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1.連邦航宙士中央養成学校(アカデミー)

※書籍化の予定でしたが、諸事情により未書籍化となりました※

※文体に齟齬が生じるため、掲載当初のまま再掲載します※

※今見ると文章がつたないですが、ご容赦ください※

一 連邦航宙士中央養成学校アカデミー




 連邦歴三二五年四月。

 明日は本年度一回生第二期、四月組の入校日であり、前日である本日は附属寮の入寮日である。今期の入校生は二百八名。

 入学者名簿を見て、入寮の受付担当、グレイス・九条は溜め息を吐いた。

 彼女は現在二回生、昨年の第二期入学生である。

 現在、二回生第二期、四月入学組の在校生は九十八名。二百三名の入校であったが、既に百名以上が退学もしくは連邦航宙士中央養成学校アカデミーの下部に属する専門技術員養成校へ編入となっている。

 さらに卒業まで二年。現在より更に減員となる事は分かっていた。

 自分は果たしてこの生存競争に勝ち残って行けるのだろうか。生き残らなければ自分には未来が無い。

 アカデミーに入学する学生には、大きく分けて二種類のタイプが存在するとグレイスは思っている。

 憧れを抱き、夢や希望を持って努力して来た者。

 他に選択肢が無く、生きる為に連邦航宙士の道を志した者。

 グレイスは後者だった。

 誰にも頼らず、自らの力で生きる為にこの道を選んだ。負ける訳にはいかない。

 そして、現在このサバイバルレースを生き残っている学生の多くが、自分と同じ立場である事も知っていた。

 そんな自分達に、新たに後輩が増える。自分が通って来た道を辿る後輩達。自らの経験を思い出しながら、グレイスは呟いた。

「さて、今期の新人はコフィン・エクスプレスで何人残るかな?」


 『コフィン・エクスプレス(coffin express)』と呼ばれる期間がアカデミーには存在する。

 文字通り『棺桶特急』であり、入校後一ヶ月の間に集中的に行われる『一般教養』の特別訓練学習期間を指す。この期間の脱落者が最も多く、毎時期、約半数が脱落する。

 連邦関連施設校の場合、在校生は連邦公務員扱いとなるため、給料の支給を受けながら勉学に勤しむこととなる。アカデミーでは適正の無い者に税金投入する必要なしとの事から、入学一ヶ月で更に振るい落とされ、総合航宙士の資格有りと判断を受けた者のみ引き続き在校が許される。

 総合航宙士として適正が有るか、高度訓練に賭ける高額な費用を支給する価値があるのか、連邦公務員としての資格はあるか、卒業後連邦政府に所属する『総合航宙士』として勤続する意思や資質はあるのか……入学時の適正試験では分かり得ない部分を、一ヶ月間で徹底的に調べられるのである。

 適性試験が短期試験であれば、特別訓練学習期間の一ヶ月は長期試験であろう。

 税金を払うからには卒業後短期間で退職されると連邦政府としては投資を回収出来ない事になるため、判定はかなりシビアになる。

 入校生は学生として『生きるか死ぬか』の第一次判定を入校直後の一ヶ月間で受ける事になるのだ。


「グレイス、状況はどうだ?」

 入校生名簿を覗き込みながら男は問いかけた。

 男の名はジーン・アルファイド。

 グレイスと同じ二回生第二期入学組であり総合航宙士課程火器管制専攻である。格闘技と射撃が得意で、仲間から『歩くグレネード(手榴弾)』と呼ばれている。

 気さくで、アカデミーの学生の中では感情の起伏が激しい人種に分類されるが、どこか憎めない男である。この男がなぜこの愛称で呼ばれるかというと、一度怒りの感情が派手に爆発すると自身だけでなく周囲に多大な悪影響を及ぼすためである。最も『歩くグレネード』が本領発揮したのは現在まで一度きりであるが……。

 その男に向けて、グレイスが頬杖を付きながらコンピュータのディスプレイを向けた。

「最後の一人が来ない」

 見ると、データ内で一人だけチェックの入っていない者がいる。


  KAZUYA MIYAKE 出身地:テイタン恒星系


 名前から、第一太陽系地球に祖先を持つ者のようだ。

「ジーン、拾いに行ってこない?」

「俺が? 何で? 入校案内や地図も読めないような奴は入学資格無いぜ。ソイツは入校しても航宙図も読めずに宇宙で迷子になるのがオチだな」

 ごもっともである。

 現在、受付締め切りまで残り十五分を切った状態であり、手続きに遅れた場合、ペナルティが発生する。

 航宙士養成学校は元が軍隊と言う事もあり時間厳守には特に厳しい。

 遅刻の場合は容赦なくペナルティが発生する。ちなみに入校手続きの締め切り時間に遅れた場合は、入学の資格無しの判定が下される……入学資格の剥奪である。

「この一人が来るまで、外出許可が下りなくて困るんだけど……。この後予定あるんだけどな〜」

「俺に言うな」

 コフィン・エクスプレスの期間は、学生は学校敷地内から出る事は出来ないが、期間を経過すると、在校生には申請により外出許可が下りる。

 アカデミーや銀河連邦総合大学、連邦軍士官学校や連邦関連施設等が存在する『特別行政区画』からショッピング街やレジャー施設等、一般の民間施設が存在する『一般区画』へ外出が出来、多くの者が週末や午後休講の場合に申請する。

 最も、成績が悪い等の場合は許可が下りない事もあり、在校生は外出許可時には門限までフルに自由時間を謳歌する傾向がある。

 グレイスは外出申請をしていたが本日は入寮受付担当でもあり、受付完了後に許可が下りる事となっていた。

「どんどん時間が短くなる……」

「だから、俺に言うなって!」

 そんな遣り取りが続いていたが、待ち人は一向に来ない。

 この二人が、最後の一人が定時まで来るか来ないかについて賭けを始めようとしていた時、教官室のある中央棟から男が駆け寄って来た。

「おい、遅れている奴って、第三エアターミナル使ったりするか?」

 カイル・オービットである。

 グレイスやジーンと同じ二回生であり、医務課程専攻、外科医を目指している。

 勉強熱心である事は非常に結構だが、ラム肉の食事の際に「羊の内臓って、そういえば人間の内臓に似ているんだよな〜」と食堂で発言し、居合わせた者の食欲を減退させた事がある、時々はた迷惑な人物に変身する。以後、彼の前では『羊の話は御法度』が暗黙の了解となっている。

 こんな人物ではあるが、冷静さを兼ね備えており、仲間が暴走した際のストッパー役となっている。

 本来、今頃は新入生の医療チェックのため、研究室で準備に当たっている筈であるが、その準備を放り投げて白衣姿のまま尋ねて来た。

「ちょっと待て、テイタン恒星系からだから……。ああ、宇宙船は第三エアターミナル到着の可能性大だな」

 ジーンの言葉に「マジかよ」と呟き、カイルは頭を抱えた。

「おい、何だよ、急に。何かあったのか?」

 カイルの態度の理由が分からない。

 一体、何だ?

 彼の人物とは出身星系が異なり、また、血縁関係等も無く、カイルとは接点が無いはずである。

「中央棟の血液成分分析室に居たら『親父』に呼び出された。今年の入校者に第三エアターミナル使用する奴は居るか、まだ手続きの住んでいない最後の一人はどうなんだって聞かれたよ。『親父』の持っている資料には出身恒星系までの記載は無かったんだ」

 それが頭を抱えた理由とどう繋がるのか分からず、無言で更に続きを促した。

 カイルは深呼吸し、少し気持ちを落ち着かせた後に、こう言った。

「ビリーズブリッジ上で空港シャトルバスがバスジャックされたらしい。今から十五分前だ。時間的に、その最後の一人が乗っている可能性はないか?」

 一瞬の沈黙の後、二人は揃って声を上げた。

「はぁ? バスジャック??」


 十五分前――

 アカデミー附属学生寮に向かうミヤケは、己の不運を呪っていた。

 努力の甲斐があり念願のアカデミー入学試験に一発合格、三週間前に入校許可証を受け取り……ここまでは良かった。順調だった。順調すぎるほどだった。

 だが、その後が全くいただけなかった。

 遅刻という失態を回避する為に、テイタン恒星系からアカデミーのあるアスリード恒星系惑星ワイストンに向かう宇宙定期便の搭乗を一便早めたにも拘らず、宇宙船の機関故障で出港が遅れ、更に航海途中で航路宙域の空間が不安定になった為途中で足止めされ……ワイストンに到着したときには、現在乗っているシャトルバスを逃すと確実に遅刻する状況になっていた。

 何としてでも入寮指定時間までにたどり着かなければ、入学資格が消失する。

 冗談ではない、今までの努力が無駄になってしまう。

 到着と同時に宇宙船から飛び出し、ターミナルを駆け抜け……。

 通関手続きを終えた後、出発間際のこのバスに慌てて飛び乗ったのだが、バスには最大級の災難が待ちかまえていた。

「お前、頭の上で手を組んだままで居ろと言っただろう。腕を下げるな!」

 こめかみの辺りに金属の冷たい感触を感じ、ミヤケは現実に意識を引き戻された。

 自分の他にも数人の乗客が居たが、同じように頭の上で手を組んでいる。

 ――バスジャックに遭遇したのである。


 入寮予定生が事件に巻き込まれた可能性があると聞いた受付担当の二人は、信じられないような、呆れたような顔をした。

「今時バスジャックかよ? 何考えてんだ、実行犯」

「それよりも、乗客や乗員は無事? ミヤケはそのバスに乗っているの? 確認作業はどうなっているの?」

 グレイスは入寮手続き関係の書類をまとめながら、カイルに問い質した。

「今、教官達が情報を確認している。下手すれば、そいつは入校する前に本当に棺桶に入る事になるかもしれないぜ」

 それぞれが最悪の事態を頭の中で描き始めた時、館内放送が鳴った。

「チーム、プランキッシュ・ゲリラの要員は教官室へ出頭しなさい」

 プランキッシュ・ゲリラ――グレイス達が所属するチーム名である――メンバーへの出頭命令である。

 この館内放送により、三人は教官室に向かった。


「聞いたか、お前達」

 教官室に着いた途端、教官のサエキが声をかけてきた。

 そこには『プランキッシュ・ゲリラ』チームの一員のウォン・リーもおり、チームメイト五人のうち現在不在の一名を除く四人が揃った。

「聞きました。バスジャックの件は本当でしょうか。乗客に入寮生のミヤケは含まれておりますか?」

 四人を代表してグレイスが教官に質問した。

「残念ながら事件は事実だ。我が校の学生達が巻き込まれたこともな」

 サエキは椅子の背もたれに寄りかかり、深く重い溜め息を吐きながら言った。

 サエキは学生達から『親父』と呼ばれている。

 目つきは悪いし、口も悪い、でも話は分かる『おっかない親父』であるが、現在のような重苦しい雰囲気を醸し出すような人物ではない。事態の深刻さが感じられた。

 グレイスは、サエキの先ほどの言葉について疑問を投げかけた。

「学生達、ですか?」

 サエキは『学生』ではなく『学生達』の複数形を使った。他に学生が居るとでも言うのだろうか?

「もう一人、うちの学生が乗り合わせている。幸か不幸か分からんがな」

 妙な言い回しだった。

 幸か不幸か――勿論、巻き込まれた本人は不幸だろう。我々から見て、『幸』足り得る人物?

「誰です? その人物は?」

 グレイスのその問いにサエキは直接答えずに、椅子から体を乗り出し、四人の顔を順に覗き込みながら言い含めるように言った。

「お前達の良く知る人物だ」

「……」

「ここに居ない、残りのメンバーだ」

 その言葉に、四人は息をのんだ。自分達のチーム構成は五人。

 残りの一人は……。

「フレッド・ノイシュタイン!」


 フレッド・ノイシュタインは、科学技術課程専攻で空港管理システムについて研究している。

 第三エアターミナルで実地調査後、たまたま調査が早く終わったため、予定よりも早いシャトルバスを利用してアカデミーへ帰校する際、今回の事件に巻き込まれたらしい。

 この男もまた、ついていないようだ。

 無言になった学生達に、心配になったサエキが声をかけた。

「おい、大丈夫か、お前達」

 学生達は何とも形容しがたい、妙な顔をしていた。

 間違っても、心配や不安を感じている顔ではない。

「俺、気の毒になってきた」

 カイルがつぶやくように言い、他のメンバーは次のように追従した。

「同感!」

「右に同じ」

「無事だといいわね」

 その言葉に、サエキが確認するように問いかけた。

「気の毒とは、ノイシュタインとミヤケがか?」

「犯人がです」

 間髪入れずに言葉が返って来た。

 四人の言葉は、綺麗に揃っていた。


 この場に居ないチームメンバー、フレッド・ノイシュタインは百九十センチ近い長身でありながら、腰まであるストレートの銀の長髪が自慢? の一見モデルと間違うような美貌の男である。いや、実際にアカデミー入校前の一時期、モデルとしてバイトしていた事もあるため、正確には元モデルと言った方が正しい。「芸能活動はしませんという誓約書を書かされた」とは本人の談である。

 外見は優男風に見えるため、多くの者が無害な男だと騙される。実はかなりのパワーの持ち主で、格闘技の腕も良く、養成学校対抗格闘技大会に選手として出場した際には、上位の成績を収め、大会後、警備専門技術員養成校から熱心にスカウトされた経緯がある。あまりのしつこさにフレッドは閉口し、寮には戻らずに研究室の内線の配線を全て抜いた上で籠城したのは記憶に新しい。

 更に驚くのは、もしアカデミーに入学出来なかったら『神父』か『修道僧』を目指していた、という点であり、一時期、本当に修道院に身を寄せていた事もあるらしい。一風変わった男である。

 そんな男が、バスの中に居る。

 まさしく、幸か不幸か――


「他の乗客は二人、帰省から戻りアカデミーに向かっていた研究事務員と、バスジャック犯だ。乗務員を含めて、全部で五人が搭乗している」

 サエキが状況の説明を始めた。

「人数が少なかったのは幸いだな。しかも、乗客は全てアカデミー関係者ときている。この状況なら、思い切った方法で早めの解決をはかりたいところなんだが……」

 渋い顔をして言葉を切った。

 一人はアカデミーの学生、このような場合の基本対処は学んでいる。また、他の二人はアカデミーに事務官として在籍する者と、これから学生として学んで行く者。一般人より状況把握が出来、状況に応じて周りに会わせる事が出来る者達であると期待しても良いだろう。

 ならば、通常の状況より対処方法の選択肢は多いはずであり、より大胆な策を行う事が出来る。

 だが……。

 四人には、サエキが言いたい事は分かっていた。

 厄介な事、それは……

「バスは『一般区画』を走っているんですね」

 一般区画では、司法権や警察権は惑星政府の管轄になり、連邦職員である彼らには手が出せない。

 連邦政府が管轄している『特別行政区』に車両が入らない限り、連邦警察や宇宙航空局特殊対策班は手の出しようがない。事件の推移を見守るしか無いのだ。

 惑星警察の対応は慎重だ。悪い事ではないが、慎重すぎる事は時に事態の長期化を招く。

 今回も既に十五分が経過しているが、突破口が見いだせず、手を拱いているのが現状だ。

 フレッドに、特別行政区画へのバスの誘導を望むのは酷だろうか。

「長くなるかも知れませんね」

 窓から晴れ渡った空を眺めながら言ったグレイスの言葉が、妙に響いた。




続きます。

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