30.操縦課程訓練施設
※書籍化の予定でしたが、諸事情により未書籍化となりました※
※文体に齟齬が生じるため、掲載当初のまま再掲載します※
※今見ると文章がつたないですが、ご容赦ください※
三十 操縦課程訓練施設
無重力体験まで時間があったため、無重力体験施設の上階にある操縦士訓練施設を見ることにした。
ここは先日、危機管理対応能力の確認として、チームごとに与えられた課題を行った訓練施設である。
グレイスとしてはエラい目にあったという記憶が大きい。
訓練では実際に施設内に入って機器を取り扱ったが、今回はガラス越しに機器を見るのみである。
その側にはスイッチがあって、実際の訓練の状況を映像として見る事が出来るようである。
智成がそのスイッチを押した。
すると……
先日のグレイス達が対応した映像が映っていた。
「おい、これ、お前じゃないのか?」
高杉の声に映像を確認するグレイス。
「げっ、これ放映してたの? うわ〜。超恥ずかしい」
どうも先日急遽行われた危機管理の授業は、この学校祭に合わせた撮影でもあったらしい。食えない「親父」である。
「あら、まあ、グレイスさん、操縦席に居るのね」
そう言う叔母に、智成はじっと映像を凝視する。
「……やられた」
そうぼやいたグレイスだった。
「お前、映像撮られてる事に気付かなかったのか?」
「撮られている事はいいんですよ。評価確認等で慣れていますからね。でも、学校祭で使用されるとは聞いていませんでしたよ。やっぱりうちの教授陣は食えないものばかりですね……」
グレイスを除く四人は、興味津々で映像を見ている。
対応中の音声もバッチリ録音されていた。
訓練中は無我夢中で行っていたため自分の感情に構っていられなかったが、こうして映像としてみせられると恥ずかしいものがある。
映像は危機発生の場面に移っている。
食い入るように映像を見る四人から一歩引いた感じで自分も映像を見る。
あの時はとにかく機体を安定させようと五人必死に対応していた。
課題はクリア出来ていたが、本当にあの対応で良かったのか、他に対処方法はなかったのか、映像を見ながらグレイスは分析をしていた。
「グレイスさん、あの四人がチームメンバーなのね? では、あの二人が残りのメンバーなのかしら?」
ジーンとカイルを指して言う叔母。
「その通りです。無重力体験施設のスタッフをしていますから、その時会う事が出来ると思いますよ」
「頼もしいチームメイトね」
「私も随分助けられています」
映像は危機を脱し、円陣を組んで喝采したシーンで終わっていた。
さて、時間も進み無重力体験の時間が迫り、体験室へ向かう五人。
「具合が悪くなったらすぐに言って下さいね。具合が悪くなるのは恥ずかしい事ではないので。実際に訓練生でも具合悪くする者が大勢居るのですから」
グレイスが叔母に対して言った言葉だ。
「そんなに危ないのか?」
そう聞いて来たのは高杉。
「人によるけれど……。三半規管がうまく機能しなくなるのよね。それで具合が悪くなる人、結構居るのよ。訓練に訓練を重ねて慣れた人も居るけど」
「お前もその口か?」
「残念。私の場合、はじめから三半規管が元々強かったのか無重力でも酔わなかったのよ。パイロット向きと言われたわ。乗り物酔いもしないし、遊園地のコーヒーカップ派手に回転させても酔った事ないしね」
「それって、ある意味鈍いって事じゃ……」
「高杉さん、何か言った?」
「いや、何も」
こんな遣り取りをしながら、順番を待つグレイス達だった。
ファステストチケットを予約していたおかげで、それほど待たずに無重力体験の順番が回って来た。
叔父の重成は、体験前の検診で、今回の体験は見送る事となった。
ここで、グレイスは改めてチームメイトを紹介する。
「受付に居るのがジーン、先ほどの映像でプログラム修正に加わっていたメンバーで、検診をしたカイルは医療担当のチームメイトよ」
「ジーン、カイル、こちらは私の家族と高杉さん」
それを聞いて、二人も慌てて挨拶をする。
「ジーン・アルファイドです。グレイスと同じ操縦課程を取っています」
「カイル・オービットと言います。医療関係の専攻で、こうして教官にこき使われています」
と冗談を交えながら挨拶をする。
「では、前の組が終了しましたら、次は貴方達の番です。短い時間ですが、楽しんで来て下さい。グレイス、中は頼んだ」
「了解!」
前の組が具合悪そうに部屋から出てくるのを横目に、真紀子叔母、智成、高杉、グレイスが無重力実験室に入る。
「準備はいいか?」
管制を勤める係員にサムズアップで回答を送る。
「少しずつ体が浮いてきますよ」
グレイスの言葉と同時にふわりと体が徐々に浮いて来る。
特別に許可を得て、重成はこの状況を管制室からガラス越しに見物している。
「まあ、面白い」
これは真紀子叔母の言葉。彼女も無重力に酔わないタイプらしい。
それに対して男性陣はというと……言葉がない。
グレイスは無重力を利用して男性陣の下に廻り顔を覗き込む。
具合が悪いまではいかないようだが、奇妙な感覚に襲われているらしい。
表情からそう読み取った。
「続けていられる?」
そう言うグレイスに男性陣は言葉ではなくジェスチャーで答えを寄越した。
片手で丸を作ってみせた。
完全無重力状態二分間時間をおいてから、管制からメッセージが届く。
「重力を徐々に戻します」
この言葉を聞いて、グレイスは三人を床に体が付くような体制を取らせた。
そして、自分も地面に足をつけた状態で重力が戻るのを待つ。
重力が完全に戻った事を確かめて、三人を床に立たせた。
「振らつきとか、吐き気、ありません?」
叔母の真紀子は元気そのもの、シャキシャキと動いていた。それに比べ男性陣は動きが散漫だった。
「もしかして酔った?」
高杉に声をかけた。
「酔うまでは行かないが、何か変な感じなのは否めない」
「僕も同じ」
それをきいて真紀子叔母は
「まあ、男性陣はダメダメねえ」
と言ってのけた。
これには反論のしようがなく、黙り込む二人。
「まあ、個人差ですから。逆に叔母さまの方が珍しいんですよ。初回から調子がいい人ってそういませんから」
「私って、貴重な人間?」
「そうとも言いますね」
グレイスが言葉を返す。
「と言う事は、私、宇宙に適性があるってこと?」
「少なくとも無重力には耐性があるって事になりますね」
「まあ、嬉しい」
はしゃぐ真紀子を前に男性陣はボソッと言った。
「何で、このムワーッとした感覚にならないんだ?」
「高杉さんも同じですか? 僕もなんかムワムワ、むかむかした感覚が少しあって……」
「どうして真紀子さんにはこの感覚がないんだ?」
「母は乗り物酔いに強いんですが……それが証明されましたね」
こんな会話をしている時、真紀子が声をかけて来た。
「高杉さんも智成も、ほら、さっさと行きましょう!」
勢いに負けて、すごすごと女性陣の後を付いて行く重成を含めた男性三人。
「体験コース、後はご免だ」
「同感です」
そう言い合う男性二人に重成は問いかけた。
「そんなに酷い体験だったのかね?」
「個人差はあるでしょうが、僕はあの一回で十分です」
智成の回答はこうだった。
「すると、その中に長時間居られるグレイスは凄いものだな」
その声に
「年下の女性に……という感情はありますが、認めざるを得ませんよ。彼女は凄い。初回から大丈夫だったと聞いていますので」
高杉がゴモゴモと言う。
「天性の感覚を持つ者か」
まだ、アカデミーへ進学した事に対して己の中で疑問を持っていた重成。
それが、このような形で正しかったと立証されてしまった。
あの時の選択は決して間違いではなかったのだと今納得していた。
「さあ、この後どうしましょう。主な場所は見て回った状態ですし」
グレイスのその言葉を聞いて、少し休みたいと男性陣が言い始めた。
「ブラックのキリマン飲んで落ち着きたい」
高杉がゲソッとして言う。
「じゃあ、先ほど寄った休憩所にまた行く?」
とのことで、再び特設の喫茶コーナーにまた立ち寄った五人だった。
喫茶で息を吹き返した高杉と智成。
顔色も落ち着いて来ていた。
「もう大丈夫ね」
グレイスのその問いに、智成は笑顔で返答を返せるようになっていた。
「この次に合えるのはいつかな?」
「さあ、いつかしら?」
楽しい一時を終え、四人とは別れの時を迎えた。
校門まで送るグレイス。
シャトルバスに乗る四人に手を振って、別れを惜しんだ。
グレイスは、彼らと今後会うのは、卒業もしくは就業後の長期休暇だと思っていた。
が、案外早く再会する機会が来ることをこの時のグレイスはまだ知らない。




