112.ファンタジーの世界でも科学は役に立つ
クレア姉妹が、ついに水酸化ナトリウムの生成に成功した。
百パーセント村の素材を使った天然石鹸の完成である。
ラベンダーの精油を混ぜて作られた石鹸は泡立ちも良く、何より香りが良い。手や体を洗った後もラベンダーの良い香りがふんわりと続くので女性陣に大好評だ。
また、その石鹸を応用した天然シャンプーも完成した。こちらもラベンダーの香りで髪が短い俺たち男性陣はピンとこなかったが、髪の長い女性陣は動いたときなどにふわりといい香りがすると大興奮だった。お互い髪をバサッと払って香りを楽しんだりもしている。
男性陣もちょっとときめいている。わかるよ。シャンプーの香りがする女子はもれなく全員魅力的に思えるもんな。
ラベンダー以外にもいろいろな香りを楽しみたいということで、クレア姉妹は精油づくりを頑張った。
それならと地球から香りの強いバラの苗木とサンプルの花を持っていったら「神様!」と抱き着かれた。
残念ながら神様ではない。神の力を借りてやったことではあるけどね。
でも抱き着かれるのは悪い気はしない。
バラの石鹸は大好評で、数日間、俺が通るたびに女性陣が祈るようなポーズをとるようになった。
反応に困るからやめてほしい。素直に「ありがとう」でいいのに。
男性陣にはミントの香りの石鹸とシャンプーが受けたようだ。ちなみに俺はラベンダーが気に入っている。
どちらも共同浴場に置いてあり、好きな香りを選べるようにしている。
使いすぎるとすぐに無くなってしまうため、(特に女性陣の間で)厳格なルールが設けられた。
もう少し安定して量産できるようになるまでの辛抱だ。クレア姉妹には頑張ってほしい。
クレア姉妹が水酸化ナトリウムの生成に成功したことで、もう一つの計画が進められる。
ステンレスに続くもう一つの金属、「アルミニウム」だ。
ステンレスと同時進行で進めようと思ったのだが、水酸化ナトリウムが必要になり中断していたのだ。
ヴォルフラム率いるドワーフ隊の前でさっそく説明。
ボーキサイト(洞窟鉱脈に死ぬほどあった)と水酸化ナトリウムを溶かし、アルミン酸ナトリウム溶液を生成。
冷やして沈殿物を取りだす。
沈殿物を高温で焼いてアルミナという白い粉にする。
氷晶石(これも洞窟にあるからOK)を溶かしてアルミナと混ぜる。
電気を流して電気分解。
以上。
ステンレスと比べると工程が多いけど大丈夫だよな?
電気分解の上手なやり方はクレア姉妹が知っているから問題ないだろう。
ファンタジーの世界で思いっきり科学技術を出しているけど、まあ他に良いやり方を見つけたならそれでもかまわない。
とりあえず俺の知ってる知識はこれで。
ヴォルフラムは鼻息荒くアルミの生成に移っていった。
科学を駆使するドワーフ、なかなかかっこいいんじゃないか?なんてね。
暑い夏は過ぎてしまったが、寒くなる前にということで、子ども達と久しぶりに海に出かけてみた。
まあ遊び目的というよりは、塩づくりと海産物の確保が目的だ。
以前ゼノが言っていた通り、みんな”風移動”をバッチリ使いこなしている。子どもの順応性は侮れないな。
「すごーい!」
「きれーい!!」
「わぁーい!!!」
「つめたーい!」
子ども達は服が濡れるのも構わずザブザブと海に入っていく。波にのまれて溺れたりしないだろうかとハラハラしていると、一緒についてきたアヤナミが「大丈夫ですよ」と微笑んだ。
「私は水龍ですから、私の近くで水の災いが起こることはありません。ご安心を。」
「あ、そうなのか。」
一安心。子ども達、存分に遊んでくれたまえ。
もちろん遊ぶだけではない、海水を煮込んで塩を作る。煮詰まるまでは暇なので子ども達の遊びタイム兼海産物集めタイムだ。昆布や貝などをたくさん取っては俺の魔法鞄に入れていく。
「すごーい!村長の鞄、いっぱい入るね!」
「もっと取ってくる!」
「滑って落ちないように気をつけろよ。」
「わかってるー!」
おかげでかなりの量が集まった。遊びを交えると子どもの体力が底なしになるのはなんでだろう。
ついでに貝殻も集めておく。貝殻、つまり炭酸カルシウム。セメントにも使えるし、いろいろ役に立ちそうなので村で保管しておこう。
海水が煮詰まって来たのでこげないようにかき混ぜながらさらに水分を飛ばす。
塩のかけらが飛んできて結構痛い。痛みに強いゼノとカルナ、そしてエルフの子たちにお願いした。セシルは「おれだって平気だよ!」と半ば無理やり参加した。親友でありライバルであるゼノには負けていられないらしい。
エルフの子たちは魔法で遠隔操作のように木のさじを動かしている。エルフってすごい。
あらかた煮詰まったら布に移してぎゅっと水分を絞る。あとは村で天日干しすればOK。
子ども達が手伝ってくれたおかげでたくさんできた。冬が来る前にもう何回か来ておきたいな。
「そろそろ帰ろうか。」
「村長、身体がベタベタするー」
「服もなんかベタベタする……」
「ああ、海水はベタベタするからな、ちょっと待ってくれ。」
アロンとリディアの言葉を聞いて、子ども達を集める。
『洗浄』の魔法で綺麗にして無事解決。
「村長、すげーな!かっこいい!!」
「街でも村長は風呂場を魔法でピカピカにしたんだ。」
「まじかよ!?すっげー!」
セシルに「すっげー」を連発される。
“風移動“で村に帰り、塩を薄く広げて天日干し。ついでに昆布やワカメも天日干し。
貝類はマリアさんの所へ持って行って料理してもらう。
マリアさんは村育ちなので海産物を扱ったことがないみたいだが、焼き物や蒸し物、貝で出汁をとった味噌汁を教えたらすぐに作ってくれたよ。
味噌と醤油は発酵研究のエルフが作ってくれたものがあるからな。味見してみたけど、なかなかの味だと思う。
当人たちはさらなる高みを目指して研究を進めている。まさか異世界で俺の故郷の味が再現できるなんてね。
今日の夕食は貝尽くしだ。
村のみんなも喜んでくれて、今度は海の開拓に意欲を燃やしている。
ま、海は街道を作っても人間の足じゃかなり遠いし、ぼちぼちだな。
焦らず頑張っていこう。