“召喚の儀”の真実
◆“召喚の儀”の真実
──ところで、聖女の侍女として誰が選ばれるか、と争い合い、率先して孤児院出身の“メイ”を虐めていた先輩のメイドたちの中でも、マリリン・ロゼリアという女性ほど、己惚れていて嫉妬深い女性はいないだろう。
確かに見た目は、その惜しげもない豊かな髪をひっつ目にして結い上げてはいるが、黙って立っていればそれなりに綺麗で可愛らしい部類に入る顔立ちと、すらりと伸びた手足、均整のとれた淑やかな肢体と見た目をしていたのだから。
自分はいつまでもメイドをしているような身分じゃないわ。聖女に侍女として取り立てられ、あわよくば傍に侍らかせている・・・とマリリンが思い込んでいる、3人の美麗な男性たちとお近づきになりたいと。打算的に考えていた。
かと言って、皇族になりたいとか、高位貴族の仲間入りしたいとかの、大それた野望を持っていたわけではない。マリリンの推しはあくまでも、護衛騎士として聖女の側に控える、ジョンジャックが狙いだったのだから。
元は庶民の出だとか、剣の腕を認められた上、皇太子に気に入られて保証人になり、下位貴族家に養子入りしたとか。マリリンが街で買い物していた時にスリに合って追いかけたら、見た目可愛いせいで暴漢に襲われそうになり、市内を警備に出ていたジョンジャックが助けてくれた時の、凛々しくて格好良いい姿を見せつけられて、一目惚れせずにいられようか。
そんなマリリンだったから、美丈夫で寡黙なジョンジャックに横恋慕し、黒髪黒目で平々凡々なそれほど注目すべき美人でも可愛くもない聖女が、3人もの美形を侍らせているのが許せなかったのだ。
あたしのジョンジャック様を返せ。彼と結婚するのはあたしよ、と思い込みの激しいマリリン。
それに、“メイ”に聖女の侍女の座を奪われたと思い込み嫉妬したせいもある。実際は、“メイ”に対する周囲からの虐めや、“メイ”自身の真摯でけなげな性格が聖女に気に入られただけなのであるが。理由は何にせよ、マリリンにとっては、ジョンジャックを奪った聖女憎し、という思いで聖女を一方的に嫌っていった。
暫く悶々とした思いで、だがしかしきちんとそれなりに仕事をこなしていたマリリン。
そんな時だった。皇太子や神官と騎士たち3人が聖女を囲い込むための計略について相談し合っているのを、偶然空き部屋に入っていく3人を何事かしら?と気になってしまい、その内容を立ち聞きしてしまったこと。
あれほど帰りたがっている聖女には、実は“ヨツバダイチ”なる人物と婚姻の約束をしているらしいのに、自分がどれほど焦がれても、ただのメイドかと袖に振られ、見向きもしてくれず釣れない態度しかとってくれないが、それでも憧れのジョンジャック様に、無理矢理、嫁がせるために、軟禁したことなども。
これを聞いてしまったマリリンは、いい機会だわ。だったら聖女をさっさと追い払ってしまえばいいんだわ。聖女がいなくなったら自分が騎士様を慰めて婚約者の後釜に座ればいいじゃない、そうよあたしの可愛らしさを最大限に生かせば騎士様もきっとイチコロになるに違いないと、そんな子供騙しな考えが上手くいくはずもないだろうに、恋は盲目とはよくいったもので、邪悪な策略を張り巡らすマリリンなのであった。
・・・こうして、聖女へのお茶の差し入れをするメイドを呼び止めると、確かこの子は下級兵士と恋人同士だったわよね。今の時間ならその兵士は休憩中だったはず。とメイドならではの情報網を駆使して、あたしが仕事を代わってあげるから、空いた時間で彼氏に会ってきなさいよ。と言葉巧みに追い払った。
そして自分はまんまと聖女のお茶汲み係として、聖女が軟禁されてる部屋へ入り込んだ。
そうやっておいて、聖女の部屋へ入り込んだマリリン。
聖女から、あなたは誰?今までのお茶汲み係のメイドと違うようね? と警戒して詰問するので、マリリンは開口一番、いつものメイドが体調を崩したのであたしが臨時で今日の聖女様への接待を仰せつかりました。と見た目綺麗で可愛いことを最大限利用して、聖女の警戒心を解いた。
そうやっておいて、3人の男性の計略を、言葉巧みに脚色も交えて暴露したのである。
「──、ところで・・・。恐れ多いながらも、聖女様。あたしは聖女様ほど優しすぎて真実が視えなくなっている方を存じ上げません。」
一体・・・。このメイドは何を言い出すのだろうと聖女が訝しく思っていると。
「聖女様、“召喚の儀”がどうやってとり行われたかご存じでしたでしょうか? 」
えっ?、何のこと?どういうことなの?
「実は・・・。召喚する時でさえ、こちら側で比較的魔力が高いだろうと言われる10人の、魔術師様や神官様・巫女様・皇族たちの魔力を必要としたそうですよ?
確か・・・、聖女様が召喚されたときに10人ほどの“召喚士”だと紹介された方々をご覧になっているはずかと存じますが。彼らの大半が気を失って倒れている姿を目撃していたはずでございます。その彼らの魔力が再び回復するのには、最低でも1か月は必要だったというのは真実でございますが。“身代わり”となる別の“召喚士”など用意する必要は、全くなかったのでございます・・・。
なぜなら・・・。なぜなら、魔力が回復することだけを待てばよかっただけの話なのですから。」
聖女はかなりショックを受けた様子だった。
皇太子からは、半分の“召喚士”たちが使い物にならないくらい、身体的にも魔力にもダメージを受け、後遺症に苦しんでいると聞かされていたのに・・・。
だからそのための“代わりの召喚士”を選別する期間や、彼ら全員の都合のよい日程を調節するために、待ち続ける羽目になったというのに。
「それと・・・、この世界の月は2つございますが、もし聖女様を帰還させることができたとしても、次なる“聖女様”を召喚するためには、また次の月と太陽の条件である“日食”が整うまでに1年以上もかかるそうなのです。
けれど・・・。」
と言い淀むメイドであったが聖女は、それで?どういうことなの?先を。と促され、迫真の演技で蒼白になった顔と今にも零れ落ちそうな涙を浮かべるマリリン。
「・・・実際には、“帰還の儀式”は日食を起こしたのとは違う、もう片方の月が数か月毎に発現する“月食”だけで十分だとのこと。
それなのに、一度召喚した“聖女様”をそうそう、みすみす簡単に帰せるわけがない。ともお三方は仰っていたのでございます・・・。
ああ、・・・ああ、聖女様。恐れ多いながらも、聖女様はお三方に都合よく騙されておいでなのです。
さらに、・・・さらに、これだけは言おうか悩みましたが、聖女様のためにも意を決してお伝えしておかなければと思い白状致します。」
え、・・・日食まで待たなくてもよかったの? しかも数か月に1度ある月食だけでいいっですって?
聖女は、生活魔法を丁寧に教えてくれて信頼してた皇太子だけでなく、自分に熱心に、時には厳しく、しかしできた時には優しく褒めてくれた、最初に神力を指導してくれた神官にまで裏切られていたと言う事実に愕然とした。
しかも話はそれだけでは済まなそうだ。続き・・・続きをと。それでも聖女は真実を知らなければ、と気丈に振舞った。
「はい、実は、・・・本当は、聖女様召喚の儀式の際にはもう1つ、こちらの側の人達の魔力だけでなく、聖女様の元の世界の近親者・友人・恋人や夫がいれば彼らを含む聖女様と親しければ親しい間柄の人達ほど、直近の10人、魔力のない者の場合“生命力”を犠牲にして召喚するのだそうです。
そういう理由ですから、元の世界の通路を再び開くためには、もう一度さらなる別の犠牲者たち、・・・こちら側とあちら側10人ずつ、また20人もの生贄となる犠牲者が必要になるのだそうでございます。それがあるからこそ、容易には元の世界に帰せることができないのだ、という内容のことなども仰っていました・・・。」
そんな、・・・なんてこと? 聖女のかなり同様した様子に、本心ではにんまりと邪悪な笑みを浮かべそうになるマリリンであったが、そこですかさず畳み掛けるように更なる絶望の淵へと聖女を追い落とそうと先を続けた。
「ですから、このまま手をこまねいて、黙ったままこの部屋に軟禁され続けているだけでは、すぐに婚姻の日がやってきて、無理矢理嫁がされるだけでございますわ。騎士様に手籠めにされて既成事実を作られてこちらの住人になったと、この世界の神々に認識されてしまったら、本当にもう元の世界に帰ることも戻ることすらも、できなくなりますわ。
・・・そうであればこそ、お優しい聖女様なら良き知恵を持ってして、20人もの犠牲を出してまで帰還したいとか、再度の“聖女様召喚の儀”という名の誘拐を犯させないためにも、陛下や重鎮たちが如何に愚かな行為をしてきたのか、目を覚まさせる方法を思いつくのではございませんか?
あの方々は鬼、いいえ悪魔にも等しい存在ですわ。こんなにもお優しい聖女様が、どれほどお心を砕いているかということにも関わらず、愚行を改めようともなさらないで、何という鬼畜な所業を・・・。」
と告げられ、“召喚時の真実”を告げられたショックで・・・暫し茫然とした。
10人もの知人や彼氏だけでなく見知らぬ召喚士たちが?・・・。場合によっては、もしかして犠牲にされたかもしれない四葉大地くんたちが?、“死”?、・・・“死んでいるかもしれない”? などという事実を知らされ・・・。放心状態の“聖女”は、また10人の見知らぬ召喚士たちはともかく、10人の直近の知人の“生命力”が犠牲になるくらいなら、自分一人の我慢で済むならこの国に居続けた方がいいのか?
しかも騎士ジョンジャックからも、これは王命だと、政略だとも確かにいっていたけど。それすらも聖女をこの世界にとどめおくための嘘だったなんて。結婚してこちらの世界に残ることになったとしても、少しは情も沸いてきて夫婦としてそれなりの生活を送らなければと、覚悟を決めようしていたのに。
何もかも、全てが嘘だった。みんなに嘘をつかれていたのかと。神力の修行も、生活魔法の教えも、護衛も、何もかも、全部、全部くだらないこんな理由だけで、聖女の傍につき、信用と信頼を築くための嘘だったのだ・・・。とうとう聖女は、絶望と言う名の奈落の底に叩き落とされた・・・。
だとしても、自分が帰還せずに残るのを決意したとしても、今後も、寿命か病気か事故で死んだら?。また他の別の違う聖女を召喚するの?。ダメだ。もうこれ以上、新たな犠牲になる者たちを出し続けないようにするには?・・・。ああ、ああ、そうだよ。そうだよね“大地くん”。貴方だったら、いいえ貴方でも同じこと思いついてくれるはずだよね。だからきっと貴方なら許してくれるはずだよね。そう、自分の命だけを犠牲にすればそれで済むだろうということに、思い至ってしまったのだから・・・。
それに、大学を卒業したら結婚しようね。死ぬまで側にいて生きていきたいんだ。一緒に家庭を築きあげていきたいんだ。と約束してくれた、元の世界での恋人の“大地くん”。彼のお嫁さんにしてほしかった。彼の奥さんになりたかった。
無理矢理、好きでもなんでもない騎士と、“聖女”の自分をつなぎ留め続けておくためだけの政略結婚だなんて真っ平ゴメンだ。ならばいっそ、・・・そうだ、そうだったんだよ、死んだ方が断然ましだ、否、死んでも嫌だ!。
そういえば?、・・・と。以前、虐められていた“メイ”が、どうしても虐めが耐え切れなくなり生き辛くなった時に、使おうと持っていた毒薬をとりあげていたのを思い出した“アオイ”は、そうだ。こんな時にこそ、今こそ使うべき時ではないのか?と。それこそ天啓が閃いたかのように、隠し持っていた毒を握りしめ、さすがに最初はちょっと躊躇したけど、一気に煽ると自ら命を断ち切ったのである。このことを知らしめることで、彼らの愚行が改められればよいかも、と自死を選んだのだ。
──しかし、死んだことで皮肉にも解放された魂は、あれほど焦がれた元の世界へ帰っていった・・・まさに「身体はこちらがわでの“聖女”という役目を与えられて支配されていたかもしれないけれど、私の心は、魂は今は自由だわ」──。