109.やる気がみなぎって来た
昨晩は地球に転移した。
キークスの街に行ったことで俺の開拓欲に火が付き、いてもたってもいられなくなったからだ。
魔導コンロで料理関連の改革をするついでに、キッチン用品も充実させようと色々用意した。
今までも包丁や鍋、木製のボウルなど最低限のものはあるが、せっかくなので主婦の味方ともいわれる便利グッズを集めてみた。
ピーラー、泡だて器、ザル、計量カップ、スライサー、すりおろし器、みじん切り器……。
ちなみにすべて百均で調達した。「最近の百均はマジで侮れん」というのは我が姉のお言葉である。
そしてどうせならステンレスやアルミといった軽くて丈夫な素材で作った方がアヤナミやマリアさんもありがたいだろうと思い、合金の作り方も調べておいた。
俺にはよくわからなかったが、日ごろから鉄を取り扱っているドワーフたちならわかってくれると信じている。
そして姉貴が「女性にとっての死活問題だから!」と押し付けてきたのはハーブや精油を使った手作り石けんやシャンプー、化粧水の作り方。
ご丁寧に現物と余った材料を持たせてきたところに本気度を感じる。
会ったこともない異世界の女性になぜそこまで一生懸命になれるのかわからんが、あって困るものではないので採用。
おしゃれ関連で言うと、ガラス鏡の作り方と小さい現物も用意した。
キークスに行く時にゼノが自分の顔を見たがっていたのを思い出したからだ。
これもドワーフたちが何とかしてくれると信じている。
基本は丸投げ、これが俺のスタンスである。
あとは野菜のタネや苗木、果物の苗木も考えたが、人手不足でカバーしきれないかもしれないので少し保留。
とりあえずキークスで買ってきたものを植えるだけにしよう。
翌朝みんなのところへ行くと、いつにもまして村が活気づいている。
どうやら他の街の話を聞いてみんなの中の何かに火が付いたらしい。
励みになるきっかけができたのなら何よりだ。そういう意味でも人間の街に行って良かったと思う。
ジークに例のキッチン用品を見せてみた。
魔導コンロで忙しいかと思ったが、こういう繊細な小物の方がジークの創作意欲を刺激するらしくすぐさま取り掛かると言ってくれた。
魔導コンロはバルタザールに押し付けるらしい。
バルタザールは文句を言いかけたが、合金の話を聞かせると興味を持って来た。集まって来たのはバルタザールだけではない。新しい技術はドワーフの好奇心を大いに刺激するようだ。
特にヴォルフラムというドワーフ(確か神殿を作る時にスカウトしたんだった)は、金属加工を専門に様々な道具を作って売っていたらしく、新たな金属、しかも軽くて丈夫な上錆びにくいということにいたく興味をそそられたようだった。
まさにうってつけ、ということで、合金はヴォルフラムを中心にやっていくことに。
作り方自体は割と単純だ。
鉄にクロムを混ぜて溶かす。
型に流しいれて固める。
叩いて延ばす。
以上。
ま、成功するためにはその単純な作業の中に職人技が必要なんだろうけどね。
ちなみにクロム鉱石はディミトリオス様の”ご褒美”である南西の洞窟にある鉱脈の中にバッチリあったよ。
あとは上手くいくことを祈って彼らにお任せする。
職人の顔つきで炉の中を熱心にのぞき込む彼らを背に、俺は次に向かう。
次は、エルフの研究所だ。
クレアとジャスミンというエルフの姉妹は、たしか植物について研究をしていた。
ラベンダーやローズマリーといった植物を抽出し、精油やハーブウォーターを作る。研究所内はアロマのような香りが漂っていて心地いい。
「村長、おはようございます。」
「今、ハーブティーを淹れたところなんですよ。良かったら飲んでみませんか?」
クレアがガラスコップに入った薄緑色の液体を渡す。湯気をあげるそれは、スッとする香りがした。
というか、これガラスコップじゃないな。目の前の研究机には実験用のガラス器具、その中の容器と全く同じだ。
実験器具で茶を飲むな。というか出すな。
そう思いつつ一口。清涼感のある香りが鼻を抜け、口の中もすっきりとした気がする。
「なんだかスッキリするな。」
「眠気を失くして頭をスッキリさせる効果があるんですよ。もっと成分を濃縮して煮詰めた物がこちらです。」
濃い緑色の液体がスポイトに入っている。促されるままに口を開けると、ぽたりと一滴落とされた。
「――!!!!!!」
なんだこれ!辛い!いや痛い!あれ違う!?なんだこれ!?
息をするたびに口の中から鼻の奥まで凍えるようなヒリヒリ感。
なんか覚えがある……そうだ、アレだ。ブラックミン〇ィア。あいつにそっくりだ。
「よく効くでしょう?これでどんな眠気も一発ですよ!」
「今は更に煮詰めて、丸薬にする研究中です。」
嬉しそうに語る美女二人。
これをさらに煮つめたりしたら、効果ありすぎて死人が出るんじゃないか?
眠気を取るはずが永遠の眠りについたら元も子もないぞ。
「ま、まあ、程々にな。」
「そういえば村長はなにかご用があってきたんじゃ?」
「そうだ!これなんだけど……」
俺は石鹸とシャンプーの現品(姉貴作)、そして余った材料をジャスミンに渡す。
「これは石鹸ですね」
「なんだかとってもいい香りがします。」
「これを量産したいんだけど、作り方は……」
賢者の書を頼りに、余った石鹸作りキットで作ってみせる。
クレアもジャスミンも真剣に覗き込んでいる。
「こんな感じ。問題は、これらの材料を村で揃えられるかってことなんだけど……」
「ちょっと触ってみても良いですか?」
「ああ、勿論。」
クレアたちは真剣な顔で材料セットの匂いを嗅いだり、瓶を揺らしたりしている。
「ホホバ油と浄化水は問題ありません。花の精油も香り付けなら他のもので色々代用するのもいいと思います。問題はこちらですね……」
視線の先、俺が持ってきたボトルには『水酸化ナトリウム』と書かれていた。
そうなんだよな、水酸化ナトリウムばっかりは簡単に手に入るものでは無い。
ただ、方法がない訳では無い。
海水から塩を取りだし、塩水を作って電気分解。これで水酸化ナトリウムはゲット出来る。
うちの村の塩は海水から作っているから、それを水に溶かして電気分解すれば理論上はできる。あくまで理論上は。
それを伝えると、クレア姉妹は驚いていた。
「塩水に電撃を食らわせるとは、思いつきもしませんでした……」
「村長の発想は天才的ですね。」
「早速やってみましょう!」
「どの程度の電撃を与えればいいのかは手探りでやってみます。」
「必ず成功して見せますので待っててくださいね!」
二人ともキャッキャ喜びながら、早速取り掛かろうとしている。
これ以上は邪魔になるだけと思い、俺は退散することに。
あと、『電撃食らわせる』って言い方は無いと思うぞ、ジャスミン。
科学は詳しくないので「なんちゃって科学」でご容赦ください……(汗)
あまりにもな間違いがありましたらご指摘いただけると幸いです。