脂肪と赤身。口に入れた瞬間溶け出す脂の甘さを楽しんで”『スペイン産イベリコ豚』
”豚とは思えない霜降り率の高さ。濃厚な赤身と口の中でさらりと溶ける上質な脂肪をご賞味あれ”『ハンガリー産マンガリッツァ豚』
”世界三大ハムの原料!しっとりと甘みのある脂と、絹のようにきめ細かく旨味が詰まった赤身の極上のハーモニー”『中国産金華豚』
”四種類のハーブで飼育し、上品な香りとさっぱりとした脂、やわらかくジューシーな美味しさ”『青森県産奥入瀬ハーブポーク』
日本を、いや世界を代表する豚たちだ。俺でも聞いたことがある豚がいくつかある。
トレーに入った肉はどれも綺麗なピンクと白で、中には高級和牛みたいな霜降りの肉もあった。
豚肉で霜降りって聞いたことなかったけど、存在するもんなんだな。
今回はそれぞれ五百グラムずつ、計三キロの豚だ。当然お金の方も結構な金額になった。
以前売った宝石各種が役に立ったよ。
姉貴にお礼の肩もみを命じられ、(左手は点滴が刺さっているから右手だけだ)かるーくやってやった後、姉貴は帰っていった。
病人にそんなことさせるなよ。「非力ね。自分でやった方が早いわ。」じゃないよ、まったく。
一人になったので、更にインターネットでいろいろ調べてみると、「豚肉に近い」「豚肉と子牛の肉の掛け合わせ」「ラム肉の風味がある」という意見を目にした。実験のために自分の太ももを削り取っただの詳細を読むと吐き気がしてくる内容だったのでサラッと読んだだけだが、とりあえず豚路線は間違いなさそうだ。
よし、とりあえず今度の試食会はこの六種類で行こう。
俺は布団に潜り込み、エルネアに旅立った。
いざ試食会。
魔族領からのゲストは、ベリアル、吸血鬼、グリフォンそしてなんと魔王本人がやって来た。
そんなたいそうなおもてなしの用意はしていないんだが大丈夫か。というか、魔王がこんなに簡単に遊びに来ちゃって良いのか?
道理でお出迎えにシリウスが立候補したわけだ。サラとダンタリオンだけじゃ魔王を止められないだろうしな。
前回のこともあったので、全員大人しくついてきてくれたらしい。
囚われの身であるかのように緊張した顔の四人、館について俺の顔を見たベリアルと魔王はあからさまにほっとした顔をする。
……こっちに危害を加えない限り、シリウスもなんにもしないから大丈夫だよ。
「ようこそ、まさか魔王ガルーシュ殿が直接出向いてくるとは……」
「食人問題はこれからの魔族と人族の在り方を決める重要な問題だ。我が自ら出向き、しっかりと見極める必要があるだろう。」
「これも非公式な場ということで、あまり改まった対応をするつもりはないけどいいかな?」
「無論だ。むしろ堅苦しくない方が試食に専念できる。」
続いて、ベリアルに見知らぬ二人を紹介してもらった。
魔王城にいたとは思うが、あの時は緊張のせいで周りの顔を確認する余裕がなかったからな。
あとグリフォンに至っては個体の見分けがつかない。
青白い顔の男は吸血鬼族のテオドール・セザール・ヴァレリー伯爵。紹介されると、深々と頭を下げ息子を帰してくれた礼を言われた。そんなことしたっけか?……あ、あの時の吸血鬼坊ちゃんがそうだったのか。
そして衝撃の事実が発覚。なんとあの息子、屋敷に帰った途端に俺の中に流れる龍の魔力に当てられて寝込んだらしい。
知らなかったとはいえ、申し訳ないことをした。ヴァレリー伯爵に謝罪。
危うく息子を殺しかけた男として定着するところだった。
となりのグリフォンは魔王軍の航空隊に所属している軍人で、名前はグリークス。見た目は鷲とライオンを掛け合わせたような姿だが、普通に人語を話した。人型ではないものの、魔法と知略に長けているらしい。
大きな体に鉤爪に鋭いくちばし、身体的ポテンシャルだけでも十分なのに魔法と知略にまで長けているとか怖すぎる。
こんなのが空から襲ってくるんだから、魔王軍って怖いな。
紹介が終わったので、食堂の方に案内する。
今回はあくまで肉の味を確認するということで、シンプルにステーキにしてみた。
外はしっかり、中はしっとりのミディアムレアに焼かれた豚肉各種が目の前に並ぶ。うーん、良い匂い。
地球ではステーキと言えば牛だけど、豚も結構良いじゃないか。
「これは……?ハイオークか?」
「相当な上物のようですが……」
「かぐわしい香り、ただのハイオークではあるまいと。」
「焼き加減も素晴らしいですね。実に私好みです。」
「先日のハイオークとは全く違いますね。」
魔族審査員の皆さんも興味津々だ。
いざ実食。やわらかな食感と脂の甘みが口いっぱいに広がる。
豚の種類によって、シャクッと小気味良く噛み切れるもの、しっとりと舌に絡みつくもの、脂と一緒にとろけるもの、脂の溶け具合や風味も様々だ。
「ううむ。この香りの良さはこちらの肉がダントツだな。」
「舌触りの滑らかさはこちらが人間に近いと思います。」
「舌触りは確かにこちらですが、肉と脂の調和で言うとこちらでは?」
「脂のしっかりとした甘さと旨味はこれが一番近いように思うが……」
「後味のさっぱり感はこれだと思いますがいかがでしょう?」
魔王、ヴァレリー伯爵、グリークス、ベリアル、ダンタリオンの五人は眉間にしわを寄せて何度も咀嚼しては意見を交わしている。
俺は「どれも美味しい」ということしかわからないので五人の話し合いに耳を傾けることに集中した。
ちなみに俺の好みは沖縄県産アグー豚である。はたして、魔族たちにとっての好みの味はどれなんだろう。
話し合いを重ねた結果、次のように意見がまとまった。
香りは『青森県産奥入瀬ハーブポーク』、
肉質、歯触りは『中国産金華豚』
赤身と脂のバランスは『スペイン産イベリコ豚』
旨味と脂の甘さは『ハンガリー産マンガリッツァ豚』
後味は『沖縄県産アグー豚』
……見事にバラバラだな。
「確かにどれも美味かったが、人肉はその全てを兼ね備えておる。この肉一つ一つではあと一歩太刀打ちできんな。」
「そうか……難しいもんだな。」
「当然だ。簡単に解決するようなら戦争など当の昔に終わっておるわ。」
「確かにな。」
これといった決め手がないまま、試食会はお開きになった。