136.特別な奴隷
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「連れてきやした。」
ノックと共にマクシムの声が聞こえ、ドアを開けて入ってくる。
マクシムは四人の奴隷を連れていた。そのうち三人は俺が買った人達と同じ、粗末な服に身を包んだ女性だ。
だが、そのうちの一人だけ、明らかに違っていた。
「どうです?美しいでしょう?」
女性――年齢的には俺と同じくらいか、少し下かもしれない。
繊細なシルクのドレスに身を包んだその姿は気品にあふれ、この場にそぐわない清廉な美しさを放っていた。
よく見るとドレスの裾は汚れているし、疲れた顔をしてはいるが、俯くこともなくまっすぐに前を見るその顔は気高さすら感じさせるほどだ。
腰まで伸びる絹糸のような桃色の髪と淡いピンクの瞳。桜色の唇。
普段からエルフ達美女軍団と接している俺でも、かなりの美人だと認めざるを得ない顔立ちだった。
「コンラッドレ王国の没落貴族の娘だとかで、見目麗しく教養もあり、愛玩してもよし、性奴隷にするもよし、なんなら二番目三番目の妻として置いておくもよし。今なら世話係の三人もいますから、まとめて買い上げてしまうのがおすすめです。」
世話係の三人は心配そうに貴族のお嬢様を見つめている。あ、元貴族か。いいやどうでも。
そのうち二人は双子なのだろう。目の色こそ違うが、顔立ちと言い背格好と言いそっくりだ。
もう一人の女性は三人に比べると年配で、お母さんだろうか。意志の強そうな顔立ちだ。
「なんで貴族が奴隷に?」
「稀にあることなんですよ。家が没落して、逃げ延びたものの食べ物や住む場所に困って……など。もちろん希少品ですのでそれなりに値は張りますが。いかがでしょう?見目麗しい貴族ともなれば人気ですから、次にいらしたときにはご紹介できないかと思われます。」
確かに希少なんだろうけど、今の村に求めているのは労働力だ。
か弱い貴族のお姫様を迎え入れたところで、扱いに困りそうだよなぁ。
とりあえず、目の前で俺から目をそらさない令嬢に話しかけてみる。
「……君はどう思う?」
「売られた時点で覚悟はできております。命さえあれば、あとは如何様にも。」
俺の目を見てはっきりと口に出す。けっして取り乱したり、自暴自棄になったりとかじゃない。本当に覚悟をしている口調だ。その姿は決してか弱いお姫様なんかには見えなかった。
……ちょっと興味深いな、この子。村に連れていくかどうかはまだわからないけど、もう少し話してみたい。
「オットー氏、すみませんが彼女らと俺だけにしてもらえませんか?」
「構いませんが、商品に手は出さないでくださいね。」
「ははは、まさか。どんな仕事ができるか話すだけですよ。」
「それなら、私共は隣の部屋にて待機しておりますのでお声をおかけください。」
そういうとオットー氏はマクシムと奴隷達、ヘイディスさんを連れて部屋を出た。
残されたのは俺と貴族令嬢、世話係の三人、シリウスとアヤナミは相変わらず後ろに控えている。
「……まあ、座ったら?」
俺の言葉に黙って椅子に腰かける。世話係三人はシリウス達と同じように令嬢の後ろに立っている。
「レティシア・ブロワ、ね。コンラッドレ王国出身か。」
契約書を見ながら名前を読み上げる。なんかこうなると本当に面接みたいだな。
コンラッドレ王国って確か、ナントカ子爵がいたところだよな。国中で戦争をして王国が崩壊寸前って、本当だったみたいだな。
「正直な話、たぶん君を買えるだけのお金はある。後ろの三人も。ただ、うちは貴族の屋敷とか商店じゃない。村の開拓要員として連れていく。しかもちょっと特殊なところだ。そのことについて、君はどう思う?」
「先ほども申しました通り、奴隷となった時点で覚悟はできております。今更貴族の暮らしができるとは思ってもいませんし、したいとも思いません。農地でも鉱山でも、そこらに捨て置くも、ご自由にどうぞ。どのような環境でも、私は生き抜いて見せますから。」
強いな。「どのような環境でも、生き抜いて見せる」か。貴族のお嬢様ってこんなたくましい感じなの?それともこの子が特別気が強いだけ?
まあ、なんでもやるってのは良いけど、何ができるかだよな。
「……特殊な地、というのは、魔族領ですか?」
「へ?」
「後ろのお二人、ただの従者には見えないので。もしかしたら魔人ではないかと。あなたの髪と目も、その、珍しい色ですし。」
「ああ、確かに俺の見た目はここらへんじゃ珍しいかもしれないけれど、魔族ではないよ。」
「そうですか。大変失礼しました。」
「……それに近しいものが住んでるって言ったら、レティシアはどうする?」
魔族ではないがエルフやドワーフと言った魔族みたいな種族も住んでいるし、コボルトやケットシーもいる。そして、人間達が恐れる鬼人も。
さらには精霊達も無数。こんな村、人間の国の貴族のお嬢様が受け入れられるもんなのか。今は落ち着いて平気そうでも、向こうに行ってから騒がれても困るしな。
「……正直、素敵だと思います。」
「え?怖いとかないのか?」
「魔族は恐ろしいものと教えられてきましたが……実際に見たわけではありませんし。それに、今ではある意味人間の方がよほど恐ろしい。戦火を逃れている間ずっとそう思っておりました。」
「……良かったら、君の話を聞かせてくれないかな?」
レティシアによると、彼女はコンラッドレ王国の東の方に領地を持つブロワ伯爵家の次女だという。
王国は現在隣接するノーラッド王国、レストイア王国、フィアーノ王国と戦争をしており、また魔族達も時折攻めてくる。内政もぐちゃぐちゃで、国の各地では内乱が起こっている。
その戦争と内乱によってブロワ伯爵領は陥落。没落したブロワ家は母と娘二人、そして数人の使用人を隣国に逃がし、父と長男は戦争に行ったという。
逃がされた女達は戦火をかいくぐり、何とかオルテア王国にたどり着いたらしい。
「え、じゃあ、お母さんとお姉さんは今どこに?」
「……私は、母と姉によって売られたのです。」
難民として逃げたはいいものの、持って来た路銀は長旅でほとんど底をついてしまった。オルテア王国国境沿いの町で家を借りて暮らすも、あと数年と持たないだろう。もちろん節約をして切り詰めていけば充分何とかなったかもしれないが、長い間貴族の妻として贅沢を覚えてしまった母にそんなことは受け入れられなかった。いつの日か伯爵家を取り戻すことを夢見ながら、現実を受け入れられず労働にも手を付けられない。使用人達が必死で働くも入ってくるお金は微々たるものだった。
そんな時、オットー人材斡旋所の仕入れ人が近くを通りかかり、使用人の一人に奴隷契約の話をした。
そして、母はまとまったお金を手に入れるために次女レティシアを奴隷として売った。レティシアの世話係で身を案じていたメイドの二人と、教育係の一人がレティシアについていくため自ら奴隷契約を志願した。
「ひどいな。なんでレティシアを……」
「次男・次女とはそういうものです。何かあったときのスペアでしかありません。お姉様は将来どこかの貴族と婚姻関係を結び、我が家の後ろ盾になってもらうという役割があります。口減らしをするとすれば私の方でしょう。」
「レティシアはそれでいいのか?」
「幼少期よりそのような扱いを受けておりましたから、何となく想像はしておりました。むしろ後ろの三人が私についてきてくれたことに驚いています。」
「お嬢様!何を当然のことを!幼少期からどれほどあなたを気にかけてきたか……!」
「そうです!お嬢様のお世話をするのが私の使命です。どこまでもついていきますとも!」
「我々がお嬢様をお守りします!!」
「……ありがとう。」
思ったより、複雑な家庭環境だったようだ。
戦争に巻き込まれただけでもつらいのに、実の親に奴隷に売られるとか。
それでもこの気高さを保っているんだからすごい。相当強くないとできないことだと思う。
「レティシア、俺と一緒に行かないか?」
「え?」
「正直まだ開拓途中の村だけど、ここよりはましなはずだ。貴族じゃなくなってもいいって言うなら、俺と、俺達と一緒に村で暮らそう。」
「……貴族の名はもう捨てました。今はただのレティシアです。家にも一切未練はありません。」
「じゃあ」
「どの程度お役に立てるかはわかりませんが、精一杯務めを果たします。ご主人様、どうぞよろしくお願いいたします。」
「ああ、みんなで村を発展させて、元いた町なんか軽く超えるくらい良い町にしよう!」