135.奴隷との契約
しばらく待っていると、マクシムは二十人程の奴隷を連れてきた。
全体的に年が若い。十二歳~三十歳くらいの人がほとんどだ。
みんな一様に粗末な服を着ており、手足には鎖が巻かれている。見ているだけで心が痛くなる光景だ。
ただ、健康状態は悪くないらしく、極度にやせ細ったり顔色が悪かったりするものはいなかった。他の奴隷商を見ていないので比較はできないが、それなりに丁寧に扱われているというのは本当らしい。
ただ、その顔はみんな不安そうだ。すがるような目でこっちを見る者や、俯いて床を一心に見つめる者。
無理もないか。これで自分の運命が決まるのだから。無事に主人に買ってもらえるか。そしてその主人が自分を大切に扱ってくれるか。すべては買い手次第。奴隷達からしたら”運”でしかないのだ。
「まず商店関連だが、こいつは昔パン職人をやっていたからパンが焼ける。こいつらは夫婦で食堂を営んでた。こいつは――」
マクシムが連れてきた人達は、奴隷になる前に様々な職に就いていた。パン職人、燻製職人、食堂経営、陶工や鍛冶場の見習い、中には伯楽という、馬の専門家みたいな人もいた。農民出身の奴隷達も、男性は力が強かったり、畑仕事の知識が豊富だったり。女性は機織りが得意な人が多かった。
ふむ。見たところ良さそうな人達ばかりだ。パンや燻製の店が村にできたらマリアさん達の負担が減るし、食堂を経営してたならそのままマリアさんのところで働けるな。
見習いとはいえ、陶工や鍛冶職人がいるのもありがたい。村に陶器づくりが生まれるのは大きいからな。鍛冶職人はドワーフ達に弟子入りさせようか。
伯楽。馬はうちにはいないが、他の家畜のこともわかるんだろうか。もしわかるなら、獣医として雇うのも大いにありだと思う。
農民出身者達も畑仕事の大きな戦力になりそうだし、機織りができるのは心強い。
「ヘイディスさん。俺奴隷を買うの初めてなんですけど、なんか気を付けといた方がいいことってありますか?」
「そうですね。健康状態を確認しとくのは大切ですね。仕事をさせるのに支障がないか、すぐに倒れたり死んだりしないかなど。まあマクシムの見立てならそんなことにはならないでしょうが。」
「なるほど。」
「ったく、そんなクソみてぇな商品俺が出すわけねぇだろ。どいつもこいつも仕事にゃ問題ねえ。……しいて言えば、こいつは夜咳をしていることがあるから寿命は短いかもな。その分安くしとくぜ。」
「――っ!大丈夫です!長く働けます!ですからどうか――!」
咳を指摘された女性は血相を変えて必死に訴えてきた。跪き、許しを請うように俺を見る。
しかし「勝手に動くんじゃねぇ!ちゃんと並んでろ!」とマクシムに列に戻された。
咳ねぇ……文明度的に結核かなんかの初期症状かもな。でもそれならうちのヒールポーションやアヤナミの魔法で一発だろう。特に問題はない。
というか、一応買った奴隷全員にアヤナミの治癒魔法受けさせとくか。もしかしたら今までの過酷な環境でどっか悪くしてるかもしれないし。
「よしっ。じゃ、全員買います。」
「……は?全員??」
「……?ダメだった?」
「いや、ダメじゃねぇけど……。」
何人か選んで……だとばかり思っていたマクシムは、「全員」という言葉にキョトンとする。
同時に、ヘイディスさんが笑い出した。
「はっはっはっ!さすがはケイさん。まさか全員買おうとは驚きました。しかし、その大胆なところ、私は好きですよ!」
「と、とにかく、ちょっと待っとけ!」
そう言うとマクシムは急いで出ていった。
数分もしないうちに、オットー氏と共に戻ってきた。
オットー氏もいささか焦ったように俺の顔を見る。
「マクシムから、この部屋の奴隷を全て買う、と聞いたのですが、お間違いありませんかな?」
「はい、全員ください。……あ、お金ってどれくらいになりますか?」
そうだ、お金の問題がある。一応村のお金のほとんどを持ち出してきたけど、奴隷って一人いくらくらいなんだろう。
ここにいる奴隷は全部で二十一人。全員分に足りるだろうか。
「では、お取引についてご説明いたしますのでまずはおかけください。」
そう言って、オットー氏は説明を始めた。
奴隷の所有権は契約書にサインをした時から契約者の物になる。もちろんどう扱おうが主人の自由だ。たとえ殺してもとがめられることはない。基本として、奴隷は『物』扱いのため、税金はかからない。返品・交換は不可能。
ここで売られているのは契約奴隷のため、奴隷自身が自分を奴隷の身分から買い戻すこともできる。その場合、契約時の自分の値段の倍の額を主人に支払うこと。買戻しに関するトラブルは奴隷商は一切関与しない。
なるほど、契約奴隷は「買い戻せる」というメリットがあるんだな。主人によってはわずかな給金や施しを与えることもあるらしく、それらを積み立てて奴隷の身分から解放されたというケースもあるという。もちろん途方もない時間がかかる話ではあるが。『強制奴隷』や『犯罪奴隷』にはないシステムだ。
値段については、一人一人の能力や年齢、身体的特徴によってかなり変わってくるらしい。
マクシムに渡された羊皮紙の束を見る。それはここにいる奴隷達の契約書だった。名前、性別、種族、年齢、職歴、特技、その他特筆事項、そして値段。
ざっと見た限り、安い人で金貨三十枚ちょっと、高い人で金貨七十枚弱ってところだな。
それにしても、人間の値段がうちの大樽のビールより安いなんて。やはり世知辛い世の中だ。
とはいえ、これで全員買えることはわかった。契約書に従い、一人一人の顔を確認してサインしていく。
見た目的にただの村人で激しめの主人でないことに安心したのか、契約時には祈るように頭を下げる人が多かった。
心配しなくても、そんな鞭打ったり石投げたりはしないから安心しな。
「……では、この契約を持ちましてここにいる二十一名はケイ様の所有奴隷となりました。お買い上げありがとうございました。」
「こちらこそ、良い人材を紹介してくださってありがとうございました。」
オットー氏の言葉に合わせ、マクシムが奴隷達の鎖をはずす。鉄製の首輪だけははずされることはなかった。これが「奴隷である」ということの証らしい。ちなみに契約時に首輪に俺の名前が彫り込まれているので、だれが主人か一発でわかる。
「して、ケイ様。失礼ですが、ご予算に余裕はありますでしょうか?」
「へ?」
「ケイ様も立派なうちのお得意様。そして先ほどの事故のお礼も兼ねまして、『特別な奴隷』をお見せしようかと。」
「特別な奴隷?」
「はい。特別なお客様だけにお見せしようと思っていた商品で。きっと気に入っていただけるかと。マクシム。」
「へい。」
マクシムが再び部屋を出ていった。
特別な奴隷。一体何なんだろう。