150.異常事態
今朝はやけに風が強い。
季節的に台風でも来るのだろうか。
ここに来て三年ほど経つが、今まで台風なんてものはなかったんだけどな。
世界樹と大精霊の加護のおかげで大きな災害にはならないと思うが、警戒するに越したことはない。
俺はロベルトさん、ガルク、オリバー、ジーク、長老、ババ様を通じて各種族に台風の備えを急ぐように伝えた。
扉や窓を補強したり、風に飛ばされそうなものは屋内に片付けたり。
家畜たちも家畜小屋に入れて出入り口を補強する。
グルファクシたちも小屋の中へ。この魔馬、かなり気位が高く扱いにくい馬だったが、シンバの毎日の世話とフランカのおかげでそこそこ懐いてくれるようにはなった。
まだ人を乗せるほどの信頼関係はできていないようなのでそこもシンバに任せている。
自分たちの安全のためだと理解したのだろう、大人しく言うことを聞いて小屋に入ってくれた。
村の大人全員で補強作業をしている間も、風はどんどん強くなる。
シルフたちは興奮した様子で風に乗って遊んでいるが、人間からしたら楽しめるものでは無い。
妙だな。こんな風、今までになかった。
それにババ様の天気予報では今日は穏やかな晴れのはずだ。
ババ様の天気予報は百発百中。今まで一度だって外れたことは無い。
木がしなる音がし、畑の作物もザワザワと不穏に揺れている。
これは異常事態だ。
村人に何かあってからでは遅い。
後悔するよりも、杞憂だったと笑えるくらいが良い。
「全員、神殿に避難してくれ。」
俺は村人にそう伝えた。
「ケイ様、村民の避難は完了致しました。食料や毛布なども運び込んでいます。」
「ありがとう、アヤナミ。」
村人は全員神殿の中へ。
ライアには何かあった時みんなを守ってもらうように神殿に残ってもらった。
ここにいるのは俺とアヤナミ、シリウス、そしてダンタリオンだ。
龍族と魔人なら、何かあってもそうそうやられたりはしないだろう。
畑や村の城壁に沿って二重に結界を張る。
「なっ!あれは!?」
ダンタリオンの叫びに全員の視線がそちらに集まる。
いつ現れたのだろう。そこには巨大な竜巻が出現していた。
木の葉や枝を巻き込みながら真っ直ぐ村の方に向かってくる。
「おいおい、こんな巨大な竜巻がいきなり発生するもんなのか?」
四人がかりで辺りを警戒していたはずなのに、全く気が付かなかった。
「二人、あの竜巻を止められそうか?」
「お任せ下さい。」
「やってみます。」
シリウスとアヤナミはそう答え、竜巻の方に向かっていった。
竜巻は速度をあげてこちらに向かってくる。このままでは村に直撃する。
村の外で一気に片をつけるしかない。
「ダンタリオンは家屋の護りを頼む!」
「かしこまりました!」
龍には劣るとはいえ、これだけの建物に一気に結界をかけるなんて、さすがは魔人と言ったところか。
シリウスとアヤナミは竜巻の前に立ち、魔法を放つ。
……が、魔法はあえなく竜巻に飲まれてしまった。
再び、今度は砂の竜巻と水の竜巻を出現させ、巨大竜巻にぶつけてみる。
ジュゴゴゴォォォオ!
またしても竜巻に飲まれてしまう。
龍の魔法が効かないなんて。
一体なんなんだよ、これは。
ゴオオォォォオオオ!!!
ものすごい音と主に、凄まじい風が吹き付ける。
今にも飛ばされそうだ。
「なっ!?」
「これは……!?」
もう一度竜巻に立ち向かおうとしたシリウスとアヤナミが驚きの声をあげる。
小さな竜巻がロープのように二人に巻き付いて、身動きができない。
嘘だろ!?まだ半人前とはいえ二人は龍族だぞ!?
龍を身動きできない状態まで追い詰めるなんて、どう考えても普通の相手ではない。
「おいっ!二人ともっ……!」
「ケイ様。こちらは大丈夫です!それよりもあの竜巻を!」
シリウスの声がかろうじて聞こえる。
竜巻はどんどん迫ってくる。
「くっ!『石壁』!」
地面が隆起し、竜巻を遮るように壁を作る……が、簡単に吹き飛ばされてしまう。
「くそ、もう一度……!」
さっきよりも厚く、ありったけの魔力で壁を作る。
しかし竜巻を止めることはできず、轟音と主に崩れ去り、瓦礫の山となっていく。
「だめか!」
これ以上の厚さや堅さは無理だ。
どうする!?
――待てよ、『剛』がだめなら『柔』の力。
真正面からぶつかるのではなく、ダメージを分散させる。
……試したことはないが、迷っている時間はない。
「『水の塚』!」
ありったけの魔力で、竜巻の前に水のドームを作る。
イメージはスライムだ。あくまで柔らかさを保つ。これでぶつかってきたエネルギーが分散されるはず……。
竜巻はどんどん迫りくる。水を引き込まれないように必死で形を保つ。
ズゴオオォォォオオ!!!
凄まじい音と主に竜巻と水のドームがぶつかり合う。
力むな。あくまで柔軟に。向こうの力を受け入れるように。
――――竜巻の勢いが止まった。今だ!
「ゥオラッ!!!」
ボンッ!!
受け止めた力をボールのように跳ね返す。真正面に跳ね返すというよりは上にそらす感じだ。
竜巻は跳ね返り、――――――上空で消滅した。
「え……」
やった……のか?
それにしても、あんな急に消えるなんて。
暫し呆然としていると、背後からパチパチパチパチ……と誰かの拍手が聞こえた。