2 ミルグイーヌの裏側
私が首を傾げてそう言うと、况乃さんはデスクのノートパソコンの画面を私の方に向けた。
そこにはネットのニュースの記事が表示されていて、その記事の見出しにはこう書かれていた。
『最近四邸阪田市で多発している、ぬいぐるみ失踪事件の謎!』
「この事件って、刹羅が首切殺人と並行してやってる、ぬいぐるみの誘拐ですよね?」
私が尋ねると、况乃さんは「そうよ」と頷いて続けた。
「これは赤井栄助が殺されて少ししてから起きている事件よ。
ただ、失踪したのが人間じゃなくてぬいぐるみだから警察も動かないし、
テレビや新聞に流れるようなニュースにはならないけど、ネットでは割と話題になっていたのよ。
それで調べてみたら、失踪したぬいぐるみは、
どれもある輸入業者が、特定の国から輸入した物に限定されている事が分かったのよ」
「その輸入業者って、まさか・・・・・・」
そう言って私がゴクリと唾を飲むと、况乃さんは頷いてこう言った。
「そう、ミルグイーヌカンパニーよ」
「そ、そうなんですか。でも、それだけでどうしてこの会社が、
裏で小汚い商売をしてるって事になるんですか?
ただ、自分の会社で輸入したぬいぐるみを誘拐してるだけでしょう?
まあそもそも、この誘拐の目的自体がよく分かりませんけど」
「それならこの場で分かるわよ。詩琴、誘拐されたぬいぐるみを持って来たわよね?」
「はい、ぬいぐるみだけは取り返す事ができたので、ここに持って来ました」
私がソファーに置いた二匹のクマのぬいぐるみを指差しながらそう言うと、
况乃さんはそのぬいぐるみを見やりながら私に言った。
「どっちか一匹を両手で持って、目の前に掲げなさい」
「え?何でですか?」
「いいからやるのよ。今からミルグイーヌカンパニーが裏で何をしているのかを見せてあげるから」
「はぁ・・・・・・」
况乃さんの言葉に私は気のない返事をし、
とりあえず二匹居るうちの一匹のぬいぐるみ(刹羅はこの子を太郎二号と呼んでいた)を両手に持ち、
况乃さんに言われた通り自分の目の前に掲げた。
大きさは大体四十センチくらいだろうか。
海外の有名メーカーのぬいぐるみというだけあって、
栗毛色の毛並みがツヤツヤのモフモフで、無邪気でつぶらな瞳が何とも愛らしい。
ただ、持って帰って来る時から思っていた事だけど、
このぬいぐるみは、同じサイズの他のぬいぐるみより、ズッシリ重い気がする。
綿以外に何か他の物が入っているんだろうか?
と思っていると、况乃さんは潟奈ちゃんの方に向いてこう言った。
「潟奈、詩琴が持っているぬいぐるみの首を斬りなさい」
「どえぇっ⁉」
と、驚きの声を上げたのは私だった。
そしてぬいぐるみを前に掲げたまま、况乃さんに抗議の声を上げた。
「何て事言うんですか⁉これは盗まれたぬいぐるみなんですよ⁉
そんな事したら元の持ち主に返せなくなるじゃないですか!」
しかし况乃さんはさもめんどくさそうに頭をかきながらこう返す。
「どの道このぬいぐるみは警察に押収されるわよ。
それが何なのかを今から見せてあげると言っているのよ」
「で、でも・・・・・・」
一体このぬいぐるみの中に何が入っているのか気にはなるけど、
それでもこの子の首を斬りおとす事にはどうしても抵抗があった。
だってかわいそうじゃないの!
そりゃあそうしなきゃこの中に何が入っているのかは分からないけど、
首を斬りおとすなんてやっぱりかわいそうだよ!
そう心の叫びを上げていると、瞬が収まった鞘を両手に持った潟奈ちゃんが私の前に立ち、
申し訳なさそうな顔で言った。
「詩琴さん、ごめんなさい。私もかわいそうだとは思いますが、これも事件解決の為です。
動くと詩琴さんの腕までぬいぐるみの首と一緒に宙に飛んでしまうので、
絶対にそのまま動かないでくださいね?」
「えぇっ⁉ちょ、待ってよ潟奈ちゃ――――――」
と、私が言い終えるより早く、潟奈ちゃんは瞬の柄に手をかけた。
そして次の瞬間。
スチャッ。
と、瞬が(・)鞘に(・)収まる(・・・)音がした。
え?今、もう、斬ったの?
と私が目を丸くしていると、
ポトリ。
と、寸分狂わず首の継ぎ目の部分を切断されたぬいぐるみの頭が、床の上にゴロンと転がった。
「た、太郎二号ーっ!」
思わず叫び声を上げる私。
これは太郎二号の首を斬りおとされた悲しみより、
潟奈ちゃんの瞬の太刀筋が全く見えなかった驚きの方が大きかった。
いや、本当にいつ斬ったの?
太刀筋どころか瞬を鞘から抜く瞬間すら見えなかったんですけど⁉
本当に文字通り瞬く間に斬りおとされたじゃないの!
怖っ!凄っ!
流石はアヤメビトコーポレーションで最強と言われた殺し屋(一人も殺してないけど)!
瞬の潟奈の通り名は伊達じゃないって事か!
などと今更ながらに潟奈ちゃんの凄さに恐れおののいていると、
頭を斬りおとされた太郎二号の首元から、何やら白い粉のような物が見えた。
「あれ?これ、粉、ですか?」
私が首をかしげながらつぶやくと、况乃さんがその粉を右手の人差指ですくって言った。
「これは東ヨーロッパに位置する小国、
アホンダラ共和国から密輸された『ヤタラハイニナール』という向精神薬剤。
まあ分かりやすく言えば、麻薬よ」
「ま、麻薬ぅっ⁉」
况乃さんの言葉に私は驚きの声を上げ、思わす太郎二号の体を床に落としそうになった。
「こ、これが、ミルグイーヌカンパニーの小汚い商売なんですか?」
私の問いかけに、况乃さんはうなずいて続けた。
「そうよ。ミルグイーヌカンパニーは海外のぬいぐるみを輸入する一方で、
その一部のぬいぐるみの中に麻薬を詰めて密輸し、
国内でそれを売りさばいて莫大な利益を上げているのよ。
ところが最近、小売店に卸す普通のぬいぐるみの中に、誤って麻薬の詰まったぬいぐるみが混じってしまい、
そのまま店頭で販売されてしまったの。
更にその事を営業部の赤井栄助に知られてしまい、
口封じの為にアヤメビトコーポレーションに殺しを依頼し、赤井栄助を殺害。
そしてこの殺人を無差別殺人に見せかけるため、
他の無関係の人間も次々に殺害させる一方で、店頭で販売されたぬいぐるみの回収もさせていた。
まあこれが今回の一連の事件の真相よ」
「そ、そうだったんですか。この短期間でよくそれだけの事を調べましたね?」
「この仕事をしていたらこれくらいは当然よ。
それより明日、もう一匹のぬいぐるみを持って、『もふもふ王国』へ行って来なさい。
あそこはほとんどのぬいぐるみをミルグイーヌカンパニーから卸しているから、
このぬいぐるみもあの店で販売された物かどうか、確認して来るのよ」
「わ、わかりました。それにしても、よくあのお店の事まで知ってますね?
况乃さん、ぬいぐるみなんか全く興味がなさそうなのに」
私がそう言うと、况乃さんはほんの少しだけ右の眉をピクンと動かして言った。
「仕事の為よ。私は別にぬいぐるみになんかに興味はないわ」
そして腰かけた椅子をグルリと回転させて私に背を向ける况乃さん。
もしかして、照れているんだろうか?
実はメッチャぬいぐるみ大好きとか?
でもその事でからかうと後が怖そうなので、私はそれ以上突っ込んで聞く事はしなかった。
とにかく明日、またあのぬいぐるみ屋さんに行ってみよう。




