100.初めての街(農村)
おかげさまで100話到達しました。
これまで続けて来れたのも、皆様の応援あっての事です。
これからもマイペースに更新していきますのでお付き合い頂ければと思います。
ここからは馬車での移動となる。もう少し先に進むと森を抜け、山道の街道が続く。古くほとんど整備されていない道だが馬車も問題なく走れるらしい。街道沿いに山を二つ三つ超えればオルテア王国領、一番端の街につくそうだ。順調にいけば馬車で二日ほどで街につくらしい。
ここから先は人間が通る可能性もなくはないので、ゼノはシルフの力で変装する。シルフに幻惑魔法でゼノを人間に見せてほしいと頼むと。ゼノの顔にふぅっと息を吹きかけた。白い靄のようなそれはゼノの頭を包み、靄が晴れると鬼人の特徴である角と、人間よりかなり発達した犬歯がなくなっていた。肌の色や目の色は珍しいとはいえ、見た目は完全に人間だ。これならゼノが鬼人であると気づく者はいないだろう。
爪も忘れないように幻惑をかけてもらう。黒っぽく鋭い爪は、俺たちと同じ人間の爪になった。ゼノは自分の顔をペタペタと触り、どうなったのかを確かめようとする。鏡があったら見せてやりたいが、あいにくそんなものはない。村の鏡も地球の物と違って銀色の金属板を磨いたものだからぼんやり映るだけだしな。あんまり自分の顔とか髪とか気にするタイプじゃないから頭になかったけれど、地球のガラス鏡、導入してみようかな。
俺たち一行は全員馬車に乗り込み、走り始める。本来であれば護衛隊が交代で並走し、危険がないかなどを見るらしいが今回は特別だ。シリウスに結界をかけてもらいひたすら走る。龍に喧嘩を売ろうなんて魔物はなかなかいないと思うし、売ったところで結界に阻まれて終わりだからな。
護衛隊は「ありがたい」と言って馬車に乗り込んだ。さすがに全員乗ると少し手狭だ。
「ご安心ください。私の結界は……」
「『魔王が来ても大丈夫』だろ?わかってるよ。頼んだぞ。」
苦笑しながら言う俺に、シリウスは恭しく頭を下げた。
一行は街道をひたすら進み、陽も傾き始めたので街道から少し離れたところで野営をする。野営なんて、この世界に来てロベルトさんたちと出会ってすぐの頃にやったあの時以来だ。もうずいぶんと懐かしく感じる。
竈を作るのかと思ったら、ヘイディスさんは集めの石板?鉄板?のようなものを取り出した。平らな地面にそれを設置し、黒パンや干し肉などを出し始める。
あれ、火を使わないのかな?
「ヘイディスさん、それは?」
「ああ、これは魔導コンロです。うちで取り扱っている商品なんですよ。」
魔導コンロ。つまりガスの代わりに魔法の力で火をおこすコンロだ。魔石に込められた魔力によって魔法陣に火がともる。だれでも使える最先端の品ということでオルディス商会の人気商品の一つらしい。
つまりアヤナミやエルフがいつもやっている火おこしの魔法が誰でも使えるようになるのか。これはいいな。うちにも導入したい。
実際に魔石に指を押し当て火を起こして見せるヘイディスさん。薄く切った黒パンと干し肉をコンロで炙って温めながら説明してくれる。その様子はさながら地球の実演販売のようだ。何となく思ってはいたけど、この人、話が上手いんだよなぁ。ついつい引き込まれるというか。でもこれは本当に欲しいと思う。
「これは素晴らしいですね!一家に一台あったら便利だろうなぁ……俺も欲しくなりましたよ。」
「お店の方にこれより大きいものや高性能の物も取り揃えています。ぜひ見て行ってください。」
「今ならサービスしますよ!」といたずらっぽく耳打ちしてくるヘイディスさん。会ったときはすごく丁寧で真面目な人かと思ったが、この人意外とおちゃめで強かなところがある。俺はクスリと笑った。
みんなで火を囲み、夕食を食べる。保存食の他にもうちのトマトやキュウリといった生野菜も食べ、その甘さと瑞々しさに目を輝かせる。村の作物が他の国の人間にも褒められているというのは村長としても気分がいいものだ。
馬車の周りでみんなで丸くなって就寝。護衛隊も夜の見張りはなし。こっちには龍が二体もいるからね。
久しぶりに布団ではなく固い地面に寝たけれど、うまく寝付けなかった。やっぱり俺には文明的な柔らかいお布団があってるよ。二十年間甘やかされてきた体はそう簡単には慣れてくれないものだ。
「わ!ヘイディスさん、あれ……」
「はい、あれがオルテア王国の東端にある街、カロンです。」
あれから丸一日、山道をひたすら進み、野営をし、そしてまた進み……ようやく山を抜け、見晴らしの良い草原を進むと、遠くの方に明らかに人工物と思われる建物が見えてきた。
どうやらオルテア王国に入り、街が見えてきたらしい。この世界に来て初めて目にする街。なんだか感慨深いものがある。ゼノも同じ気持ちだったのか、「あれが、人間の街……」と呟く。その目線は街の方に釘付けになっており、瞬きすら忘れている。
それにしても、意外としっかりした街なんだな。ロベルトさんたちの出身地、ルミエール村も同じように国の端の村だったらしいが、さびれた小さな農村という話だった。しかしこのカロンという街は石造りの城壁を構え、見るからに丈夫なつくりをしている。
「意外としっかりとした街なんですね。城壁も立派だし……」
「この街は魔族領に一番近い街ですからね。魔族や魔物の襲来に備えて堅牢なつくりにしてあるのですよ。王都との連絡も密接にしてあるとか。」
「へえ……危機管理がしっかりしているんですね。」
国によって辺境の街への対応がずいぶんと違うんだな。まあ市民からしたらこんな風に守ってもらえる方が安心でいるし、カロンの街の人は幸せかもしれない。
街はどんどん近くなり、ついに街の入り口へ。丈夫そうな砦の門の前には兵士らしき人が立っていた。
「ヘイディスさん、こんなところにまでくるとは。」
「素材を探しにちょっと。当ては外れましたがね。」
「今日はこっちに泊まるんで?」
「いえ、陽が沈むにはまだ早いので、この先のデルタの街まで行こうかと。」
「そうか、それじゃお気をつけて。」
どうやらヘイディスさんとは知り合いらしい。会話を交わした後、身分証を軽く確認するとろくに馬車の中の荷物チェックもせずに通してしまった。護衛隊も軽く身分証を見せて終わり。身分証のない俺たちは通行税として一人銀貨三枚を取られたが、あれこれ探られることもなかった。
外から来た人間相手にそんなんでいいのか。魔物や魔族に対しては厳しいが、人間に対しては甘いってところだろうか。ま、いろいろ詮索されても困るから助かったけど。
カロンの街の内部は、のんびりとした田舎の農村だった。畑が広がり、その中に点々と木造や石造りの家がある。どこからともなく家畜の鳴き声が聞こえたり、薄汚れた服を着た人が畑を耕していたり。道も舗装されているわけではなく、畑のあぜ道のような道を通る。街の中心部には大きめの建物がいくつかあり、この街の中枢的要素を担う商店や宿屋っぽいところが点在していた。
ゼノは、「うちの村と少し似ていますね。」と言っていたが、うん、うちの村の方がもう少し、いやかなり?進んでいると思うぞ。人数が少ないから”人口爆発の大都市レベル!”とはいかないが、技術的なレベルで言えば比べ物にならないと思う。
ヘイディスさんによると、この街はそのまま通過し、次の街で一泊する予定らしい。確かにまだ陽は高い。次の街がどのくらい遠いのかはわからないが、もう少し先に進んでもよさそうだ。目的地に早く着くことに越したことはないしね。
どっちにしろ土地勘が全くない俺はヘイディスさんに任せることにした。カポカポと規則正しい馬の足音を聞きながらしばらく進むと、また同じような城壁が見えてきた。