106.ショッピングはやっぱり楽しい
ゼノは陽が沈むギリギリに買ってきた。よほど楽しかったのか、頬を紅潮させ駆け寄ってくる。いつも年齢の割に落ち着いていて大人びているゼノらしくない様子に少しだけ驚いた。ま、それだけ楽しんでくれたのなら良かったよ。
「村長、あのお金、ほんとに使っていいのかわからなかったけど……」
「いいよいいよ、本を買ったのか。」
「はい!村の子ども達で読もうと思って!」
ゼノが両手で大事そうに抱えているのは本だった。よく見ると、読み書きや算術に関する本だ。勉強熱心なゼノらしいな。
でも本屋というのは盲点だった。俺がぶっちゃけ一番求めているのはこの世界の人間の生活や物に関する知識だ。本屋に行けばその”知識”が丸ごと売っている。雑貨の現品をちょこちょこ買うよりよっぽど役に立つじゃないか。
よし、俺も明日は行ってみよう。そして、役に立ちそうな本があったら村に買って帰ろう。
こういうところにさっと気が付くのが、本当に頭がいいってことなんだろうな。
あらためて、うちの子は優秀である。
翌朝、俺は市場に向かった。ゼノやシリウスも興味がありそうだったので全員で向かうことに。アヤナミに比べてシリウスは人間の生活に関心があるみたいだ。確かガイアス様も「好奇心旺盛な有望株」って言ってたっけ。すました顔してるけど、内心喜んでたりするのかな?
ちょっとシリウスに対して親近感を覚えた。
市場は色々なものがあり、賑わっていた。
まだ早い時間だが人の通りは結構あるし、お客を呼び込む声がひっきりなしに聞こえる。
この辺は野菜を取り扱っているな。
どれどれ。ほうほう。
ジャガイモやニンジン、タマネギなど見慣れた野菜が並ぶ。
ニンニクやパセリのような香りの葉、レタスや豆類、村になかった物を次々と買っていく。食べるためと言うよりかは、畑に植えて増やせないかな、という狙いで。
その隣には様々な茶葉を取り扱う店が。
香りや効能を聞きながら数種類選んだ。
全部紅茶っぽいけど、俺は緑茶も好きだ。うちの村でもお茶の栽培始めてみようかな。
少し歩くと、ここは果物類が売られている。
果物は子供たちも好きだからな。積極的に買っていこう。
うちの村で取り扱っているものもあったが、見慣れないものも結構ある。
アンズにイチジクにオレンジ。ぶっちゃけオレンジ以外はあんまり食べたことがない。でも名前はよく聞くし、美味いんだよな?
あとレモン。これは料理にも使えるし、ぜひ村でも育てよう。逆になんで俺はレモンを忘れていたんだ?
……ああ、酸っぱくて誰も食べそうにないからか。
ま、ある分には困らないと思うので買っておこう。焼いた肉にレモン汁を垂らして食べると、さっぱりとして美味いんだよな。
……病院ではそんなもの出なかったけどね。
果物、ということで、沢山買い込む様子を見てゼノも嬉しそうだ。やっぱり子ども達は果物好きだもんな。
人手が増えたら、もっと果物系を攻めても良いかもしれない。エルフたちが大勢いるが、それぞれ研究を頑張ってくれているためあまり畑仕事に呼び出すのもなんだか悪い気がして、最近はあまり畑の拡張はしていないのだ。
また移住希望者やってこないかなぁ。こう、あんまり癖のないやつで。
人間の移住者ももっと欲しいけど。あの森を抜けられる生身の人間は少なそうだからなぁ。
ま、ぼちぼちやっていこう。
それから俺たちは屋台の串焼きを買って食べたり、毛皮や古道具屋などを見て回ったりした。
全部の店を見て回ることはできなかったが、それでも大満足である。
「毎度あり〜」
今度は本屋に来ていた。ゼノが昨日行ったという場所だ。「店内は別行動でも良いよ」と言うと「やった」と小さくガッツポーズ。
よっぽど楽しかったんだろう。文字が読めるってだけでこういう楽しみも増えるから良いよな。やっぱり教育は大事。
今日この街を発つ予定なので、あまり長居もしていられない。帰る前にオルディス商会に寄ってヘイディスさん達に挨拶もしたいしね。
欲しい本を急いで選び本屋を後にする。
俺が買ったのは、まず動植物図鑑、魔物図鑑、そして国内外の歴史や情勢を吟遊詩人が物語にした詩集。脚色されているだろうけど、まあなんとなく国際情勢がわかるだろう。そして料理に関する本、これはアヤナミやマリアさん用だ。
本当はもっと色々買いたかったが、この世界の本はめちゃめちゃ高価なものらしく、ポンポン買うのは躊躇われた。
貴族でもない俺がふらっと寄った本屋で何冊も何冊も選んでいたら店主に怪しまれたもんで、泣く泣く棚に戻したよ。値段を聞いて納得したけどね。
今更だけど、オルトロスを買い取ってもらって正解だった。来た時の手持ちの金じゃ昨日の魔導コンロですら買えないところだったよ。
高価な本は大切に魔法鞄にしまい、俺たちはオルディス商会へ。
店の従業員に事情を話すと、すぐに取り次いでもらえた。
先に出てきたのは会頭のオルディス氏だった。ヘイディスさんは今裏で仕事中で、少々時間がかかるらしい。
「もうお発ちになるとか。」
「ええ、いろいろとお世話になりました。紹介してくださった宿、とっても良かったです。」
「それは良かった!こちらこそ、貴重な買取に商品のお買い上げまで、ありがとうございました。いやはや、お互い大商いでしたな!」
「いやホント、アレを買い取ってくれて助かりましたよ。うちじゃ保管庫の肥やしになるだけで」
「ケイ殿の村から仕入れたという品を拝見しましたが、どれも素晴らしいものでした。」
「ありがとうございます。」
「また機会があるときにはぜひ取引をお願いしたい。」
「オルディス氏やヘイディスさんには良くしてもらいましたから。いつでもどうぞ。」
その瞬間、オルディス氏の目がキランと光った。