140.新しい店舗と食堂
移住者の振り分けだが、レティシアはサラと一緒に、俺の秘書や記録係を担当してもらう。
人間世界の生活や常識、国際関係といった政治にも詳しい。さすがは元伯爵令嬢だ。
魔族領のことに詳しいサラ、人間の国について詳しいレティシアで、外交担当もお願いした。
今はまだ、ヘイディスさんくらいしか来ないけどね。
でももしかしたらこの先新しい人がやってくるかもしれないし、魔族側からもこの間の魔人のようなのがやってくるかもしれない。
すべてに俺が出るわけにもいかないし、レティシアやケットシー族曰く「最初からトップが出迎えるのはよろしくない」らしいので、彼女らにお願いしようと思う。
そういえばサラも、ドワーフの面接のときに似たようなことを言って取り次ぎ係に立候補してたっけ。
地球ではただの大学生(中退)で、政治や国際的な儀礼なんかに全く縁がなかった俺としてはピンとこない話だが、村長という立場になった以上、慣れていくしかないのだろう。
……ま、今も口だけ番長みたいなところはあるしね。偉そうにふるまうのは苦手だけど。
エスメラルダは元教育係という経歴を生かして、村の学校の教師になってもらった。
ちなみに校長は長老だ。図書館の管理人もお願いしている。魔法の授業はババ様が担当する。学校は基本的にその三人体制だ。
ちなみに任命して一週間ほど経ったが、エスメラルダの教育力は凄かった。さすがは伯爵家令嬢達の教育を一手に引き受けていた女史。的確な指導と徹底した反復学習で子ども達の読み書き計算力はどんどん伸びていった。生真面目そうな見た目とは裏腹に授業の時はとても面白いらしく、色々な雑学を織り交ぜた話は子ども達に大うけだった。
彼女自身の教育への情熱も素晴らしく、学校が終わると毎日遅くまで次の授業で使う問題集やプリントを作っていた。当然一枚一枚手書き、それを十数枚。しかも難易度や内容を変えて二クラス分。
このままでは腱鞘炎になりそうだったので、エルフ発明家集団に相談して魔導印刷機を作ってもらった。原理はほとんど地球のコピー機と変わらない。
原版を入れて、スイッチを押すと『転写』の魔法が発動し、セットされた紙に印刷される。
さっそく職員室に設置し、エスメラルダに使い方を説明。――まさかの泣かれた。超慌てた。
まあ、何枚も同じものを書く作業がなくなったことで新しい教材の作成に取り掛かれると喜んでくれたのでよしとする。
双子のメイド、ティアとティナはレティシアと同じ記録係と外交担当。どうも控えめなメイドというよりは受付嬢っぽい雰囲気があったからな。聞けばハウスメイドの中でも特別にレティシア付きのメイドとして配置されており、世話係だけでなく話し相手のような役割もあったとか。当然他のメイドよりも教養など様々なことを叩き込まれている。
レティシアも、二人は幼馴染の友人のような存在だと言っていた。
ノーム達に依頼した新しい工房や建物も完成した。
燻製工房にパン屋。燻製工房は道に面した部分は店舗に、その奥が燻製所になっている。イノシシ肉や鹿肉など、様々な肉のベーコンやソーセージ作りにさっそく取り掛かっている。香ばしい香りが漂い、思わず覗きに行きたくなる。これは店舗経営が本格化したら人気店になりそうな予感。
パン屋も店舗一体型だ。グリッシの作るパンはいわゆる『カンパーニュ』と呼ばれる田舎パンだ。天然酵母で発酵させたパンは外はカリッと中はしっとり。マリアさんのパンも美味しかったが、やはり職人が焼くパンは一味違う。グリッシはノーラッド王国のパン職人に弟子入りしてこの技を習得したらしい。『賢者の書』に挟んであったフランスパンや白パンの作り方を教えたらあっという間にものにしてしまった。村人もパン屋から漂ういい香りに抗えず、ついつい買ってしまうとか。
俺も朝から焼き立てのパンが食べられるようになってとても嬉しい。
新しい店舗ではないが、食堂も思い切って新しく建て替えた。
今までの食堂は三十人も入れば座るところがなくなるくらいの小さなものだった。
人口が少ない時は良かったが、人口が増えるにつれて入れないと言う人が増えた。結果、ご飯待ちの列が外にずらりと並ぶ光景をよく目にするようになった。
丘の上の屋敷の大食堂なら二百人以上は入れるが、やはり村人が普段使うのはこの食堂だ。
移住者が来たタイミングで、広い食堂にしよう。村民会議でそう決めたのだ。
ノーム達が一生懸命働いてくれたおかげで、二週間ほどで完成した。
みんなが集まる場所ということで、少し豪華に。板ガラスを使った窓で開放感を出しつつ、ハーフティンバーの暖かみも残す。
以前テレビで見た、南フランスの小洒落た老舗食堂に雰囲気が似ている。
中に入ると、大小様々なテーブル。二人がけ用の小さなものから十人で座れる大テーブルまである。
暖炉もしっかり取り付けているため冬でも暖かいだろう。
厨房もグッと広くした。以前のL字型から屋敷の厨房と同じアイランド型にチェンジ。大型の魔導コンロも六口分設置。これで大人数で料理をしてもぶつかることは無いし、それぞれの作業をする場所が狭い、なんてことも無くなるだろう。
厨房の奥には冷凍室、冷蔵室も完備。これで毎日大量の食材を運びいれなくてすむ。
新しくなった食堂に、マリアさんは「まあまあまあまあ!」と「まあ」が止まらない。
エルヴィラも目が回りそうなほどあちこちを見回し、ガストンとマルセルに関しては本当に自分達が触ってもいいのか不安そうに遠慮がちに扉を開いたりテーブルに触れたりしている。
「どう?これでお客さん捌けそうかな?」
「どうなんてものじゃないです村長!素晴らしいです!!」
「こんな立派な食堂、私なんかに任せてもらって良いのかしらぁ?」
「何言ってるんだよ。マリアさんにしか任せられないだろ?」
「うふふ、ありがとうねぇ。美味しいもの、いっぱい作らなくちゃ。」
「こんなの……ありえねぇ……。」
「アンタ……あたしは夢でも見てるのかい?」
「二人もここのスタッフなんだから、しっかり頼むよ!みんなも期待してるんだからね!」
「は、はい、村長!」
「しっかりやりますよ!」
良し、良い返事だ。
新しくオープンした食堂には、早速みんなが詰めかけた。
席が多くなった分給仕の仕事も増え、急遽ティアとティナに給仕に入ってもらったほどだ。
……しばらくはティアとティナの仕事は食堂の給仕ってことにしとこうかな。