146.人魔大戦
コーヒーを啜り、ふぅっと息を吐く魔王。
入って来た時の威厳のある堂々たる佇まいに比べるとずいぶん疲れて気を抜いているようにも見える。
結構話も分かる奴だし、こっちが素なのか?
「ずいぶん疲れているみたいだな。」
「当然だ。戦争は人材・物資・財貨、全てを湯水のように消費して行われるものだ。長らく戦争状態にある我が魔族領も例外なく疲弊しておる。特に食糧難は困ったものだ。」
なんでもこの魔族領は領地の半分が寒冷地で雪と氷に覆われ、残り半分も農地には適さず狩猟・採集生活が主だという。
主食が肉なのでそれでも問題はないのだが、戦争のしわ寄せがじわじわと蓄積し、森の恵みも少なくなって来たとか。
キークスへ行ったときや移住者たちを連れて帰ったときもみんな同じようなことを言っていたな。
戦争で国力が衰え民が疲弊しているのは人族も魔族も同じということなのだろう。
「戦争ってやめられないのか?」
やりたくもない戦争を続ける意味ってなんだろう?
お互いに兵も疲弊して、食べ物も少なくなって、国民の生活も困窮していって。
「やめられんな。もう我らは千年近くも闘っている。互いに憎悪はますます深くなり、遺恨はずっと残り続ける。根本を絶たぬ限り、『やめ』と言って収まるものでもない。言うほど簡単な話では無いのだ。」
「聞いているこっちからしたら無駄でしかないけどな。」
そうこぼす俺に、魔王ガルーシュは大きくため息を吐いた。
鷹のような金色に光る目で俺を真っ直ぐに見る。
「お前は『人魔大戦』の根本を知らんのだな。」
「根本?」
「我ら魔族と人族の戦争の原因は何だと思う?」
「え、領土争い……とか?」
「簡単に言えば文化的衝突だ。我らは人間の肉を食らう。人間からしたら恐怖の対象でしかないだろう。もしくは同族を殺す憎むべき敵だ。しかしそれをやめろというのは、我らからしたら食料を取り上げることに他ならん。」
出たー!食人問題!!まじか、というかやっぱり人間の肉食うんかい!
そんなのと今コーヒータイムを楽しんでるけど、俺、大丈夫かな?
急に心配になってきた。
「……人間の肉以外は食べないのか?」
「もちろん食うとも。むしろ大抵は動物や魔物の肉、人間の肉は希少だが格別に美味い嗜好品だ。」
「じゃあ……」
「そなたにできるか?例えば、人間にとっての嗜好品、酒を完全に断つことが。もちろんそなただけではなくこの世界の全員にそれをさせるのだ。それも『かわいそう』などという曖昧な理由だけで。」
「それは……」
「どうした?酒の原料になる麦も果実も、もぎ取られすりつぶされて泣いておるぞ?人間とそう変わらぬ。」
「……」
「邪悪だなんだと言われようと、食人は我らにとって不可欠とも言える伝統的嗜好品だ。牛や羊を食うことは許されて人間を食うことが許されない理由はなんだ?魔族領は力こそが全て。弱肉強食の世界で人間のみに特別な慈悲をかけねばならぬ理由は?」
「……」
反論できない。俺の考えが甘かった。
これは文化の違いなんだ。一方が悪いとかそんな単純な問題じゃない。考え方そのものが違うんだ。
魔族からしたら食料調達。俺たちが森から木の実や果実を獲ってくるように人間の国から人間を獲って食う。
しかしそれは人族からしたら誘拐に殺人。魔族が大挙して来れば立派な侵略と捉えるだろう。
この問題の根本、『食人文化』を絶たない限り、この戦いはこの先もずっと続くのだろう。
――それでも、何とかしたい。
中立を貫くとはいえ、人族にはお世話になった人がたくさんいる。彼らや彼らの家族・友人が食われたり悲しんだりする顔は見たくない。
魔族だってそうだ。村の仲間であるエルフやドワーフも分類的には魔族。彼らが人間に忌み嫌われている今の状況は悲しい。
見た目は怖いが意外と話の分かる魔王ガルーシュの憂いを晴らすこともそうだ。むしろ、この機会を逃し他の血気盛んな魔王に成り代わられたら、戦争終結の機会なんて一生巡ってこないんじゃないか?
「根本が……『食人問題』が解決すれば、戦争を終わらせるんだな?」
「わかっておらぬな。そもそも……」
「俺が用意するよ。『中立』の立場から。人間が食われなくて済む方法と、魔族が我慢しなくて済む方法を。」
「そんな都合のいい話があるはずない。」
「それはわかってるよ。でも探すのは自由だ。時間はかかるかもしれないが、可能性がないか探すよ。」
「……ふ、ふはははは!これは面白い。『人魔大戦』唯一の部外者が戦争の仲裁を買って出るとは!よかろう。もしも『食人問題』を解決できたのなら、我は全ての国に向けて進軍の撤廃宣言を約束しよう!そしてそなたを『人魔大戦』終結の立役者として紹介し、一国の王として認めよう。」
こうして、俺たちの村と魔族領との会談でいくつかの取り決めが成立した。
一つは、相互不可侵の確認。これで俺たちの村や村人が魔族に襲われることはない。
二つ目は、中立性の確立。俺たちの村がどこか一つの国に味方して動くことはないということ。
三つ目は、戦争の仲裁。『人魔大戦』の仲裁役として、魔王側に対し一定の干渉権を得た。
そして非公式ではあるが、俺の村の食料を魔族側に定期的に売ることも決まった。
ビビりまくって臨んだ会談だったが、何とか終わらせることができたよ。
我ながらよくやった。気絶しなかっただけ偉い。そう自分をほめまくった。