10.御神木の精霊
本日は夜にもう1話投稿します。
それから三日が過ぎた。
俺たちは食料を確保したり、獣よけの柵を小屋の周りに立てたり、堀を作ったりした。
小屋は相変わらず竪穴住居だが、広場にテーブルや椅子、調理台といった家具も置いた。
森を散策中に、ロベルトさんがキバウサギという牙の長い野ウサギや灰色の狐っぽい野生動物を捕まえて、この世界に来て初の肉料理を食べたりもした。
うん。正直牛や豚には到底及ばず。聞いてみるとこの世界でも豚や鳥、羊、イノシシなどを食べているらしい。
どんどん発展させて美味い肉料理を食えるようにしなければ。
地球からの持ち込み品は、ロープと麻ひも、鉈や万能ナイフといったサバイバル用品を中心にした。
便利な道具や欲しいものはたくさんあったけれど、どう見てもまだそんなレベルじゃないしね。
それと、どうやってみんなに見せるかも悩んだ。麻ひもなんかは別として、鉈なんて鞄に入らないものをどうやってしまっていたんだ、とかね。
考えに考えた結果、俺の『天啓』によって、不定期ではあるが神や祖国からいろいろなものを受け取ることができる、という設定にした。
神の存在はみんな信じているようだし、(マリアさんなんかはよく感謝の祈りを捧げているし)一度『賢者の書』を受け取ったことになっているから大丈夫だろう。
そもそも、この世界には『祝福』と呼ばれる特別な力を持つ人間が稀に生まれるらしい。
テレサたちの説明を聞く限り、ゲームや漫画で言うところの『スキル』に近いものだ。
よく知られている『祝福』には水や火などの各種魔法適性がある。
他にも、希少な『祝福』として高度な治癒の魔法が使えるものなど。そういう人はほとんどが王都で貴族や役人に取り立てられたり、神官として神に仕えたりするんだとか。
「それにしても、『天啓』だなんて、きっとケイは神様に選ばれた人間なのねぇ。」
マリアさんがしみじみと言う。まあ、はい。確かに選ばれましたよ。寿命縮まったけど。
そういうわけで、これからはすべてを神様のせいにして好き勝手に持ち込みたいと思います。
すみません、ディミトリオス様。
「あーっ!!!ねえねえ!みんな来て来てーーー!!!」
朝、いつものように顔を洗い、食事の用意を手伝っていると、フランカの大声が聞こえた。
何事だろう。まさか、獣や魔物が入り込んだ!?
全員、大急ぎで声のする方に向かうと、フランカは広場の大樹の前に立ち尽くしていた。
「フランカッ!大丈夫かっ!?」
「何があったの!?」
慌てて駆け寄るセシルとテレサ。俺たちもそれに続く。
「あのね、朝起きたらおっきくなってたの。」
そういってフランカが指差す先には、青々と茎や葉を伸ばし、赤や緑の実までつけた野菜畑が広がっていた。
「「「「「えええええ!!!???」」」」」
全員の声が重なる。そりゃそうだ。だって昨日まで発芽すらしてなかったんだから。
「早く大きくならないかなー。早くお野菜食べたいなー。」と無邪気にフランカが言っていたのは、つい昨晩のことだ。
それが発芽どころか、収穫できる状態にまで育っている。
え?異世界ってこれが普通なの?地球が遅れてるの??
「あ、あのロベルトさん……?」
こんなときは専門家に聞くのが早い。
ロベルトさんは恐る恐る近づき、ぷっくりつやつやなナスを1つ手にとった。
「こりゃあ、おどろいた……こんなに見事なナスはわしの農夫人生でも初めてじゃ……それにこんな成長速度はありえない……いったい何が起こったんじゃ……」
やっぱり、これは異常な事態らしい。
大人たちが呆然としていると、のんきな声でフランカが続けた。
「あとね、女の人がいたのー。」
……女の人?
ここにいる女性はテレサとマリアの二人だけだ。
その二人もフランカの大声を聞いて俺たちと一緒に来たはず。
いったいどういうことだ?
「フランカ、どういうことか、もう一度説明して頂戴。」
テレサが膝をついてフランカと目線を合わせる。
フランカも素直に「うん」と答えた。
「あのね、朝起きてね、畑と樹を見に行ったの。そしたらね、樹の下に女の人がいて、にこって笑ってくれたの。それで畑を見たらこうなってたの。」
…………うん、まったくわからない。
「あっ、あの人だよ!ねえねえ、こっち来てー?」
フランカが突然木の上を指差し、上に向かって声をかけた。
つられて上を見上げると、いつの間にいたのだろう、たしかに女の人が太い枝に座ってこちらを窺っている。
真っ白な肌、若葉を思わせる淡い緑の髪、どこまでも伸びる大樹の枝のようにスラリと伸びた手足。
大樹と同じ葉でできた衣服を身にまとう儚げな美女がそこにいた。
「なっ!?」
「あらあら!」
「なんと!」
「ええっ!?」
「マジ!?」
呆然と間抜け面をする俺、つぶらな瞳を更にまんまるに見開くマリア、潰さんばかりにナスを握りしめるロベルト、しゃがんだ状態で、のけぞらんばかりに上を見たまま固まるテレサ、棒立ちで首だけ伸びてるセシル。
そんな俺達を無視して、フランカは更に呼びかける。
「ねえ、降りてきてー。大丈夫だよ!みんな優しいから!お名前教えてー?」
そんなフランカに応えるように、女性はふわりと降りてきた。
結構な高さがあったはずなのに、着地の音一つ立てない。
「おはよう!あのね、わたしフランカって言うの!あなたはだあれ?」
正体不明の不思議な女性に全く物怖じしないフランカ。
そのおかげか、大人たちも少し落ち着いてきた。
「私はドライアド。この樹の精霊です。」
「どらいあどさん?」
「ドライアドじゃと!?まさか、世界樹の精霊にお目にかかれるとは……!」
半分潰れたナスを片手に目を見開くロベルトさん。どうやらなにか知っているようだ。
「あの、ロベルトさん。教えてくれませんか?ドライアドって一体……」
「あ、ああ……ドライアドとはな、伝説に出てくる精霊の名で、世界でも極めて稀な『世界樹』と呼ばれる樹に宿る精霊じゃ。森を守り、大地を豊かにし、生き物たちに恵みをもたらすとされておる。」
「ってことは、ケイが持っていたのは世界樹の種だったってこと!?」
「まあ、こんな伝説の存在にお目にかかれるなんて、光栄だわ!やっぱり神様のお導きかねぇ。」
「伝説の樹なんだ……すっげー……!」
ディミトリオス様がくれた謎の種は、ただの大樹じゃなくて世界樹だったとは。
ていうか、やっぱりとんでもないものじゃん!
……あれ?そもそも世界樹に宿るってことはずっといたんだよな?なんで今になって出てきたんだ?
「あの……ドライアド……さん?どうして、今になって姿を見せてくれたんですか?」
俺の言葉に、一瞬こちらに視線を向け、フランカを見つめるドライアド。
フランカは早速なついたのか、ちゃっかり手をつないでいる。
「この子は生き物を愛する心があります。私に毎日水を与え続けてくれました。私達は祈りを捧げられることはあっても、何かを与えられたことはありません。生贄や供物ではない、樹にとって本当に必要なもの、それを考え与えてくれたのがこの少女です。だから私はこの子の心に応えたい。この子やこの子が大切にするものを私も守ります。」
なるほど、つまりフランカが見返りや損得勘定抜きに、無邪気に御神木、というか世界樹に水をやっていたのが、精霊であるドライアドにとっては嬉しかったんだな。
「あのー、じゃ、この畑も……?」
「この子が、早く食べたいと言っていたので…………」
「えー、もしかして、ドライアドさんがお野菜育ててくれたの?やったー!!ありがとう!ねえねえ、ドライアドさんも一緒に食べようよー!」
ドライアドが野菜を急成長させたことを素直によろこぶフランカ。
この子は自分がどれだけのことをしたのかわかっているのだろうか。世界樹の精霊の心を開いて、「私が守る」とまで言わせたんだぞ。
「っっっすっげえじゃん!フランカ!伝説の精霊と仲良くなって、不思議な力も見せてもらえるなんて!」
セシルはこの状況を素直に受け止めたようだ。妹が誇らしくてたまらないという顔をしている。
その上「あっ、おれ、フランカの兄のセシルです!妹をよろしくおねがいします!仲良くしてやってください!」なんて挨拶を始めた。
「……ぷっ!あははははっ!!!」
唐突に笑い始めるテレサ。
笑いながらフランカとセシルの頭をグリグリと撫で回す。
「いやあ、ほんと、ケイといい、フランカといい、このメンバーといると不思議なことばっかで飽きないよ。フランカ、この人は、あんたが畑や大樹を大事にしてくれたのが嬉しかったんだってさ。どう?これからも大事にできる?」
「うん、わたし、お野菜もおっきな樹もだ~いすき!ドライアドさんも、優しいからだ~いすき!」
ドライアドの手を握ったまま、満面の笑顔で答えるフランカ。
テレサはドライアドに向き直り深々と頭を下げた。
「ドライアド様、まずはフランカの願いを叶えてくださりありがとうございます。この子は心優しい子ですが、同年代の友達もおらず寂しい思いをしています。どうか、時折この子の話し相手になってやってください。」
母親としての願いに、ドライアドは優しく微笑んだ。
「願うまでもありません。この子が笑うと私も嬉しいのです。もちろん、そちらの男の子も。あなたたちが子どもたちの幸せのために力を尽くしているところはしっかりと見させてもらいました。この地にある限り、私も少しだけお手伝いします。」
「ありがとうございます。」
「ドライアド様の御加護とは……ありがたいことです……!」
「ドライアド様、ありがとうございます。あなた様に太陽の恵みがありますよう。」
「よ、よろしくおねがいします!」
深々頭を下げて礼を言うテレサ。
伝説を目の前に感激するロベルトさん。
跪き、祈りを捧げるマリアさん。
ちょっと緊張気味に姿勢を正すセシル。
俺も慌てて頭を下げた。
こうして、御神木こと世界樹の精霊ドライアドが仲間に加わった。
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