133.世知辛い世の中
「ケイさん、こちらです。」
「ここが……」
オルディス商会の本店に向かうと、従業員がすぐにヘイディスさんを呼びに行ってくれた。
中を見渡しながら待っていると、「お待たせいたしました。」とやってくる。
そのまま馬車に乗せられ、(荷馬車ではなくちゃんと人を乗せる用の立派な奴だ)十分ほど進んだだろうか。
賑やかな大通りからは少し離れたそこに、目的の店はあった。
”オットー人材斡旋所”
見た目は何の変哲もない店だ。むしろ普通の商店よりもかなり大きい建物で、大店なんだなということがわかる。
馬車を降りて入り口に向かう。入り口には大柄でゴツい人が待ち構えていた。恐らく用心棒だろう。
「オルディス商会のヘイディスです。そちらに連絡が言っていると思いますが。」
「……中へお入りください。」
ヘイディスさんが何やら手紙のようなものを見せると、用心棒は大人しく道を開けた。
中に入ると仕立ての良い服を着たキツめの顔立ちの兄ちゃんが「こちらへどうぞ。」と案内してくれる。
な、なんかドラマで見た裏社会の事務所っぽいんですけど……ヘイディスさん、こんなのとつながりあって大丈夫なのか?
二階にはずらりと扉が並んでおり、すべてが客のための個室のようだ。
奴隷取引というのは客のプライバシーがかなり配慮されるらしい。まあ、さすがに市場でたたき売りするわけにもいかんわな。
「……しばらくお待ちください。会頭をお呼びします。」
そう言って兄ちゃんは去っていく。
俺はふかふかの椅子に座り、緊張しながらヘイディスさんに話しかける。
「ヘイディスさん、こういう職種の方とも知り合いなんですね……めっちゃ裏稼業って感じがしますけど……。」
「ははは、まあ、奴隷商なんて正真正銘の裏稼業ですからねえ。しかし、以前も言った通りここは奴隷商の中でもかなり扱いが良く、また質の良い奴隷を取りそろえていることで買い手からしたら人気店でもありますよ。」
「質の良し悪しとかもあるんですね。」
「もちろんです。一般的に何か技能を持っていたり、教養を身に着けていたり、身体能力の高いものだったり、見た目が良いものだったり、色々な意味で”即戦力”となるのは質が良いと言われています。逆に栄養不良で体が弱かったり、小さな子供だったり、教養や特技のないものは安く売り買いされます。残念ですが大半の奴隷商は”質”より”量”を求めるため、体の弱った奴隷を大量に売りつけて売り上げを伸ばすというのが実情です。技能や教養は習得までに時間がかかりますからね。」
「当然”質の悪い”奴隷たちは待遇も悪いですよね……。」
「はい。中には家畜以下の扱いを受け、最低限の食べ物しか与えられない奴隷もいます。最悪の場合、売られてすぐ、又は契約前に死んでしまうものも……。」
「そうなんですね……。」
ここは地球ではない、文明も発達していない世界。とはいえ、同じ人間でもこんなに差があるなんて。
何とも世知辛い世の中だが、ここはそういう世界なのだ。
俺にできることは少ない。だったらせめて、その出来ることの中で出来ることを精一杯やっていこう。
今の村人と未来の俺が笑って暮らせるようなそんな村を作ろう。
そして余裕がある限り、困っている周りの人に手を差し伸べよう。
「お待たせして申し訳ない。会頭のオットーです。」
「オットーさん、わざわざこちらにまで来てくれるとは。」
「ほかならぬオルディス商会からのお客ですからね。今回は新しい従業員を?」
「いえ、今日は私の友人の買い付けの手伝いを。こちら、私の友人のケイさんです。」
「初めまして、ケイです。」
「そうでしたか。きっとケイ様にもご満足いただけると思います。」
オットー氏はグレーヘアを七三に整えた、一見柔和そうな初老の男性だ。しかし、その眼光は鋭く、ただ者ではないことがわかる。さすが裏稼業の奴隷商でのし上がって来ただけのことはある。
「早速ですが、どのような奴隷をお探しで?」
「えっと、村を開拓しているんですが人手不足で……」
「となると、農民ですかな?」
「商店とかも始めたので、そういう経験がある人、あとはいろんな技能がある人がいれば。」
「なるほど。かしこまりました。斡旋係に何人か見繕わせますので少々お待ちください。」
「そういえばオットーさん、マクシムはここにいますか?」
「え?ええ、おりますが、あれは口が悪くお客様の前に出せる人間では……」
「大丈夫です。あいつとは昔馴染みなんで。せっかくなんでマクシムを呼んでもらえます?」
「かしこまりました。」
隙のない動きで足早に部屋を出ていくオットー氏。
残された俺はヘイディスさんに尋ねる。
「マクシムって?」
「ああ、私の昔馴染みで、今はここの斡旋係をしているんですよ。オットーさんの言う通り言葉は乱暴ですが、人材を見抜く確かな目を持っていてなかなか仕事の出来る奴なんです。」
「へぇ……。」
そんなことを話していると、コンコンッというノックと共にオットー氏と小柄な男が入ってきた。
短髪にキツイ目つきはいかにもガラが悪そうだ。てか、チンピラ?
「マクシムをお連れしました。」
「ありがとうございます。あとは彼に案内してもらいますので……オットーさんも忙しいでしょう?」
「お気遣いありがとうございます。何かありましたらいつでもお呼びください。……失礼のないようにな。」
マクシムに小声で言いつけると、オットー氏は出ていった。
「久しぶりだな。元気そうじゃないか。」
「んだオメェこんなとこまで来やがって。こちとら忙しいんだよ。」
「まあそう言うなって。今回は客として来てるんだから。こちらが今回奴隷の買い付けを希望しているケイさんだ。」
「あ、どうも。初めまして。」
「……見たところただの農民にしか見えねぇが、金はあんだろうな。」
「一応は……。」
「うちはな、いい奴隷を紹介してやる代わりに金はきっちりとるぞ!安く買いたたこうってんなら他をあたりな!」
「おい、失礼なこと言うな。こう見えてうちの重要取引相手の一人だぞ。」
昔馴染みというのは本当らしい。ヘイディスさんがこんなに砕けた口調で話しているのは初めて見た。
そしてこのマクシムという男。口が悪いというのも本当だな。一応客として来てるのに言いたい放題、こりゃオットー氏が客の前に出したがらないのもわかるな。
あと、ヘイディスさんも「こう見えて」って……良いんだけどね、別に。
「重要取引相手」という言葉を聞いて驚いた顔をしたマクシム。「へぇ、この男がねぇ……。」と値踏みするように俺を見る。
あ、ヤバい。後方に立っているシリウスから殺気が漏れ出している気がする。後ろを振り返り、シリウスとアヤナミに小さな声で「だめ!」と注意する。
その声を聞きつけたマクシムがシリウスとアヤナミの方を見る。そして、わかりやすく驚いた顔をした。
「おいおい、そっちの兄ちゃん姉ちゃんはすげえな。たぶん魔法使い、しかもかなりの能力者と見た。……こんなのを二人も連れてるってことはオメェもそこそこのやり手ってことか。見えねぇけど。」
いちいち失礼な奴だが、シリウスとアヤナミの凄さに一瞬で気が付くとは。しかも魔法が使えるとかわかるんだ。
見る目があるというのは本当らしい。……さすがに二人が龍であることは見抜けなかったみたいだけどね。
「まあいい。金さえ払えば文句は言わねぇ。んで、どんなのを探してんだ?」
「ああ、村の開拓をしていて、いろんな職業や技能を持った人を探してるんだ。」
「あぁーん、それなら――
ドオオオォォォオオオン!!!!!ガタガタガタガタッ!!!!
突然の轟音が響き渡り、地震のように床が揺れた。