144.魔王城へ
ベリアルに会談に臨む旨を伝えると、「ありがとうございます!ありがとうございます!」と泣かんばかりにお礼を言われた。
「これで他の大臣たちから嫌味を言われずにすむ……」とも。
……苦労してんな。ウイスキーを一杯注いでやる。酒のおかげもあってか、一気にベリアルと距離が近づいた気がする。
飲んだくれてそのまま泊まるかと思ったら急いで報告をしなければならないらしく、帰る支度を始めた。手土産にワインを樽で渡しておく。酔っぱらってんだから、気を付けて帰ってくれよ。
どうやらうちに来るのも結構なストレスのようなので、「来た時には酒の一杯くらいお出ししますよ。」と伝えると、「あなたは私の理解者だ!」と握手を求められた。
魔王の側近の懐柔、チョロい。
サラとシリウスが村の入り口まで送ると、「三日後に迎えに来ます」と言い残し、ベリアルは煙とともに消えていった。
ベリアルの迎えが来る前に再び村民会議を行う。
会議の結果、俺とシリウス、サラが行くことになった。
政治や貴族の慣習なんかは俺にはさっぱりわからない。レティシアとエスメラルダにいろいろと教えてもらった。
俺の所作監督としてレティシアも魔王城に行きたがったが、さすがに危ないかもしれないので却下。
その分この三日間できっちり叩き込んでもらう。
「あくまで首脳会談、立場は対等です。不敬すぎても、遜りすぎてもいけません。」
「お辞儀は相手と同じ角度、同じ秒数だけ行ってください。それから――」
とにかく、俺は頑張った。そして、約束の三日後が来た。
ベリアルは”アーマークロウ”という三つ目の大鴉が引く空飛ぶ車に乗ってやってきた。
魔王城へは空を飛んでいくらしい。
こっちもレティシア達に言われて用意している。
小さめの家くらいの馬車、ならぬ龍車。名前の通り、引くのはシリウスだ。
こういうのはある程度の見栄も大事だということで、空を駆ける最上位の生き物、龍を見せびらかすことにした。
こっちに龍がいるってのは向こうにも知られてるっぽいしな。
外見は以前へイディスさんが手配してくれた馬車をもとに、レティシア達の意見も組んでシリウスが魔法で作り上げた。
中も広々としており、俺とサラだけしか乗らないので広すぎて逆に居心地が悪い。
ベリアルの鴉車?が先導しいざ出発。
魔族領は、ギア山脈を越えたさらに向こうにある。その中でも魔王城はずっと先だ。
鴉車はさすがに龍ほどの速度は出ない。昼も夜も休むことなく飛んだ。シリウスが心配になるが、龍の体力ならまあ大丈夫だろう。
そして太陽がすっかり高く昇った頃、ようやく俺たちは魔王城入り口に到着した。
「開門!」
ここからはベリアルについていく。シリウスも人間の姿に戻った。全く疲れていないようで一安心。
魔王城は人間の城や宮殿というよりは、要塞のようだった。何重にも城壁が張られ、中は見えない作りになっている。
七つの高い塔が天に向かって伸びているのが印象的だ。
門や入り口の各所に悪魔?羽の生えたサル?のような石像がある。なんかのシンボルなのだろうか。
「ベリアル、これは?」
「これは『ガーゴイル』です。侵入者が来た時に動き出し、侵入者を排除します。」
「ほぉ。」
さすが魔王城、そういう仕掛けがたくさんあるのね。
というか、勇者でもなかなか来れない魔王城に俺なんかが入っちゃって良いのだろうか。
この城の地図とかガーゴイルのこととか、人間の国からしたら絶対に欲しい情報だよな。
ま、そんなことはしないけどね。面倒ごとに巻き込まれるのはごめんだ。うちは人間よりでも魔族よりでもない、中立でやっていこうと思います。
城の中は静かだった。人っ子一人、魔族っ子一人いない。いつもこんなもんなのかと聞くと、魔族は昼行性と夜行性が半々くらいで、数自体も人間に比べて少ないのだという。
力では圧倒的なはずの魔族が人間相手の戦争に苦戦しているのも、この圧倒的な数の差が原因だとか。
「人間は狩っても狩ってもいつの間にか増えてまたやってきますからねぇ。聞けば自分たちの国民の食い扶持も賄えないというのに、数ばかり増やしてどうするんだか……」
ベリアルがそうこぼす。確かに、農民とかに食料が行き渡らないくらいなら、戦争なんてやめてみんなで畑でも耕せばいいのに。
あとは一応俺に気を使って、城の者はここら辺一帯には立ち寄らないようにしているらしい。
ご配慮、痛み入ります。会談の前に怖い魔族とかにあったら、速攻で帰りたくなるもんな。
「まあ、会談がまとまれば大臣たちの前で公式発表をしますから、その際に皆に会えますよ。」
なんとも不安になる言葉を残し、ベリアルはどんどん進んで行った。
そして、「控室にお使いください。」と、豪華なつくりの小部屋に通される。
身なりを整えたり休憩したりなどして、少し時間がたってから会談に臨むらしい。
ベリアルは後でまた呼びに来るそうなので、とりあえず心の準備をさせてもらおう。
はぁ、緊張する。
「こちらです。」
迎えに来たベリアルはそう言って重々しい扉の前で止まった。真っ黒な鋼鉄の扉はいかにも重そうで、植物や魔物?を模した模様が彫られている。ここに、魔王がいる――。
「魔王様、件の村より客人を連れてまいりました。」
「入れ。」
ズン、と腹に響くような重低音ボイスだ。いかにも強そう。いかにも王様っぽい。
俺、大丈夫だろうか。
レティシアとエスメラルダに教わった内容を頭の中で何度も反芻する。
大丈夫大丈夫、こっちにはシリウスがいるんだし、サラもいるし。
意を決して、俺は部屋の中へ入った。