104.オルディス商会へ
『芥子の実亭』は大通りから少し離れた場所にあり、中心街のガヤガヤとした雰囲気とは違って静かで落ち着いた感じだ。
オルディス氏が言った通り客の多くは商人なのか、格好も身ぎれいな人が多い。
受付に行くと立派な口ひげを蓄えた初老の男性が対応してくれた。
宿代を前払いして、案内された部屋へ。ちなみにここも一階部分に食堂があり、風呂場は食堂の奥にあるそうだ。
もう十日以上風呂に入ってないし、今日こそはさっぱりするぞ。
そんな思いでいざ風呂へ!
「……ちょっと汚いな。」
この世界基準で考えたら大したことはないのかもしれないが、うちの風呂はオンディーヌやアヤナミによって常時ピカピカに整えられている。お湯も一見綺麗そうだが、よく見るとゴミや髪の毛が浮いているし、土汚れなのかうっすら茶色い気がする。
これはあれだな。今こそ魔法練習の成果を見せる時。『浄化』魔法はまだ無理だが、『洗浄』の魔法はできるようになったんだから。シリウスがいなくてもこの程度綺麗にしてみせるぜ。ちなみにシリウスとアヤナミは当然のように『浄化』で体をきれいにするらしく、ここには来ていない。「ケイ様も……」と言われたが、俺にとっては浴槽に入ることに意味があるんだ。ゼノも浴槽の風呂が気になっているからと、俺についてきた。
ちょうどここには他の客もいないし、唸れ、俺の洗浄力!!
「……はぁ~。極楽極楽。」
「やっぱりお風呂は良いですよね~。鬼人の里にはなかったので最初は戸惑いましたけど、最高です~。」
「そうだよな。やっぱ日本人には風呂だよ、風呂。」
「ニホンジン?何ですか、それは?」
「あっ……あはは、気持ちいいなぁ~。」
「それにしても、村長はこーんな魔法も使えちゃうなんてすごいですね~。」
「そうかぁ?」
「僕も勉強したら使えるようになるかなぁ~。」
「なるなる。ゼノは賢いから大丈夫だぁ~。」
「「はぁ~、いい湯だぁ……。」」
すっかりリラックスモードの俺とゼノ。
洗浄の魔法は絶好調。床も浴槽もピッカピカにしてやったぜ。綺麗になった風呂場をゆったり二人占め。
おかげで身も心もサッパリしたよ。湯から上がって服を着ている時に入れ違いでお客さんが入ってったけど、「うおっ!?」という声が聞こえた気がした。
……変なことはしてないし、大丈夫だよな?
翌日は昨日の約束通りオルディス商会へ。
表から見るとさらに立派な店構え。ちょっと入るのに緊張する。地球でも、デパートとか高級店とかってなんか場違いな気がして気後れしてたもんな。
勇気を出して店内へ。
店内には何人かお客がおり、熱心に売り物を吟味している。
ちょうど店の奥から出てきたヘイディスさんと目が合った。
「いらっしゃいませ。来てくださったんですね。」
「こんにちは。立派なお店ですね。」
「こちらの店では魔道具を取り扱っているんですよ。」
「魔道具ですか。あ、そういえば旅の途中で見たあの『魔導コンロ』でしたっけ?あれ良いなと思ったんですが……」
「魔導コンロですね。それでしたらこちらにございますのでどうぞ。」
ヘイディスさんに案内されて店の奥の方に行くと、見覚えのある黒っぽい鉄板が並んでいた。
「魔導コンロはうちでも大変人気の商品なんですよ。これが家庭用の小さいサイズで、お値段も抑えめで一番人気のシリーズですね。料理にこだわりのある方や品数を作られる方はこちらの二口サイズがオススメです。他にも貴族の屋敷や食堂などのプロの方向けにはこちらの大型のラインが人気です。」
「へぇー、手に持ってみても良いですか?」
「勿論ですよ。使い方はですね、平らなところに置きまして、ここの魔石を指で軽く押します。すると魔石の魔力が伝わって炎が灯ります。横のツマミを回すことで火力も調整できるんですよ。」
「本当だ、これは便利ですね。」
「大型のラインになりますと、下にオーブンがついています。使い方は同じで、火力を調節しながら多彩なオーブン料理が楽しめます。」
「なるほどなるほど。」
魔導コンロ。ここまでの性能なら地球レベルと言っても過言では無い。
今までの薪で火を起こして、火加減も薪の本数で調節して……というのは面倒だからな。あったらすごく便利だと思う。
ぶっちゃけうちの村に必要なのは大型のやつなんだよな。食堂に置いたらマリアさんが喜ぶだろうし、オーブンの導入で村の食事がさらにパワーアップするだろう。
屋敷に置いてもいいしな。アヤナミならフルに使いこなしてくれるだろう。
アヤナミも気になっているのか、大型の魔導コンロをじーっと観察している。
「うーん、この大型のがすごく良いなと思うんですが、持ち運びが困るんですよね……」
そう。魔導コンロ自体は良いのだが、果たしてどうやって持って帰るのか。
大型コンロは地球のレストランの厨房にある四口や六口コンロと同じくらいのサイズ感だ。当然持ち歩けない。というか、俺一人では持てない。
ゼノかシリウスと二人がかりでなら何とかなるが、今そんなものを買ってしまったらこの後が動きにくくてしょうがない。
そう伝えると、「ああ、でしたら……」と、魔導コンロとは違うコーナーに案内された。
ひときわ人が集まるその区画には、会頭のオルディス氏が客のご婦人と談笑中だ。
「会頭、ケイさんがあれに興味があると。」
「ほう。ではここからは私が。」
自然な流れで案内役をバトンタッチすると、オルディス氏が「んんっ」と小さく咳払いする。
「ケイ殿、あなたにうちのとっておきをお見せいたしましょう。」
そういってオルディス氏が手にしたのは、何の変哲もない革製の鞄だった。