145.会談
「ご紹介します。こちら、我が村の領主、ケイ様でございます。」
「初めまして。ケイです。お招きありがとうございます。」
「魔族領、魔王国国王、ガルーダ族のガルーシュだ。わざわざ呼びつけてすまない。会談に応じてくれた礼を言う。」
魔王は筋骨隆々の大男だった。身長は二メートルくらいだろうか。
ガルーダ族はいわば鳥人間だ。控え室でサラから少し聞いていた。
頭と胴は人間、足は鷲。力強く大空を羽ばたき、強大な魔力で敵も味方も圧倒する、通称『嵐の化身』――。
魔王もそれにたがわず、服で境目は見えないものの、足元は鳥の足だった。そして背中には大きな翼。
手は人間の手だが、爪は見事に鉤爪。しかも鋭い。あれで引っかかれたら俺の皮膚なんか簡単に切り裂かれてしまうだろう。龍のような二本のねじれた角もあり、顔立ちもキリッとしている。
実物を見るとやはり迫力がある。そして怖い。
でも、ここは会談の場。立場は同じだ。怖がったり遜ったりしては向こうのペースに乗せられるだけ。
深呼吸して。落ち着いて。
椅子を勧められて座る。
何人かいた魔族の側近と思われる者も、魔王ガルーシュの「下がれ」の一言で部屋を出た。
残ったのは俺とサラとシリウス。そして魔王側はベリアルともう一人、カラスのように真っ黒な羽の生えた長髪の男性。中性的でとても美しい顔立ちだ。およそ魔王や魔族には似合わないというか。
「彼は魔王の『右腕』として名高い、堕天使・ランベールです。」
サラが小声でそう伝える。
堕天使。天使が堕落した稀少な存在。
魔王の右腕が元天使だなんて、変な感じだ。
「さて、体裁を気にする煩い者たちがいなくなったところで――」
魔王が声を発する。
いよいよ会談が始まる。何を言われるか、少し緊張しながら相手の出方を待つ。
「人間世界では体裁を気にするらしいが、我は人間のように回りくどいやり取りは好かん。互いに腹を割って真実のみを話そう。ゆえに敬語も不要だ。失礼は承知の上だがいかがだろうか?」
「ああ、わかった。俺も王族の体裁とかは正直あんまりわからなかったから、むしろその方が助かる。」
「話の分かる領主だ。ではまず最初に言っておこう。我ら魔王国は、そなたの領地に手を出すことはない。」
「……最初からずいぶんはっきりと宣言してくれるんだな。」
「我とて愚かではない。話によるとそなたの領地には龍族と世界樹、そしてドライアドが居り、すべてがそなたらの味方をしていると聞いている。さらに大精霊の加護を受け、下級精霊を多数従えているとも。」
え、なんで知ってんの?龍はシリウスとアヤナミがベリアルに会ってるから当然だとして、ライア……も、最初に来た時に会ってるな。ドライアドとは名乗ってなかったはずだけど。
でも大精霊の加護とか下級精霊の存在とかは言った覚えがないぞ?
訝しんでいる俺に魔王ガルーシュが「フン」と笑う。
「このベリアルは見た目よりも優秀な男だった、そういうことだ。」
「なるほど。探られていたとは気が付かなかったよ。これから気を付けるとしよう。」
ベリアル。縮こまって飲んだくれてるだけの男じゃなかったのか。
どうやら俺達の目をかいくぐって村のことを色々調べたっぽい。あんまり気分は良くないけれど、そういうことを警戒しなかったこちらの落ち度だ。これからはしっかり対策するとしよう。
「話を戻すが、大精霊の加護を受けた地に手を出すほど馬鹿ではない。神々との戦争など御免だからな。それに、人間のそなたからしたら魔王である我は戦争を好む悪人に見えるかもしれんが、我かて不要な兵は出したくない。」
「そうなのか?あんまり魔王国について知らないから……勘違いしてたよ。」
「まあ中には血気盛んな者も多少……いやかなりいるが、ただでさえ人族との戦争で面倒ごとが多いのだ。これ以上増えることは望まん。」
へえ。なんか意外だな。平和主義の魔王か。見た目は怖いけど、意外と話せばわかる相手かもしれない。
とりあえず、魔王の口から直接「手出ししない」という言葉が聞けたので良かった。
「そっちが手出ししないと約束する限り、こっちも魔族領に手は出さないよ。」
「ああ。ぜひそう願いたい。正直そなたらと戦争になったら、我が魔王軍に勝ち目はない。」
「そんなにハッキリ言っていいのか?」
「現実を直視できないものは早くに滅び去る。魔王として事態を正確に見極めるのは当然の責務だ。」
「確かに。現実に目を向けることは大事だよな。俺も心にとどめておくよ。」
「うむ。領主として心得ておいた方が良いだろう。」
なんか「トップの心得」みたいなものまで教えられてしまった。
「では、両者の不可侵を確認したところで本題に入りたい。」
「本題?」
「そなたの領地は、人族との軍事同盟を結んでいるのか?」
軍事同盟。つまり、戦争に協力する約束のことだ。
俺たちが人間のどこかの国と軍事同盟を結んでいた場合、魔王国は俺たちにとって敵国となる。
不可侵の約束は取り付けていても、間接的に援助をすることは可能だ。
魔王たちからしたら無視できない問題だよな。
「ベリアルから聞いているかもしれないけど、俺たちの村は本当にまだ小さい農村なんだ。森の中にあるからほとんどの人間には認知すらされてない。当然、正式な軍事同盟を結ぶ国なんてないよ。」
「そうか。それを聞いて安心した。」
「こういう正式な会談に呼ばれたのも今日が初めてだ。」
「ふむ。では人間の国と交流はないということだな。であるならば――我が魔王国と、正式に軍事同盟を結ばないか?そうすれば国家として正式に承認しよう。」
「えっ?」
「今の人間と交流はないのだろう?そなたらがいれば人族の制圧など容易い。永かったこの戦争も一気に終結するだろう。」
魔王国と軍事同盟を結ぶということは、人間の国と戦うということだ。敵として。
それはないな。うん。ないない。
人間の国との交流はほとんどないとはいえ、全くではない。現にヘイディスさんたちもいるし。
彼らの敵にはなりたくない。
それに、うちの村の人間だって元々はどこかしらの人間の国で生まれ育ったんだ。
祖国と敵対するなんてことになったら、彼等だって悲しむだろう。
うん。ないない。うちはあくまで中立だ。
「残念だが、それには応じられない。ほとんどないとはいえ多少は人間とつながりもあるし、うちの村の人間も元々は人族の国から来た者たちだ。祖国を敵に回すのは憚られるだろうしな。せっかくの誘いだが、うちは中立を貫くよ。」
「フン。はっきり言うな。まあ良い。ダメもとで言ってみただけで、もとより良い返事は期待していない。それよりも、今の言葉に嘘はないな?」
「今の言葉?」
「『中立を貫く』という言葉だ。そなたらとの同盟は今回は諦めるが、帰ったのちに人間の国相手にやすやすと同盟を組まれてはかなわん。そなたらはこの『人魔大戦』において、どこにも味方をしない、中立の立場を貫くと約束するか?」
ああ、確かに、そこは気になるよな。自分とこの提案断っといて後から来た奴に懐柔された、なんて嫌だろうし。
ま、俺は戦争に関してはどこにも加担する気ないし。
「ああ、安心してくれ。俺は、俺達は『人魔大戦』において中立の対場だ。どこにも味方しない。でも、当然ここにも味方しないからな?」
「まあよかろう。そなたたちの軍がこちらに向かないと知れただけでも十分だ。……本当は人間どもの手垢がつかぬうちに懐柔したかったのだが。そう簡単にはいくまい。」
そういって魔王ガルーシュは置かれていたコーヒーを啜った。へえ、コーヒーなんてあるんだ。
なんとなく休憩タイムのような雰囲気になり、ランベールから「どうぞ」とコーヒーを勧められる。
香りをかいでみても地球でたまに飲むあのコーヒーだ。飲んでみると、かなり強い酸味と苦みが舌に広がった。
うへぇ、にっが。めちゃくちゃ濃いなこのコーヒー。エスプレッソってやつか?
よくこんなの平気で飲めるよ。俺はそっとカップを机に置いた。
「しかし、戦力が見込めないとすれば、まだまだ戦争は終わりそうにないな。」
魔王ガルーシュは物憂げにため息をついた。