101.採掘の街デルタ
「ここが、デルタの街です。採掘の街として有名なんですよ。」
ヘイディスさんの説明をゼノと一緒に聞く。ここデルタの街は、北東のギア山脈に連なる山からの豊富な鉱山資源を採掘し輸出することで栄えている街らしい。製鉄や武具製造も盛んで、街には屈強な鉱山夫以外にも鍛冶職人や質の良い武具を求めてやってくる冒険者で賑わっているとか。
そうそう、これこれ。こういう賑わいを見せる特色のある街っていうのが気になってたんだよ。ゲームなんかでも、武器屋や防具屋で賑わう街に行って装備を揃えて……みたいな流れがお馴染みだしな。
カロンの街よりかなり大きな門には、多くの人が並んでいた。兵士も二人がかりでチェックをしているし、さっきよりは大分都会の街なんだろう。護衛隊も馬車から降りて徒歩で進む。三十分ほど待って俺たちの番になった。
「身分証を拝見。」
「どうぞ。」
「おや、ヘイディスの旦那。今回は仕入れですかい?」
「いえ、故郷に戻る道中で一泊させてもらおうかと。」
「連れはいつもの護衛さんだな。こちらは?」
「私の恩人なんですよ。身分証はないのですが危険人物でないことは私が保障します。」
「ヘイディスさんが言うなら間違いねえですな。んじゃ、お気をつけて。次!」
ここの兵士もヘイディスさんの知り合いみたいだ。商人なだけあって、顔が広いんだな。
身分証の件もヘイディスさんのおかげですんなりいった。通行税一人銀貨五枚はきっちり取られたけどね。
というか身分証がないと結構お金取られるな。目的地に着くまでにいくら払うんだか。
デルタの街はさっきのカロンの街と比べてかなり賑わっていた。石造りの家や建物に石畳で舗装された道。
いたるところに商店っぽいものや露店などがある。勿論人の行き交いもある。
さすが鉱山の街らしく、袖をまくり上げた体格のいい男たちが荷車に石のようなものを詰め込み運んでいる。あっちにはツルハシを持った集団がいるし、向こうには製鉄所なのか煙を上げる建物が見える。
「すごいな……初めて見るよ。」
「うわぁ、人がたくさん……これが人間の街かぁ……!」
初めて見る街らしい街に俺もゼノも圧倒されている。顔や言葉には出さなかったが、シリウスやアヤナミも初めて見る人間たちの街を興味深そうに観察している。
宿も盛況らしく、俺たちが到着した時も他の客が食事をとっているところだった。よく利用する宿なのか、勝手知ったるというように馬車を止めて主人にお金を払う商隊の面々。俺たちもそれに倣うようにしてカウンターへ。
「いらっしゃい、ヘイディスさんの連れかい?うちは一泊一人銀貨三枚、食事は別に払ってもらうよ。」
食事代は一食銅貨三枚ということで、夕食分を上乗せした銀貨三枚と銅貨三枚、ゼノ、シリウス、アヤナミの分も合わせて金貨一枚と銀貨三枚、銅貨二枚を支払った。
ていうか、うちの村にみんなが泊まった時、一人につき銀貨七枚も貰ってしまったんだが。どう考えてもぼったくりである。
俺は慌ててヘイディスさんに詰め寄った。
「ちょっとヘイディスさん!うちの村の宿代、多すぎじゃないですか!なんか申し訳ないので返しますよ。」
「気にしないでください。ここはデルタでも安い方なんです。それに、あの部屋のクオリティにあの食事、銀貨七枚でも少ないくらいですよ。」
「でも……」
「モノやサービスに対して正当な対価を払う。商人として当然のことです。」
きっぱりと言われてしまってはしょうがない。ありがたく頂戴しておこう。
宿は一階が受付と食堂、外には顔を洗う水場や洗濯場も設置してあった。そして二階が客室だ。また明日から旅に出なければならない俺たちはさっさと夕食を済ませ、部屋で休んだ。
部屋には質素なベッドと背もたれのない木の丸椅子が一つ。小さな机が一つ。実にシンプルな部屋だな。
そして、ヘイディスさんの言うことも少しわかった。ボロいというほどでもないのだろうが、ベッドは寝返りを打つたびに軋むし固い。布団も毛玉の多いごわごわした厚手の毛布でうちの宿のベッドとは比べ物にならない。ついでに食事は普通に美味しかったが、やっぱりマリアさんやアヤナミが出す食事とは比べ物にならない。
まあ、そういう付加価値があってのあの金額を払ってくれたんだろう。村のみんなの仕事ぶりに感謝することにしよう。
それでも野営で固く冷たい地面に寝るのに比べたらずっとマシだ。俺はベッドにもぐりこむとすぐさま眠りについた。
翌朝早く、顔を洗うために下へ降りるとヘイディスさんが女将さんと何やら話していた。俺に気が付くと、「おはようございます。」と笑いかけてくれた。どうやら俺たちから買い取ったトマトやキュウリ、あれが傷んでしまう前にこの宿の食事にどうか、と売り込んでいたらしい。結局、食べたのは最初の野営の数日だけで、これから先はどっかしらの街の食事をとることになりそうだしな。さすがの商人魂というべきか。損失は最小限に、利益は最大限に、そういうところはしっかりちゃっかりしている。
全員の身支度が整ったので(例の商談は上手いこといったらしい)、さっそく出発。朝ご飯は馬車に乗りながら簡易的に済ませることにした。
ヘイディスさんの説明によれば、この街を突っ切るようにして西側の門を出ると、採掘された物資の輸送ルートとして整備された道がいくつかの主要都市につながっているらしい。その道を使えばスムーズに進めるというわけだ。
街の中心部を突っ切るということで、西門につく間俺達村のメンバーは大興奮だった。
何しろ中心街には多くの人が行き交い、食事処から武器屋まであらゆる店が立ち並んでいる。特に武器や防具の店は何軒もの店が競合しており、鋭く光る剣やどっしりとした鎧が待ちゆく人をいざなうように店先に並んでいる。
他にも未加工の宝石の量り売りや銅や鉄のインゴットを売る店など、街の資源をフル活用したラインナップだ。
馬車を降りて行ってみたいのはやまやまだが、目的地に早く着くためにもここはグッと我慢。
ゼノも馬車から身を乗り出すように眺め、見物に行きたくてうずうずしているのが見ていて伝わってくる。
くそうっ、目的地の街に付いたら絶対いろいろ見て買い物してやるからな!
俺は心に誓った。