152.軽っ
いきなりの「風の加護」宣言で驚いたが、村はお馴染みの大宴会中だ。
この世界の人は信心深いのか知らないけど、こんな突飛なことをすんなりと受け入れるんだから驚いてしまう。
まあ、単純にみんな娯楽に飢えたお祭り好きというのもあるんだと思うが。
「やはりあなただったんですね。」
「そ。やっぱ気付いてたか。さっすが~。」
例に倣って立会人を務めてくれたライアがエアリス様に声をかける。
「ライア、気付いてたのなら助けてくれても……」
「こちらに危害を加えるつもりはないようでしたし、なにか考えがあってのことだと思って。」
「お~そこまで察するなんてさすがはドライアドだね。」
「エアリスさんは世界樹があると知りながら攻撃を仕掛けるような方ではないと思いますので。それに、本気で危害を加えようと思ったらこの程度では済まないでしょう?」
「ふふん、まあね♪」
どうやらライアは全てわかっていたらしい。
エアリス様が本気でないことも、その上で何かをしようとしているということも。
……いや、それでもせめて教えてほしかったんだけど。
俺達はまじで絶体絶命だと思ったんだぞ。
「では私はこの辺で失礼します。エアリスさんもどうぞごゆっくり。」
そう言うとライアはふわりと消えていった。
エアリス様も宴会の様子を見たいからと、神殿内を勝手に歩き回って『宴の間』を見つけた。
「おおー!ここいいじゃん!」と我が物顔で椅子に座り、あたりを見渡してくつろいでいる。
『宴の間』はアクエラ様がよく来るということもあって、サンゴや水霊花が生えていたり真珠で飾り付けられていたりと何となく竜宮城チックになっている。
それを見て、「アクエラの趣味っぽーい。」と真珠を転がして遊ぶエアリス様。
精霊同士で敵対とかはなさそうで安心した。
料理と酒も運び込まれ、(子どもに酒を与えてもいいのかと迷ったが、エアリス様が「いる」というのでお出しした)のんびりと気ままに楽しんでいる。
「エアリス様ー!」
どこからともなく声が聞こえ、同時にビュオオォッと風が吹き抜けた。
風が収まり目を開けると、エアリス様の隣には色素の薄い少年?青年?のような人が。
白い髪に肌の色も真っ白、長いまつ毛に縁どられた薄紫の目は興味深そうに『宴の間』を見ている。
線が細く、中性的な雰囲気はエアリス様によく似ている。
「お、やっと来たね。イリューシャ。」
「急に呼び出して、どうしたんですか?次の遊び場はここですか?結構狭いけど。」
「そ。今日からここがお前の場所。あの退屈な谷よりはいい感じでしょ?」
「まあ僕は別にどこでもこだわりはないですけどねー。でも、エアリス様大丈夫ですか?僕という遊び相手がいなくなったら退屈じゃありません?」
「どっちみち谷にもちょくちょく遊びに行こうと思ってたし、ここにもちょくちょく来るよ。結構面白い土地だしね♪」
「あのー……」
二人で盛り上がっているところを恐る恐る声をかける。
どうやらこの人が龍らしい。
俺に呼ばれた二人は思い出したかのように俺を見た。
「どしたの?」
「あ、人間だー。」
えええ……。
一応村の村長だし初めましてだし、これから一緒に暮らすかもしれないのに、紹介とか何もないんだ。
というか、興味すらナシ?
「エアリス様、この地にイリューシャを預けるのであれば、紹介くらいしませんと……人間のお方、こちらがこの度エアリス様の命により(私は大変不本意ですが)この地に派遣されます、子龍のイリューシャです。」
いつの間にか俺の隣に立っていたジャバウォックさんが代わりに紹介してくれた。
うん。何か今心の声が混じっていた気がするけど。まあいいや。
紹介されたイリューシャは「初めましてー。」とヒラヒラと手を振る。
アヤナミやシリウスに比べて大分軽いな。「ボクに似て……」か。早くも不安が的中しそうな気がする。
「見たとおり、態度は軽いですが、龍としての力の操作などは一人前の龍にも引けを取りません。エアリス様の遊び相手を何年も務めているくらいですしね。むしろエアリス様と距離が近すぎたせいでこのような軽薄な態度に……そのあたりの教育をし直していただけると助かります。(期待はしていませんが)」
ジャバウォックさんがため息交じりに説明をしてくれる。
ちょいちょい心の声が漏れているよ。普段から苦労しているんだろうな。
教育……ができるかどうかは置いといて、力の操作とかが問題ないならここにいてもまあ大丈夫だろう。
それに、俺まで「いやだ」と駄々をこねたりしたらジャバウォックさんが禿げそうだし。
今でも漏れ出ている心の声が爆発しかねない。
「わかったよ。俺はケイ。ここの村長をしてる。これからよろしくな、イリューシャ。」
「はーい。よろしくお願いしまーす。」
……軽っ。
その後もエアリス様は料理や酒を大量に飲み食いし、ジャバウォックさんに何度も説得されてようやく帰った頃にはすっかり真夜中になっていた。
サトウキビを使用して作ったお菓子やスイカが特に気に入ったらしく、「コレ持って帰りたい」と言われたので木箱に詰めて大量に渡しておいた。プレゼントとしては不格好だが、まあ大丈夫かな。
村のみんなも、エアリス様への供え物ならば文句は言わないだろう。
「わぁ!ありがとう!じゃあお礼に、はいコレ♪」
俺の周りを風が吹き抜ける。
「……?」
特に変わったところはない。なんかされたのか?
「キミには『結界』の祝福を与えたよ。これでキミがケガをすることはなくなる。ということで、これからもうんと働いてボクにスイカとお菓子をちょうだいね♪」
「は!?え!?結界!?」
軽っ!
大精霊の結界なんて龍以上……絶対とんでもないものじゃん!
それをお菓子の対価に……いいのかそんなんで。
スイカとお菓子をちょうだいって、そんなもののために使用する力じゃないだろ、絶対。
「じゃーね。」と言って文字通り風のように消えてしまったエアリス様を、俺は呆然としながら見送った。
「なんか、本当に嵐のような人(精霊)だな……。」
客人が帰った宴の間を、アヤナミがせっせと片づけに入る。全く動じていないところを見ると、大精霊の世話係というのはこういうことが日常茶飯事なのだろう。
「僕も手伝うよ。これ、どこに運べばいいの?」
残った果物をつまみ食いしていたイリューシャが立ち上がった。
エアリス様と同じで子どもみたいな感じだけど、大丈夫か?
そう思ったのもつかの間、残った皿や食べ物、酒などを一瞬で消してしまい、宴の間はすっかりもぬけの殻に。
どうやら”風移動”ですべて館のキッチンに送ってくれたらしい。
意外と仕事ができる龍のようで驚いた。
エアリス様と一緒になって戯れてはいたけれど、そこはちゃんと世話係の責務を全うしているんだな。
……なんか、どっと疲れた。
イリューシャについて聞きたいことはたくさんあるけど、今日はもういいや。
明日もあるし、さっさと寝てしまおう。
俺は半分現実逃避をするように館に帰りベッドにもぐりこんだ。