107.無い袖は振れない
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「今の言葉、本当ですか?」
「へ?ええ……」
「では、ケイ殿に折り入ってご相談があるのですが……ここではアレですので。」
上へどうぞ、と促されるままについて行くと、前回買取をしてもらったVIPルームに着いた。
中に入り、進められるままに椅子に座る。
ゼノとシリウスには下で待っててもらった。
「私どもは本気であなたの村と取引をしたいと考えておりまして。」
「え?は、はい。」
「しかしながら二つの街にはかなりの距離があります。伝令を遣わすにもそれにすら時間がかかってしまいます。」
「はあ。」
「ですので、ケイ殿にこれを購入していただくことはできるか相談したいのです。」
これ、と見せられたのは、銀色の美しい水盆だった。
「これは『転移の水盆』と言いまして、手紙をやり取りする魔道具なのです。」
オルディス氏の説明によると、この水盆に両者が登録することでその二点間で手紙や小物を瞬時にやり取りすることが出来るという。ちなみに生き物の転移はできない。
地球で言うメールだな。現物を瞬時に送れるという点ではメールより進んでいる。まさにファンタジーだな。
国内外のギルドや王宮でも使用されているんだとか。エルネア、意外と進んでんな。
つまりこれを購入して村に置くことで、両者間の連絡をスムーズにしたいということか。
うん、買うのは別にいいよ。便利だし。
でも、お高いんでしょう?
「買うのは構いませんけど……いくらですか?」
「こちらが、金貨四千枚です。」
「ぶっ!」
金貨四千枚って、買えるか!
この水盆一つで地球に家が建つわ!
衝撃で言葉も出ない俺にオルディス氏は慌てて付け加える。
「もちろん、定価でとは言いません!半分はこちらの都合ですから……では、金貨2500枚で如何でしょう?」
おお、グッと下がった。
それでも高いよ。
黙っている俺を見てオルディス氏は更に続ける。
「では、金貨2200枚……いえ、金貨2000枚!私どもとちょうど折半という形でいかがでしょう!?」
よっぽどの重要アイテムなのか、オルディス氏も必死だ。
「わ、分かりました!でも、手持ちがないんです……。」
オルトロスの代金は魔導コンロや魔法鞄、その他諸々で減っているし、そもそも何も買わなかったとしても金貨2000枚は持ち合わせていない。
無い袖は振れない、という訳だ。
「それについては心配いりませんよ。金額が金額ですので、一括でお支払い頂くことが難しいのは承知の上です。こちらの契約書と貸付票にご記入いただければ、お金がまとまった際にお支払いくだされば問題ありませんので。」
どうやらこの世界にも分割払いという概念があったようだ。
村に戻ればドワーフからの酒代があるし、大丈夫だよな。
なによりこれでオルディス商会と持続的な取引ができればそれなりに金も入ってくるだろうし。
街とのつながりができるというのは大きい。
よし、こういうのは先行投資だ。
「わかりました。これからもよろしくお願いします。」
「こちらこそ良い縁に恵まれて大変嬉しく思います。末永いお付き合いをよろしくお願いいたします。」
俺は契約書と貸付票にサインした。
「では、こちらは平らな場所に置いてご使用ください。ああそれと、金銭の転送は物理的には可能ですが、防犯の面から考えて禁止となっておりますのでご理解ください。」
「わかりました。短い間ですがお世話になりました。」
「お気をつけて。また近いうちにお会いしましょう。」
水盆にオルディス商会を登録し、商会の水盆にも俺を登録する。
しくみはよくわからないが、水盆自体が持ち主や登録相手を覚えるらしい。魔法って不思議。
水盆を丁寧に魔法鞄にしまうと、オルディス氏と握手を交わしてヘイディスさんのいる裏へと向かった。
ゼノとシリウスにも呼び掛ける。
「ヘイディスさん。いろいろとお世話になりました。」
「とんでもない。こちらこそ本当にありがとうございました。こうしていられるのもケイさんという命の恩人のおかげです。」
「ヘイディス、つい先ほどからケイ殿は我が商会の重要な取引相手となった。」
「本当ですか!?ありがとうございます。取引の際には必ず私が向かうようにしますので。」
「こちらこそ、よろしくお願いします。それでは……あ。」
そうだ。帰りは”風移動”を使うつもりだったんだ。
でもここでやったら絶対に目立つよな。街を出るまでは徒歩で行くか?
結構遠そうだけど……。
「……あの、ちょっと人目に付かない場所を貸してもらえませんかね?」
使われていない空き部屋に通された。
ついでにオルディス氏にもうちの村について話しておいたよ。大事な取引先のトップだし、知っておいた方がいいだろうしね。
「なるほど、あの”暗黒の森”から……」
「なので、来てもらうのも大変だと思いますが……まあ、なんというか目印みたいなものつけておきますね。」
「ハハハ、構いませんよ。腕のいい冒険者を雇いますし、リスクを顧みず開拓するのも商人のやりがいの一つですから。」
意外と豪傑だ。
大商人になるにはそれなりの胆力というものが必要なんだろう。
「では。」
「お気をつけて。」
「またご連絡しますね。」
俺たちは”風移動”でキークスの街を後にした。