2 モーニングバトル
という物凄い衝撃音とともに私の部屋の扉が吹き飛び、
そこからパジャマ姿で取っ組み合いながら転がりこんで来た女子が二人。
一人は深い赤色の髪を背中まで伸ばした少女で、
もう一人は青みがかったフワフワの黒髪が肩のあたりまである少女。
赤髪の方は名前を花巻綾芽といい、
体格は私より一回り以上小柄で、
目はクリっと大きくて、
黙っていればなかなかの美少女なんだけど、
その見た目とは裏腹にバカみたいに(頭もおバカだが)強くて、
裏の世界では『シティーガールハンター』という凄腕の始末屋として恐れられている。
西遊記の孫悟空が使う『如意棒』のごとく、
愛用の武器である『暴憐棒』を操り、
人並外れた棒術で襲いくる相手をなぎ倒す。
どこでそんな技を身に付けたのかとか、
どうしてそんな綾芽が况乃さんの元で始末屋として働いているのかとか、
色々分からない事だらけだけど、
何だか本人もあまり言いたくなさそうだし、
その辺は突っ込んで聞かない事にしている。
とりあえず私にとって綾芽は、
頭はおバカだけど、一人で悪の組織をブッ潰すくらい強くて、
何故かやたらと私にまとわりついてくる、
頼りになるんだかうっとうしいんだかよく分からない少女なのだ。
で、
そんな化け物じみた強さを持った綾芽と互角の取っ組み合いの喧嘩をしている、
青みがかった黒髪の女の子の名前は、桐咲潟奈ちゃん。
肌が透き通る雪のように白く、西洋のお人形さんのように完璧に整った顔立ちは、
誰でも見とれる程に可憐で美しいのだけれど、
その正体は『アヤメビトコーポレーション』という暗殺組織で最強と言われた殺し屋で、
相棒の日本刀である『瞬』で、狙った獲物を瞬く間に斬り伏せる。
そのあまりの早技から、ついた通り名は『瞬の潟奈』。
だけど、そんな恐ろしい強さと通り名を持った彼女は、
実は実際に人を殺した事がなく、
どうも自分は殺し屋に向いてないと悟った彼女はアヤメビトコーポレーションを抜けて、
この園真探偵事務所で住み込みで働く事になったのだ。
だけど、以前も綾芽と命懸けの闘いを繰り広げたせいか、この二人は本当にささいな事でも衝突して、
飽きもせずに毎日壮絶な喧嘩を繰り返している。
それはもはや野良猫同士の喧嘩のごとく、暴力的で遠慮がなく、本能むき出しでけたたましい。
だけどせっかくゆっくり寝られる月曜の朝、
こんな喧嘩の為にその貴重なひと時を邪魔されたくない私は、
何とかこの喧嘩をやり過ごそうと、丸虫のごとく布団の中に丸まって、嵐が過ぎ去るのを待った。
が、
ぐゎっしゃぁん!どんがらがっしゃぁん!
バキッ!ドカッ!ボコッ!
「今日という今日はブッ倒します!」
「それはこちらのセリフです!」
と、嵐は過ぎ去るどころか、ここにとどまったまま益々激しさを増している。
なので私は仕方なく布団から顔を出し、できるだけ乱暴な言葉遣いにならないよう注意しながら、
目の前の二人に声をかけた。
「うっさいわねあんた達!朝っぱらから人の部屋で喧嘩してんじゃないわよ!」
乱暴な言葉遣いにならないように注意したつもりだけど失敗した。
私は理性よりも感情が先走るタイプなのだ。
それはともかく、私の声に取っ組みあったままピタリと動きを止めた綾芽と潟奈ちゃんは、
私の方に振り向いて声を荒げた。
「おはようございますしぃちゃん!綾芽がしいちゃんを起こしに来ましたよ!」と綾芽。
「おはようございます詩琴さん!潟奈が詩琴さんを起こしに参りました!」と潟奈ちゃん。
そして再び睨みあう二人。
そんな二人を見て私は深いため息をつき、頭をポリポリかきながら言った。
「あんた達、人を起こすのにどうしてそんなにやかましい喧嘩をしなきゃいけないの?」
それに対して綾芽が声を張り上げる。
「これには海より深い訳があるんです!」
そしてそれに負けじと潟奈ちゃんも声を張り上げる。
「どうしてもこの争いは避けられなかったのです!」
なので私は、その海より深い訳があり、避けられなかった争いの理由を聞いてみる事にした。
それに対する二人の答えはこうだった。
「それは、私がしぃちゃんを起こしに行こうとしたら、
この色白のスパスパ女(綾芽いわく、『潟奈は愛刀の『瞬』で何でもスパスパ斬ってしまう』のでそう呼んでいるらしい)が邪魔をして来たんです!」と綾芽。
「私が詩琴さんの朝の目覚めの手伝いをしにおうかがいしようとしたら、
この赤毛の棒力女(潟奈いわく、『綾芽は相棒の『暴憐棒』を使い、バカ力で暴れまくる』のでそう呼んでいるらしい)が邪魔をして来たのです!」と潟奈ちゃん。
その子供用プールよりも浅い喧嘩の理由に、私は大人用プールよりも深いため息をつく。
ちなみにこの二人は昨日、綾芽が潟奈ちゃんの寝ている隙に彼女のオデコにマジックで
『アホ丸出し』
と落書きした事をキッカケに壮絶な喧嘩をしており(潟奈ちゃんは潟奈ちゃんで綾芽が寝ている隙に、綾芽のマブタにマヌケな黒目をマジックで書きこんでいた)、
その前の日は、何となくお互いの視線がぶつかったから喧嘩になり、
その前の日も何かよく分からない事がキッカケで喧嘩になって・・・・・・
まあとにかく、潟奈ちゃんがここに住むようになってから、
綾芽と喧嘩しなかった日は一日たりとてないのだ。
果たして私の生活に、平穏のふた文字が訪れる日はやって来るのだろうか?
そう思いながら途方に暮れていたその時、おもむろにもう一人の人物が、私の部屋に現れた。