137.契約、そして帰宅
オットー氏を呼び、本格的にレティシア達の売買契約を交わす。
レティシアの値段は金貨770枚。世話係の三人は150枚とちょっとだった。
見た目の良さと貴族という肩書で一人だけ飛びぬけているな。まあ、貴族ならいろいろな教育も受けているだろうし、技能的にも申し分ないのか。
世話係も奴隷に任されがちな家事を日常的に行うプロとして高い値がつけられている。
それでも払えない額ではない。こっちはオルトロスとキメラでガッポリもうけさせてもらっていますからね!
金貨のタワーをいくつも積み上げ、きっちりお支払いする。
レティシア達の鎖も外され、晴れて契約成立だ。
「ありがとうございました。いやぁ、ケイ様、羽振りがよろしいようで。」
「人手はいくらあってもいいですからね。」
「奴隷がご入用の際はいつでもお越しください。ケイ様でしたら紹介状は不要でございます。」
「ありがとうございます。それでは。」
初買にして超太客となってしまった俺は、馬車から姿が見えなくなるまでオットー氏に頭を下げられ見送られた。
ちなみに奴隷達はヘイディスさんが手配してくれた乗合馬車のような大型馬車に乗っている。
なんでもレティシア達と話している間に、買った奴隷二十一名が乗れるようにと連絡してくれたらしい。
さすがヘイディスさん。いろんなところに気が回る。正直俺は後のことなんて何も考えていなかったよ。
馬車は一旦オルディス商会に行き、オルディス氏に挨拶をしてから俺達は発つ予定だ。
来た時と同じく十分ほど馬車に乗ると、オルディス商会本店の大きな建物が見えた。
俺とヘイディスさん、アヤナミだけが中に入り、シリウスは奴隷達と馬車で待機してもらう。
中に入ると、すぐにオルディス氏がこちらにやって来た。
「ケイ殿、昨日はせっかくお越し頂いたのに申し訳ありませんでした。」
「いえいえ、お忙しいのは承知の上ですから。」
「それに、キメラを始めとする取引も。本当にケイ殿と知り合えた私どもは実に幸運です。」
「こちらこそ、剥製の処理までありがとうございました。また変わったものが手に入ったらご連絡しますので、その時はよろしくお願いします。」
「勿論ですよ。ここで手を引くようでは商人としてやって行けませんからな。愚息も最近では遠方の商売にもますます意欲的になり……これもケイ殿のおかげですな。」
「いやいや……ヘイディスさんの努力の賜物です。」
「今回はいつまでこちらに?」
「実はもう帰ろうと思い、それでここへ。」
「そうですか、名残はつきませんが、どうかお気をつけて。またお手紙お待ちしておりますよ。」
「はい、お世話になりました。ではこれで失礼します。」
「ケイさん、申し訳ない。私も今から他の約束がありますもので。馬車の御者はカストルとポルコに任せております。人目につかない森へも安全に連れていってくれるはずです。」
「そうですか。色々とありがとうございました。馬車の手配まで……感謝します。」
「とんでもない!またお手伝い出来ることがあればなんでもどうぞ。ケイさんが絡むと、面白い展開になりますからね!」
「いやいや……」
「では、慌ただしいですが失礼します。どうぞお気をつけて!」
そういうとヘイディスさんは店の奥へ戻って行った。
本当に忙しい中、色々付き合って教えてくれたんだな。
色々詳しいし、気が利くし。本当に頼りになる人だ。
俺は馬車の方へと向かう。
奴隷達は二台に別れて乗っており、俺も一緒に乗り込む。
馬車は大通りを通り抜け、町のはずれを目指す。目的地はキークスにほど近い森だ。
帰りはシリウス達の転移魔法で帰る予定だから、人目につかない場所を探す必要がある。
森の中なら大人数を転移させても人に見られることはないだろう。
オルディス商会の空き部屋を貸してもらおうかとも考えたが、さすがにお邪魔になりそうなのでやめた。
大量の奴隷が運び込まれ、それきり出てこないなんて噂がたったら申し訳ないしね。
二時間ほど馬車に乗り、キークスの町を出ると、こんもりとした緑の森が見えた。
森の入り口で馬車を止め、俺達は降りる。
カストルとポルコにお礼を言うと、二人は丁寧に頭を下げて引き返していった。
連れてこられた奴隷達は不安そうだ。無理もない、何も知らされずこんな森の中に連れてこられたんだから。
俺は皆に集まるように言い、「コホン」と咳払いする。
「今から俺達の村に連れて帰るわけだけれども、その前に今から言うことをよく頭に入れておいてほしい。まず、俺達の村はオルテア王国にはない。山を越え森を超えた先――人々からは、”暗黒の森”と呼ばれる場所の真ん中にある。そこでは人間は勿論、鬼人やエルフやドワーフなど、色々な種族が暮らしている。当然どの種族も立場は平等だ。見下したり、敵対したりすることのないように。」
ここまでの反応を見る。みんな真剣に聞いてくれているようだ。そして、他の種族についても驚きはしていたが怖がったり嫌がったりするそぶりは見せなかった。まあ、ヘイディスさん曰くオルテア王国は比較的人族以外の種族に対して寛容と言っていたからな。奴隷達の中にも獣人とみられる耳としっぽの生えた者が何人かいる。彼らは人族以外も平等と言われたことに対して少し安心しているようだ。
「次に、村に着いたら、君達は『奴隷』としてではなく、『村民』として扱う。畑や工房で働き、村の発展のために力を尽くしてほしい。」
「あの……奴隷の買い戻しには買取時の二倍の額をご主人様に支払わねばなりません。」
「それはそうだが、君達をどう扱うかについては俺に一任されている。普通の村人として税金を納めてくれれば文句は言わないよ。」
「しかし……」
「ケイ様、発言してもよろしいでしょうか?」
「何だ、シリウス。」
「奴隷という身分は一応残したまま、彼らに賃金を伴う労働に加わってもらうのはいかがでしょう。村の仕事に着けば何かしらの給金は入ります。彼等には税金の他に、自らの買い戻し金を納めてもらうというのは?」
確かに、制度上身分を買い戻すのに金が必要なら、税金の他に別途納めてもらうか。
何もないのにすぐ解放、なんてしたら、一人の村人にタダで大金を与えてしまうことになり他の村人が不平等に感じるかもしれない。
「じゃあ、君達は税金の他に別途『買い戻し金』を納めてくれ。いわば借金返済だ。毎年の『買い戻し金』はいくらでも構わないが、必ず金貨一枚以上は納めること。」
「ど、どうかご容赦を……!金貨一枚など、我々奴隷がとても払える金額ではございません……!しかも税金も支払うとなれば……」
「でしたら、私は奴隷のままで良いです!どうかお許しください!」
口々に懇願される。
……え?金貨一枚ってそんな大金?いや大金っちゃあ大金だけど、小麦だったら麻袋(特大)二つで金貨一枚くらいにはなるけど。畑やってたら、たぶん楽勝だよ。
「……ちなみにみんなの今までの年収ってどのくらいだった?」
「農民の私は、せいぜい金貨二、三枚が限界でした。」
「うちもです。」
「うちもそのくらいで、食糧を買ってしまうとほとんど残りません。野草を探して食いつないでおりました。」
農民出身者は年収金貨三枚。まじかこれ。
ちなみにパン職人や食堂経営も金貨四、五枚で、店が立ち行かなくなり奴隷契約したんだと。
……みんな苦労したんだな。
「みんな苦労したんだな……大丈夫だ。うちの村は農民でもかなり稼げる。金貨一枚は楽勝なはずだ。それでもどうしようもなくなったら俺に相談してくれ。」
俺の言葉に半信半疑だったが、相談もありだということで納得してもらえた。まあ、奴隷に拒否権なんて無いのだろうけど。
「あ、あと、どの職業も――農民だろうと職人だろうと商人だろうと、扱いは平等だから。職業に貴賎なし!OK?」
全員コクリと頷く。まあ、ここにいる人達はどちらかというと虐げられる側だからな。
自分達を保護してくれる決まりに文句を言う奴はいない。
「じゃあ、みんなぎゅっと集まって。シリウス、頼むよ。」
「お任せください。」
周囲に砂塵が舞い、俺達は村へ転移した。