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“メイ”


◆“メイ”


 ──“聖女”としての役目と責務を、右も左もわからないまま押し付けられたが、無責任に引き受けたわけではない。元来、困っている人がいたら自分のできる範囲で手を差し伸べてあげなさい、と家訓で言われてたし、自分自身もそうありたいと生きてきた“アオイ”である。

 引き受けた以上、聖女として本当に異世界ならではの、おおファンタシー!な能力、神力とやらが備わっていたらしいことが判明した“アオイ”であったが。最初からいきなり神力とやらを使いこなせて、神殿とやらで祈りを捧げればオッケーというわけにはいかなかった。




 ユディウス神官の指導の下、無理矢理何とか覚えさせられた神力の、“浄化”の制御が、なかなか上手にできずに行き詰っていた時だった。

 神官の教え方が下手なわけではない。“アオイ”が異世界人であるからこその、感性の違いのせいだ。

 神力などと言う、異世界において常識の範囲外の力などいきなり使いこなせようはずがなく、ましてや、では別の“力”、生活魔法程度の簡単な魔力から慣らしていくのはどうだろうか? 

 と今度は、アレクシス皇太子自らが率先して提案してきたが、使ったことがない以上、できないものは土台逆立ちしても、無理な話なのであった。


 “聖女”として、それなりに優遇されていた“アオイ”であったが、異世界人と言うだけで中には邪な考えを持つ者もいるし、身に危害を及ぼそうと画策する者もいるかもしれない。と言うことで、“アオイ”の周囲に近づく人間は常に厳しく吟味し、限定され、監視されていた。


 そのため、神力修行の合間に気分転換に散策しに来た庭は、たまたま人気がないというわけではなく、細心の注意を払って前もって人払いされた庭であった。

 護衛騎士としてつけられたジョンジャック・・・否、多分監視も兼ねているだろう。騎士は、念のため側に控えていましょうか? と申し出たのに対して、気疲れしてた“アオイ”は、どうせ人払いして誰もいない庭だから、入口で待ってれば大丈夫だから。と言いさして、僅かな距離でも一人になって、ちょっとした解放気分で、庭の花々や飛び回る虫や小鳥の囀りを楽しんでいた。


 そんな場所に、人目を忍んで隠れるように泣いていたのが“メイ”という下女だった。最初“メイ”は“アオイ”が何者かわかっていないようだった。

 “アオイ”もこの庭は、側勤めをする巫女や神官たちから、聖女専用の庭ですよ、と言い含められていたので、自分以外に他に人がいるだなんて、考えも及ばなかった。


 “メイ”は、聖女の侍女として誰が選ばれるかとメイドや女官達が争っている中、10歳でルピナスの孤児院から奉公に出されてきた一番下っ端の下女で、一人で大量の洗濯をしていた。

 親なし子な上、見た目も全体的に灰色の髪の毛のせいで“小汚いドブネズミがいるよ”、と職場の先輩たちや貴族出身の巫女たちから貶められ、またその割に紫色の瞳と言うこの国においては珍しい色合いの目と、本人は自覚がなかったが、10歳にしては器量良しのせいで、嫉妬もあってか余計に虐められていた。


 身体中にも大小いくつかの怪我を負わされ、結果泣かされて、とうとう耐え切れなくって“毒”を飲もうとしていた時だった。


 この“毒”。孤児院出身だというだけで奉公先では大なり小なり差別されるものだよと、奉公に出た先輩たちから、よくよく手紙や仕事の合間に孤児院を訪問しにきた時などに知らされていた。なので、仲間たちとどうしても奉公先で虐めが耐え切れなくなり、生き辛くなった時に使えばいいよと渡されていた。

 中でも頭がよく出来もよかった子の知恵と知識から、孤児院の裏庭に密かに野生で群生していた毒草から作り出された毒薬を、奉公先に出る子、一人一人に必ず渡され持たされていた”毒”だった。


 聖女の為に人払いされているとも知らず、“メイ”が、一目を忍んで人気が全くない庭にたどり着き、ひっそり密かにここで朽ち果てるのも悪くないと思い、“毒”を煽ろうとしたのも、そのような時に“アオイ”が、たまたま偶然居合わせた“メイ”が飲もうとしていたものが、尋常でなく、ただの飲み物?ではないことに気づいたのも、もしかして、これこそ天の采配だったのかもしれない。


 「ダメだよ、やめておきなさい。どんな理由があるにせよ、くだらない虐めなんかに負けないで。こんなことで命をなくしたら虐めっ子たちの思う壺よ。死ぬ勇気があるなら、これ以上怖いものはないはずだよね? 死んだつもりになって、逆にその人たちを見返してやりなさいよ。自殺なんて、ホント馬鹿で愚か者のすることよ。それに、この世界にはまだまだ見たことのない楽しみがあるかもしれないじゃないの? それを見ずにして死ぬなんて、もったいないと思わない?」


 と言って毒薬を“メイ”からとりあげ、


 「これは余程のことがない限り私が預かっておくわ。でもこれを2度と使うことがないように、使いたいと思わないように考えてほしいな。いいわね?」


 と説得した。ふとそう言えば“アオイ”は、彼女を慕って仲の良かった妹“芽唯”メイのことを、どうして忘れてしまっていたんだろう? 召喚されてから、神力の修行やら、こちらの世界のマナーやら学ぶのに必死で、元の世界のことを最近思い出す暇がなかったのに愕然とした。思い出してみたら、今頃元気にしているだろうか? 自分が突然いなくなって寂しがってないだろうか? と妹の“芽唯”に髪の色はともかく、何となく見た目や声や仕草だけでなく、名前まで似ている“メイ”を、こうして侍女として救い上げ、お気に入りとして傍におくようになっていた。


 “アオイ”のおかげで命を救われ、聖女の側仕えという、ある意味名誉な職にも就くことができ、さらに生きる目標と目的をもたらされた“メイ”は、彼女の良き理解者となり、彼女が教えてくれた妹の存在のようになって、かいがいしく彼女を支え、“聖女様”、「聖女様」、と慕うようになった。



 しかし実は、彼女の方でも“メイ”にかけた言葉は、自分自身にこそかけてほしい言葉だったのだ。


 こうして聖女“アオイ”の側仕えとして選んだ“メイ”だけが、この見知らぬ異世界においての、癒しであり、慰めとなり、うん、もう少し頑張っていこう、という原動力になっていった──。


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