131.相談
「おはようございます。朝早くから申し訳ない。」
「おはようございます。こちらこそ、わざわざ挨拶になんて……」
翌朝、ヘイディスさんが屋敷を訪ねてきた。
朝のうちに旅立つ予定なので俺に挨拶に来たのだという。ご丁寧に申し訳ない。
朝ごはんもまだだというので、食堂で一緒に食べようと誘った。
最初は恐縮していたが、うちの料理を食べる機会がしばらく先になるということでみんなご相伴にあずかることに。
もちろん『暁』のみなさんも、下働きの二人も一緒だ。
「そういえば、住人が増えたんですね。」
「見慣れない顔があったよな。」
「コボルトなんて前回は見なかったもんなぁ。」
「コボルトだけじゃなくケットシーも俺見ましたよ!」
「ああ、彼らも春先にここへ来たんですよ。」
「また珍しい種族を受け入れましたね。」
「そうなんですか?どうやらこの森にすむご近所さんだったようで。」
「ま、こんな森の真ん中に住める時点で旦那も相当珍しいけどな。」
「言えてる。そりゃコボルトもケットシーも集まるよ。」
「ははは……」
人を珍しい種族扱いするのはやめていただきたい。俺はれっきとした人間だ。
「でも、移民を受け入れるのは大変じゃないですか?食料問題や仕事の問題もあるでしょう?」
「うちは世界樹のおかげで食料は潤沢なもので。それこそ売るくらいありますからね。仕事も常に人不足で人材を求めていたくらいですから逆にありがたいです。」
そう、この村に必要なのは人手だ。
食料や住居は世界樹や下級精霊達のおかげで何とかなる。
村の更なる発展のために必要なのは、マンパワーなのだ。
「伝説でしか聞いたことがなかったけど、やっぱ世界樹ってとんでもないんだな。」
「売るほど食料があって、飢えることがない。良いよな。」
「俺らは冒険者として上手くやってってるけど、やっぱ街中には仕事も家もねえ浮浪者がうろついてるもんな。」
「そうそう。可哀想ではあるけど、こっちもそんなに余裕があるわけじゃねぇし。」
「ただの浮浪者ならまあたまには助けてやろうかなってなるけど、犯罪に走りやがるとなぁ……生きるために仕方なくやってんのかもしれねぇが、こっちとしちゃ手を差し伸べる気も無くなるよな。」
「キークスでもそういうのが多いんですか?」
「ああ、旦那が寄った場所にはいなかったか?」
「大通りくらいしか見てないので……」
「ちょっと下町に出ると、結構いるんだよ。特に最近増えてな。」
「隣の小国群がいつまでも小競り合いしてるからなぁ。迷惑な話だぜ。」
なんでも、近隣の小国群があらゆるところで戦争をしている影響で、周辺国に難民が溢れ出して問題になっているらしい。
難民問題か。確か地球でもやっていた。戦火を逃れて他国に保護を求めるも、なかなか仕事も家も見つからず困っているんだよな。中にはひったくりなんかの犯罪を犯して金を得て生活することもあるとか。
他国としても支援はしたいが、数が多く行き届かないとニュースでやっていた。
この世界でもそうなんだろう。むしろ、他国からの支援なんて無さそうだからもっと大変かもしれない。
「ふーん、大変なんですね……。」
「旦那もうちの国に来る時は、変なのに絡まれねぇように気をつけた方がいいぜ。」
「まあシリウス様がいる限り安全だろうけどな。」
「あはは……だといいですね。」
「……ケイさん、ひとつ相談があるのですが。」
ずっと黙っていたヘイディスさんが突然口を開いた。
「どうしたんですか?」
「奴隷を買う気はありませんか?」
「ええ!?」
いきなりの発言、しかも『奴隷』だって?
どうしたヘイディスさん。てか、やっぱりここにも『奴隷制』ってあるのね。
うちはそういうのはちょっと……
慌てて断ろうとすると、「失礼しました。」と謝られた。
「さすがにいきなりすぎてびっくりしましたよね。」
「いや、あの、うちはそういうのは」
「まあ聞いてくださいよ。ケイさんにとっても悪い話じゃないと思います。」
そしてヘイディスさんは説明を始めた。
『暁』の皆さんの言う通り、ここ数年、オルテア王国では小国群からの難民が問題になっている。
国境沿いの町や村はもちろん、キークスでも難民を見かけるほどだ。
しかもその多くがまともな職に付けず、浮浪者となって徘徊している。中には生きるために万引きやひったくりなど、犯罪を犯しているものも。
実際、オルディス商会の系列店も被害にあっており、悩ましい問題だという。
これが一つ目の問題だ。
二つ目の問題。その難民達を狙って、不当な奴隷が横行している。
まず奴隷には三種類あり、自ら志願し契約する『契約奴隷』、犯罪を犯して奴隷落ちの判決を受けた『犯罪奴隷』、そして奴隷商人や闇ブローカーが一般市民を誘拐して無理やり奴隷として売り飛ばす『強制奴隷』がある。
難民が街に増えたことで、その『強制奴隷』にするために人攫いが多発している。本来オルテア王国では『強制奴隷』は禁じられている。しかし「契約した」と言ってしまえば強制であることを証明するのは難しく、暗黙の了解となっている。
また、人攫いは町の市民を無差別に狙うため、難民以外の国民、特に若者が狙われて被害にあっているとか。
とにかく不当な奴隷問題で国全体の治安が悪くなっていっている。
「……たしかに大変な問題ですけど、それと俺が奴隷を買うことになんの関係が?」
「……これは私どものエゴかもしれませんが。キークスで生まれ育ち、そこの人々に支えられて生きてきたからこそ、町に報いたいという思いが常々あります。時には恵まれぬ人々に施しを与えたり、市民が困っている時には助けになったり。この町の治安の悪化も、私に出来ることはないかと探しているところなのです。」
ヘイディスさん含めオルディス商会は定期的に町に利益を還元すべく、寄付などを行っている。慈善活動にも参加しており、街の浮浪者や難民達の仕事の斡旋や配給などにも参加しているとか。商会でも何人か雇っているらしい。
それでも多くの難民は仕事に就くことができず、自ら望んで契約奴隷になることが多い。最低限の衣食住は保証してもらえるからだ。
つまりヘイディスさんは町の人も助けたいし、できれば難民達も助けたいというわけだ。
「私の知り合いに、『契約奴隷』専門の奴隷商がいます。そこは奴隷商にしては奴隷の扱いも丁寧で、奴隷契約するならそこへ、という人も多いです。難民達にもそこを紹介したのですが、今は在庫がいっぱいだと……」
「なるほど、それで俺が奴隷を買えば、買った分の在庫補充という形で難民達が契約できるわけですね。」
「その通りです。不当な『強制奴隷』などは見るのも憚られるほどひどい扱いのところも多く、他国の人間とは言えそんなところへ行くくらいなら少しでも良い場所へ……と思ってしまうのです。」
つまり俺が移住者として奴隷を買うことで、難民やその他の奴隷達に職と居場所を提供できるということか。さらに商品が売れれば奴隷商も新たに仕入れをする。難民達も不当な『強制奴隷』になるくらいなら『契約奴隷』として働いた方がいいだろう。そうやって少しでも難民の数が減れば治安の安定にもつながり、町としても喜ばしいというわけだ。
俺としても新たな労働力が確保できるというメリットがある。
「……分かりました。何人買うとかはまだ分かりませんが、できる限り協力します。」
「感謝します。とはいえ、人材派遣の仕事をする以上、適当な仕事はできません。ケイさんのお眼鏡にかなうような人材を見つけましょう!」
こうして俺は、再びオルテア王国へ行くことになった。
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