113.とうとう来やがった
突然だが、来客があった。それも見た目は完全に人間の。
ただ、“暗黒の森“と恐れられるこの森を突っ切って来れるなんてただの人間であるわけが無い。
というか、俺に会う前にシリウスが知らせてくれた時点で只者でないことは確定だ。
急いでシリウスを連れて門の方へ。アヤナミは神殿に避難してきた女・子どもを守るため残る。
「私も行きましょう。」
ライアがそう言って合流してきた。
ますますただことでは無い。俺にも緊張が走る。
門のところでは鬼人たちが武器を構えて侵入者を取り囲む。
やってきたのはただ一人だった。
「シリウス、あれは人間か?」
「いえ、『魔人』と呼ばれる種族ですね。魔族領から来たようです。」
「魔族領!?」
おいおい、とうとう来やがった。
目的はなんだ?戦争か?配下に加われと?それとも俺たちを襲って食うとか?
「私は魔王の使いです。ここの領主にお会いしたい。」
自ら「魔王の使い」と名乗った。隠す必要も無いってことか。
「俺がここの長だ。」
前に進み出る。
魔王の使いとやらは俺の姿を見て少し驚いたようだ。
まあ分かるよ、出迎えた鬼人たちに比べて圧倒的に弱そうだもんな。てか実際弱いと思う。
精一杯の虚勢を張りながら俺は続ける。
「して、なんの用だ?」
「この度、我が領内の領民を助けたことを魔王様がお喜びになっておりますのでご挨拶に、と。」
ん?魔王領の領民?そんなのあったっけ?
「……ほら、この間の吸血鬼の……」
「ああ、あれか。」
シリウスに言われてようやく思い出す。そんなこともあったな。
そういうわけならと、館の方に案内する。
鬼人たちには一応遠巻きに着いてきてもらう。
簡単に警戒を解く相手と思われたくないからな。
館までの道のりは、なんというかめちゃくちゃ見られている気がしたが、知らんぷりをして歩き続ける。
シリウスやライアもいるし、簡単に手を出されることは無いだろう。
一方、当の魔人はかなり焦っていた。
(馬鹿な……この人間、私の威圧が効かないだと?普通なら正常な意識を保っていられないはず…………ヒッ!)
突然の凄まじい殺気に竦み上がる
殺気の主を探して見回すと、村長の後ろに控える細身の男と目が合った。身体の芯から凍りつくような冷たい目を見た魔人は、口をパクパクさせながら慌てて目を逸らす。
(あれが、魔王と同等の力を持つという男か……?魔王と同等だと!?馬鹿言え!この男の覇気はそれを遥かに凌駕する……上位精霊や龍族に匹敵するぞ!?一体何者なんだこの男……そして、それを従える魔法の効かない人間、こいつも何者なんだ……)
横の華奢な女も、ちらりと私を一瞥したかと思うと主の人間にこう告げた。
「では、私は世界樹の方へ戻ります。何かありましたらシルフやオンディーヌを使って呼んでください。」
「ああ、ありがとう。」
「お客人、礼を欠くのは承知でこの辺で失礼します。」
シリウスに意味ありげな目線を送り、ライアは去っていった。
なんだろう、このタイミングで去らなくても良いのに。ケイはそんなことを考える。
(……世界樹だと?世界樹が存在するというのか!?しかし、それならこの一帯に植物が生えだしたことも頷ける。
だとしたらこの女、下級精霊をいとも簡単に使う態度にこの魔力……
魔人たる私なら嫌でもわかってしまう。この女の、いやこのお方の正体は……)
「改めまして、この度魔王の使いで参りました。ベリアルと申します。」
「ケイです。」
何故かここに来るまでにすっかり縮こまってしまったベリアルは、魔王の使いを証明するための書状や「この度のお礼の品です。」と手土産などを渡してくれた。
読み上げられた書状には確かに吸血鬼伯爵の息子を救ってくれたお礼が云々と書かれていた。
あの吸血鬼、伯爵の息子だったんか。全然そうは見えなかった。
「して、魔王殿は他になんと?まさかお礼だけでは無いですよね?」
「……できれば、この場所と魔王領との関係について話したいと。」
この場所との関係、つまり上下関係のことだ。
「この場所はそもそも魔王領では無いはず。特に貴殿らが干渉する理由も無いのでは?」
「それは存じております。ですが、この森に人間が集落を作るなど前代未聞、さらに森の中でもよりによってこの場所となれば、我が魔族領としましても非常に興味深い案件なのです。」
え、この場所ってなんかあるの?
開けた場所で良さそうと思ったんだけど、ダメだった?
「無知を承知でお聞きしますが、この場所に何かあるのですか?」
「ここは永きにわたり、植物の生えぬ不毛の土地とされてきました。神の怒りに触れたとかで。」
……まじか、そんな開拓に向かない土地を選んじゃってたのね。
多分、植物が生えだしたのは世界樹やライアのおかげだろう。
これ、ディミトリオス様が世界樹の種をくれなかったら終わってたな……。
「あはは……まあここには世界樹がありますから。心配ありませんよ。俺としては、お互い平和優先の不可侵でやっていきたいと思うのですが。」
「……平和優先、ごもっともですな。」
色々話し合った結果、うちの村と魔王領の間で相互不可侵の取り決めがなされた。
また、世界樹があるなら作物も豊富だろうということで断続的にではあるが交易も視野に入れることに。
向こうの土地は痩せていて農業に適さないらしく、作物を分けて欲しいとの事。と言っても、主食は肉だから野菜果物はあくまで嗜好品。ほんのちょっとで良いらしい。
うちも今のところ収穫物があまり気味で逆に困っていたところだから全く問題ない。
あとはこっちからも手土産(野菜、果物、酒)を渡してお帰り頂いた。
魔王の使いだなんて一時はどうなるかと思ったけど、上手くやり過ごせてよかったよ。
相互不可侵の約束もできたし、これで俺達が魔族に襲われる心配はないよな?
あ、ちなみに魔王からの手土産はキメラ二頭だった。実にワイルド。そして怖えよ。
道理でデカいと思ったよ。
素材が取れるらしいので、今度オルディス商会の商隊が来たら持ってってもらおう。
忘れた頃に出てくる吸血鬼坊ちゃん(笑)




