第25話 朽ちた護衛艦
そろそろ午後四時。
日が暮れる前に、テントを張れるような場所を探さなければ。
「にしても、本当に何もないなぁ……」
広がるのは雑草がちらほらと生えているだけの荒野。
モンスターも巨大ダンゴムシくらいしか見当たらない。
ただ、ここまで開けた場所だと寝ている間にモンスターに襲われるとも限らないので、せめて岩か何かで死角になっているとありがたい。
「ねえユウト君、あそこにあるの何だろう?」
「ん? どれだ?」
ミサキが指差す先に視線を向けると、船の影が目に飛び込んできた。
艦橋は十五度ほど傾いている。座礁したまま放置されたのだろうか?
「でも、海も川も近くに無いのに、何で船?」
カナミが首を傾げる。
確かに、その疑問はごもっともだ。こんな荒野のど真ん中に船があるというのはなかなかに謎が深い。
「でも、あの船の中で一晩過ごせるならラッキーじゃんよ?」
ヨシアキは笑顔でそう言って、船の方へと駆け出す。
「ちょっとっ、ヨシアキさんっ!」
「待て。もっと警戒すべきだ」
ホノカとアカリが後を追う。
「どうする、ユウト? もしあの船がモンスターの住処だったとしたら、近づくのは危険よ?」
レナに問いかけられ、俺は少考して答える。
「そのリスクはあると思うが、他に寝泊まり出来る場所も無さそうだし、行ってみるしかないんじゃないか?」
考えている間にも、ヨシアキたちはどんどんと船に近づいていく。
「大変! 入谷さんが船に入ろうとしてるよ」
ミサキの言葉を聞いて、俺は慌てて地面を蹴った。
「おい、さすがに三人で入るのは危険だ! 俺たちも行くぞ!」
「あっ、待ってユウト君!」
「ちょっとお兄ちゃん!」
「全く、しょうがない人ね……!」
ミサキ、カナミ、レナも俺の後ろを必死で追いかける。
船までもう少し。
その瞬間、ヨシアキの悲鳴が聞こえてきた。
「うおぁーっ!」
急いで船の中に入る。
するとそこには、尻餅をついたヨシアキと怯えて抱き合うホノカとアカリの姿があった。
「何があった!?」
問いかけに、ヨシアキは無言で前を指差す。
直後、「ウルルルル」という唸り声が船内に響いた。
ハッとして前を見る。
「こいつら、ゴブリンか……?」
緑色の体をした亜人のようなモンスター達は鋭い目つきでこちらを睨みつけ、棍棒をブンブンと振り回している。
「オマエ達、何ノ用ダ?」
ゴブリンの一人が話しかけてきた。
俺は一歩前に出て答える。
「俺たちは旅の途中で、泊まれる場所を探してたんだ」
「コノ船ハワレワレノ家。出テ行ケ」
怒っている様子のゴブリンに、謝罪の言葉を述べる。
「それは悪かった。すぐに帰るよ」
俺は踵を返そうとしたが、ゴブリンはなぜか棍棒を振り上げた。
すかさず腰の折りたたみ傘を手に持ち、柄を伸ばす。
「オマエ達ハ、今日ノ晩飯ダ!」
「おい、話が違うだろ!」
棍棒を折りたたみ傘で受け止めつつ言い返す。
直後、ゴブリン達が一斉に襲いかかってくる。
「飯ダ飯ダ〜!」
「ウオォォォ!」
「チッ、厄介な奴らね」
レナはホルスターから《グロック18c》を引き抜き、セーフティレバーを下げ引き金に指をかける。
『キィン』
バレットレーザーが表示されるとすぐに発砲した。
『バン!』
「グアァッ」
ゴブリンが一人消滅する。
しかし、ゴブリンはどこからともなく無限に湧いてくる。
「火炎魔法、火炎魔法!」
ミサキがスマホから炎を放ちつつ呟く。
「どんどん増えてるよ? ユウト君、どうしよう……」
このままではミサキのMPが尽きてしまう。
一刻も早くゴブリンを倒し切らなければ。
「皆さん、ちょっと離れててくださいね」
その時、カナミがゴブリンの集団に向かって何かを投げた。
卵。もといエッググレネード。
俺とミサキ、レナは慌てて距離を取る。
ゴブリン達は爆発するとも知らず、卵から避けることなく嘲笑している。
「タマゴ? 随分ト舐メラレタモノダナ」
しかし、余裕でいられるのもここまでだった。
卵がドカーンと大爆発し、ゴブリン達がそれに巻き込まれる。
黒煙が晴れると、残った数人のゴブリンが叫び声をあげた。
「仲間ガ、イナイ……!」
「コノ化ケ物メ!」
爆発で開いた穴から船の外へと逃げ出していく。
どっちが化け物じゃい。
心の中で返しつつ、ホッと肩を下ろす。
「カナミ、ナイスプレー」
「うん。時間稼いでくれてありがとね、お兄ちゃん」
俺は妹と微笑み合い、パチンとハイタッチを交わした。
「もうっ、ヨシアキさんが勝手なことするからこうなるんですよっ!」
「そうだ。もっと慎重に行動して頂きたい」
「悪かったよぉ。まさかこんなに敵がいるとは思わなかったぜ……」
ホノカとアカリに責められ、頭を掻くヨシアキ。
「入谷さん、本当に気を付けて下さいね? この世界で死んでしまったら二度と現実に戻れないかもしれないんですよ?」
「広尾ちゃん……」
ミサキにまで注意され、ヨシアキは自分に呆れたようにため息を吐いた。
ホルスターにハンドガンを戻したレナは、キョロキョロと船の中を見回している。
「どうした、レナ?」
問いかけると、彼女は「ええ」と感情のない返事を返してきた。
しかし、明らかに何かが気になっている様子だ。
もう一度名前を呼んでみると、やっとこちらを向いてくれた。
「レナ?」
「ああ、ごめんなさい。この船、自衛隊の護衛艦みたいだったから、つい見入ってしまって」
「ああ。お前、そういうの好きだもんな」
レナはいわゆるミリオタである。
サバイバルゲームを始めたきっかけも、自衛隊への憧れが理由だったらしい。
それより、もしこの船が本物の護衛艦だとしたら、一体なぜこんな荒野にぽつんと放置されているのだろうか?
疑問は残るが、とりあえず今夜の寝床を確保することが出来た。
俺たちはより安全な区画を求め、艦橋へと上がった。




