118.見慣れない客
一気に肌寒くなってきた。
村のみんなも冬に向けて保存食作りを始める。
肉や魚を干したり塩漬けにしたり。
大量の肉を調達する時に魔法袋が役に立った。
本格的に冬に入る前にということで、ドワーフの商隊がやってきた。お目当てはいつもの通り食料と酒。
秋の収穫一発目のときにビールを大量に仕込んでおいたからな。
今回はいつもより大量に買っていった。
冬場に備えてらしいが、貯蓄することを知らないドワーフ、果たしていつまで持つのやら。
ま、こっちとしてはちゃんと対価を貰えればなんでもいいんだけどね。
最近では物物交換はほとんどしていない。
彼らは斧とか剣とかウォーハンマーとか、そういう類を作ることが多いからね。人間の国の冒険者の方が買ってくれるからと、俺たちとの取引はほぼ硬貨での取引だ。
おかげでまた金が増えた。
そろそろ本格的に村の中で経済を回したいと思うんだけど、どうすれば良いのやら。
今度ヘイディスさんが来たら聞いてみようかな。
今年は冬が早いらしい。昨日、ほんのちょっとだが初雪が降った。
道理で冷えるはずだ。
ウールのセーターがありがたい。世界樹パワーなのが、こっちのウールは保温性が高くて柔らかい気がする。
ある日の昼下がり。見慣れない客がやって来た。
二足歩行の、犬と猫。犬はシベリアンハスキー、猫はお腹周りの白い黒猫って感じだ。
「領主様にご挨拶をしたい」ということで屋敷に通す。
龍もライアも何も言わないってことは、危険人物では無さそうだ。
「お初にお目に掛かりますニャ。」
「我々はコボルト族とケットシー族の代表ですワン。」
コボルト族とケットシー族。
話を聞いてみると、両者は暗黒の森の中に住むご近所さん同士ということだ。
その集落のすぐ近くに、ある日突然土の大蛇がやってきて、あっという間に人間の街道のようになった。それをたどって調査していくとこの村にたどり着いたらしい。
さらに、ドワーフの集団が食料を持って村から出てくるところを見て、もし取引が可能ならうちも、と訪ねてきたというわけだ。
土の大蛇。おそらくシリウスの魔法で作った街道のことだろうな。
そんなに近くを横切っていたとは知らず、驚かせて申し訳ない。
「いやいや、むしろここから帰る時に街道を使えるから楽になったワン!」
フォローまでしてくれるとは良い奴だ。
危険な相手では無いみたいだし、一回くらい取引してみてもいいかもな。
ということで早速取り決め。
取引自体は後日。
物々交換か、硬貨にて取引。
コボルト族の希望はとにかく食料。
ケットシー族の希望は肉中心の食料と、寒さをしのげる衣服。
こっちは特に食べ物は困っていないので、食べ物以外で頼むと言うと了承してくれた。
彼等が帰ったあと、本で二つの種族について調べてみた。
キークスで買った『魔物図鑑』。これに載っているかもしれない。
――あったあった。人間にとっての『魔物』ってことで載っていた。
「コボルト。二足歩行の犬の魔物。人語を話す。肉食で、人間を咬み殺すことがある。魔物ランクはDランク。」
「ケットシー。二足歩行の猫の魔物。人語を話す。魔法に長け、怪しげな術で人間を惑わす。魔物ランクはDランク。」
記述が少ないし、これ、本当にあってるのか?
今日会った二人のイメージとだいぶ違うんだけど。
困った時は森について詳しいライアに聞こう。
俺は広場の方に向かった。
「コボルト族とケットシー族は、森の西の方に集落を構える種族ですね。理性的で知能も高いので取り引きをするには問題ありません。コボルトは力も強く身体も丈夫で、主に少数の集団で狩りをして生計を立てています。ケットシーはエルフと同じく魔力が豊富で、魔法の罠などを使って小動物を狩ったり、植物を採取して染料などを作っています。ですので、取り引きの際には毛皮や薬草、染料などが提供されるのではないでしょうか。」
「なるほどな。ありがとう、ライア。」
さすがは森の守り手。森に棲むものの情報は全て入ってくるみたいだ。
ドワーフほど取引するのに注意が必要って訳でもなさそうだし、食べ物に困っていると言うなら喜んで交換しよう。
後日、コボルト族とケットシー族がそれぞれ十人ほどやってきた。
ドワーフ交易と同様に、広場に品物を並べてもらう。
ライアの言った通り、コボルト族は様々な毛皮を持ってきた。
ウサギにキツネにイタチ、大物は羊や鹿、水牛にクマまで。処理もきちんとされており、質もなかなか良い。あとは水牛の角、鹿の角などの素材。そして特に目を引いたのは、木の蔓を編んで作ったという籠や大小さまざまな入れ物だ。見た目は完全に籐――つまりラタンだ。ラタン細工ができるとは思わなかった。
この種族、思っていたよりもずっと知能が高くて器用だ。
ケットシー族は野ネズミやウサギの毛皮、ハーブなどの植物。植物や鉱物から作ったという色鮮やかな染料を持ってきた。こちらもなかなかの高品質だ。そしてこちらも目を引いたのは漆細工のような木の食器類。器自体は粗めの作りだが、上品なつやを放つ美しい仕上がりになっている。これもぜひとも欲しい。
さて、たくさん持ってきてくれたが何を買おうか。
うちは狩りと言えば鬼人達が狩ってくるイノシシや鹿などの大物が定番だ。でも、こういう小動物の毛皮もあってもいいよな。
特にこれからの季節、毛皮をあしらったコートやマフラー、手袋なんかが重宝する。硬いイノシシよりは、柔らかいウサギやキツネの毛皮がいい。
「如何ですワン?」
「この小動物の毛皮は良いな。処理も綺麗だし。あとこれはウサギか?すごくしっとりして柔らかいな。」
「これは『カーバンクル』という、洞窟に住むウサギですニャ。肉もおいしく、何より手触りのいい滑らかな毛皮が特徴ですニャ。今日は持ってきてニャイけど、額に小さな宝石がついてますニャ。」
へえ、カーバンクルって言うのか。初めて知った。
手触りはアンゴラウサギやチンチラウサギみたいな、とにかく滑らかで柔らかい上質な毛皮だった。
村のみんなにも好評で、テレサが「絶対に欲しい!」というので、持って来たカーバンクルとウサギとキツネ、あとイタチは全てお買い上げ。大物はこの村ではあまり狩らないクマなども買ってみた。
クレア姉妹を筆頭に、エルフたちはハーブを欲しがった。石鹸や精油は勿論、様々な研究に使われるらしく、いつだって新鮮なハーブを求めているとのこと。こちらもあるだけ全てお買い上げ。
あとは染料。これは盲点だった。いままで糸や布を染めたことは何度もあるが、基本は花や草の汁だ。だからうちの村の衣服は全体的に淡い色合いが特徴だった。
しかし、この染料は赤や紫、黄色など、はっきりとした鮮やかな色に仕上がるとのこと。ケットシーが身に着けているマントも鮮やかな赤色やオレンジ色など、目にも眩しい色だ。
当然染料も全てお買い上げ。これで村の衣類はますます発展するだろう。
蔓の籠もいくつか買い、木の器も数点お買い上げ。
次はこちらから提供する分だ。畑の作物、果実、ケットシー族が言っていた肉類。
ずらりと並ぶ食料品に唖然とした顔をする一行。しかしすぐに買い取る商品を吟味し始める。
コボルト族は好奇心が高いのか、食べたことの無い野菜や果実をたくさん買っていった。
ケットシー族は慎重な性格なのか、森にも自生している果物や見慣れた根菜類、少量の野菜を買っていった。あとは鹿やイノシシなどの肉類。
あと、ケットシー族はテレサたちが作った服も買い込んでいった。「寒さをしのげる衣服」ということだったが、これは村人がたくさん持って行ってしまったため残念ながら数はそこまでなかったけれど、上質な毛織物やウールの服に大喜びだった。
せっかくたくさん買ってくれたし、コボルト族にもケットシー族にもお土産として野菜をサービスしといた。
タダでもらえるものは、と喜んでいたよ。
ちょうどお昼時になったので、屋敷の食堂で昼ご飯にする。各村の商隊も誘ってみた。
手持ちの硬貨がないということで、毛皮を追加でくれた。別に昼飯ぐらいタダでも良かったんだけどな。
意外と律儀な性格らしい。
昼食はこの村の作物と肉をたっぷり使った品々。
普段野性的な料理を食べているらしいコボルト族とケットシー族はあまりのおいしさに感動していた。
特に野菜はあまり食べないらしく、「草がこんなに美味しいものだとは思わなかったワン!」「この実はなんでこんなに甘いニャン?美味しすぎていくらでも食べられそうだニャ!」と口々に言っていたよ。
本当に、世界樹、さまさまである。
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