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154.例のアレの味

 さて、魔王との約束について考えてみる。

 約束、つまり、『食人問題』の解決についてだ。

 魔族たちに人間を食べるのをやめさせ、なおかつ魔族側が我慢を強いられることがないようにしなければならない。

 千年続くというこの根深い問題に、俺たちはどう対処できるだろうか。


 まあ、手っ取り早いのは代替食――人肉の代わりになるものを提供することだ。

 人肉はどんどん手に入りにくくなり、値段も上がってそこそこの高級品らしい。

 その人肉と同じくらいの価格帯で、安定して手に入り、なおかつ味が人肉に似たもの。それを作るのが良いんじゃないかと思っている。


 そもそも、人間ってどんな味がするんだろう。

 もちろん俺は食ったことがないからわかるはずもない。

 この村の村人も同じくだろう。食べたこともない者が憶測であーだこーだ言ってもしょうがない。

 

 あ、一人だけ、心当たりがあるな。

 うちに住む唯一の魔族領出身。貴族の嫡男で、高価な人肉にも十分手が届くであろう家柄。

 俺はそいつのもとに足を運んだ。








「ダンタリオンは人肉を食べたことがあるのか?」

「え……は、はい。ございます。」


 俺の問いに少々ビビりながら答えるダンタリオン。

 人間の俺相手に「人肉食ってた」とはさすがに言いにくいよな。


「俺の方から聞いているわけだから気にしなくて良いよ。でさ、ぶっちゃけ、美味いの?」

「失礼ながら、我々にとってはとても美味しく思えます。特に若い女性や子どもの肉は柔らかく脂ものっていて……。」

「具体的にどんな味なんだ?」

「そうですね。まず柔らかく、かつ程よい弾力のある肉質。甘みがあり、さっぱりとした脂。口に入れた瞬間にあふれ出す旨味。これは他の動物や魔物には出せない味です。」


 味だけ聞くと、かなり美味そうな肉だな。人間だけど。

 俺も人間じゃなく魔族だったら食べたいと思うのだろうか。


「人間の肉に代わる代替肉を作りたいと思うんだけど、他の動物で人間の肉に近い味のものってないのか?」

「うーん、そうですねぇ。……強いて言えばオーク、いえ、ハイオークあたりでしょうか。」

「ハイオーク?」


 オークって、あの二足歩行のデカい猪と豚の中間みたいな奴だよな。

 ここから離れた森の中にも住んでいて、鬼人たちがたまーに狩ってくる。要するに豚肉だ。

 ハイオークって言うのは上位種か。こちらは食べたことがないから味はわからない。


「ハイオークはオークの上位種です。オークに比べて肉の臭みといいますか、癖のある匂いが少なく、赤身と脂のバランスも良いです。……ただ、『強いて言えば』というだけであって、人肉とハイオーク肉を出されてハイオークを選ぶ者はいないと思います。」

「そうか……。まあ、人肉の特徴とか系統がわかっただけでもありがたいよ。これからもちょくちょく相談させてもらうけど、その時はよろしく頼む。」

「お力になれることがあれば何なりと。」


 丁寧に頭を下げるダンタリオンの元を後にし、俺は執務室で考える。


 ハイオークか。

 要するにダンタリオンの感覚では人間の肉は豚肉をベースに考えればいいってことか。

 柔らかさと弾力、さっぱりとしていて甘い脂、そして濃厚な旨味。さらに匂いの癖が少ない。

 なかなかワガママな特徴を出しているじゃないか。

 聞いた感じ俺が浮かんだのは、地球のブランド豚みたいな奴なんだけど、どうなんだろう。

 まずはハイオークとやらを食べてみる必要があるな。

 よし、狩りチームに相談しよう。








 鬼人たちは俺の話を聞いてすぐにハイオーク狩りに出かけた。

 森の動向はドライアドであるライアがバッチリ把握している。いくつかあるオークの集落のうち、大きなところには上位種がいるはずだという情報を得ていざ出発。

 オークの集落ということで、狩りチーム総出で出陣。ついでに「おもしろそう!」とどこからともなく現れ行く気満々のイリューシャも同行。

 目的地までは転移か”風移動”で連れて行ってくれるらしいし、デカいオークやハイオークを運ぶのに風の力があった方が良いからな。

 ただ今回はあくまで「ハイオーク一体」を狩ってくることだ。やりすぎて集落滅亡とかはやめてくれよと念を押しておく。エアリス様との遊びで天災レベルの災害をひき起こすイリューシャならオークの集落の一つや二つ簡単に滅ぼしてしまいそうだからな。

「そんなヘマしませんよー。行ってきます♪」とニコニコのイリューシャに連れられ、鬼人たちは瞬く間に目の前から消えた。

 …………不安だ。


 一時間もしないうちに、彼らは戻ってきた。

 三メートルはありそうなバカでかいオーク――上位種のハイオークを運んできた。

 なんでもイリューシャの転移魔法で集落までひとっ飛び、風魔法でハイオークをピンポイントで捕えて引きずり出し、暴れる暇もなく首を切って終わり。鬼人たちに出番はなかったという。

 確かにハイオークの首はざっくりと切り込みを入れられ、首の皮一枚でぷらんぷらんつながっていた。

 軽そうに見えてもやることはきっちりとやる、か。心配はいらなかったようだな。

 華奢で一見すると女性のようにも見えるイリューシャが笑顔でハイオークの首をざっくりやる姿なんて想像したくはないけどな。

 それにしてもデカいな。身長だけでも以前見たオークの一・五倍はあるんじゃないか?

 さっそく解体し、部位別に分けていざ実食。ダンタリオンにも付き合ってもらう。

 初めて食べたハイオークは美味かった。オークは猪寄りの豚に近い風味と味だったが、これは完全に豚だ。

 臭みがなくて食べやすいというのもわかる。やや赤身が強いが、脂も濃厚で口の中に甘く溶けていく。

 これでもなかなかイケるじゃないか。というか、十分美味い。

 

 でも、人肉はこれ以上に美味いんだよな。

 さすがに人肉を実食してみるわけにはいかないので、ここからは手探りの世界だ。


「実際食べてみると美味いな。これと人肉はどういう風に違うんだ?」

「そうですね。人肉はもっと肉と脂が調和しているといいますか、うまく混ざり合っている気がします。ハイオークも脂がのっていて美味しいですが、赤身と脂身がはっきりしすぎていて淡白すぎたり、脂っこすぎたりと安定しないと言いますか。あとは柔らかさですね。」

「人肉と同じくらい美味い動物っていないのか?」

「人によってはハイドラやキメラなどの方があっさりとして良いと言いますが、こればっかりは個人の好みの世界になりますので……」

「……ちなみにハイドラとかキメラって普通に手に入る?」

「どちらも希少生物ですのでまず無理でしょうね。そして並の者では太刀打ちできないかと。」

「ああ、やっぱり。」

 

 いかに美味いとはいえ、安定的な供給が出来なければ意味がない。

 少なくとも人間よりも手に入りやすいと思えるようにしないと。


「うーん、分かった。明日あたりまた違う肉を持ってくるから試食してみてくれるか?」

「はい。でしたら、魔族領から試食要員を何名か招待してはいかがでしょう?私自身、あまり人肉を食べる方ではないので、人肉を特に好む方々の味覚に合わせた方が良いと思います。」


 確かに。現場の意見は多い方が良い。

 特に人肉を求めている者ならば、どんな要素を欲しているのかの参考になるだろう。

 ダンタリオンに人選と手配を任せ、三日後に試食会を開くことになった。



 

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